48話 「SEVEN・GATE BJ」 後編

『ゲームは五戦目に入ります! 現状、楠選手が二勝。他の選手は全員一勝と一歩劣っています。しかし! まだわからないのがこのブラックジャック! 他選手も頑張って下さい!』


 いつの間にか実況解説を始めた藤林。少しは盛り上げてくれてるみたいだ。


 五ゲーム目。僕は今現在二回勝っている。つまり、これからめちゃくちゃ狙われる事がわかっている。


 ……だが、僕は当然それを読んでいるのだ。まだ僕は、最強のカードである『誘発の封印札』をまだ持っている。『熱線』には使えないが、それ以外のほとんど全てのカードを無効化できる。


 つまり、今回のブラックジャックは、いつ『封印札』を使うかが重要になる。僕はそのため、今まで椿の煽りにも耐えて使わなかったのだ。


 まだ使わないが、いつ発動できても良いように盤面をよく見ておかないと。


「チッ。ニヤケ面がよく見えるぜ、楠」


 椿の値は十八。アイツは『補習用具』を使って、二十一に変えた。だが、これで椿はもうゲームを見るだけだ。


「俺の値は二十。『小爆発』を椿くんに使う」


「向井さん。俺に恨みでもあるんすか?」


 椿の不満を綺麗に流して、向井さんはカードを切った。値は十八。これで敗北は確定だ。


 僕の値は十八。ここで決める必要は無い。しかし、次の手は打っておくべきだろう。


「僕は『魔術転生』を発動。『熱線』を手札に戻す」


 目の前に広がった渦が、『魔術転生』のカードを呑み込み、新たな、『熱線』のカードを吐き出し始めた。


 ――が。


「させない。『封印札』を楠に使うわ」


 小杉侑が、自分の勝ちを捨ててまで僕を妨害してきた。


「なっ! 小杉、僕を狙うのは止めろ!」


「アンタにはもう何もさせない。覚悟しておく事ね」


『おおっと! ここで楠選手の行動が小杉選手によって妨害されました! 惜っしい〜!』


 ……段々とムカついて来たぞ。


『第五ゲーム、勝者は……!』


 小杉の値は十九。つまり、二十を持っている――。


『向井、吉久ァー!!』


 観客の拍手と大歓声。僕が二連勝した時とは思えないぐらい盛り上がっている。完全にヒール役だ。


 まぁ、海賊にはそれがお似合いか。嫌われても勝つのが、本当の悪役だよな。ならこのまま、さっさと三勝させてもらうとするか。


『さぁ! シャッフルが終わりました! それでは第六ゲーム、開始します! まずは椿選手から、引いてください』


 ……このゲームは、一回終わる毎にトランプが全て回収されてシャッフルされる。つまり、カウンティング等のイカサマは使えない。カードを使って数値の攻防がある以上、トランプの値は重要では無い。


 僕の作戦に間違いはない。相手のカードを封じる『封印札』こそが鍵を握る。


「俺の数値は二十一。カード使用、『小爆発』。対象は楠ィ。お前だ」


「なっ!? この局面で?」


 アイツには考えることができないのか!? 僕の邪魔をするより、まず様子を見るべきだろ!


「残念だったなぁ、お前の予想通りにはいかせねぇよ。それが俺、だろ?」


 余りにも意味不明な発言に、口が出てしまった。条件反射だ。


「つくづくわかんねぇな。勝ちよりも大事なのかよ?」


「当たり前だろうが。お前と演り合って潰すのが、俺の目的であり目標だ」


 これ以上の問答は無意味だろう。僕は椿に負けてやる義理は一ミリたりともない。そんな道理はどこにも無い。


 後はこの場で、これから先の舞台(ステージ)で、アイツと戦うだけだ。


「俺は『魔術転生』で、『小爆発』を手札に加える」


 向井さんの値は二十。椿の方が上だ。まだ、アイツに運が味方してるって事なのかよ……。


 僕の値は十八。これ以上引いても、三を引くことはできないだろう。


「なんだ? 何もやって来ねぇのかよ」


 最終戦で決めるだけだ。相手にするな。


「楠。あんたは今引いとくべきだったね。翔馬にしか眼が行ってないから、こんな初歩的なミスをする」


 後ろから、小杉の声がした。僕のミス?


「カード使用。『熱線攻撃』」


 もしかして、僕があの時もう一枚引いていたら、それは椿と小杉にとって、これ以上無い位の妨害行動だったのでは……?


 後悔しても、後の祭り。僕は十五に、向井さんは十八に、椿は二十になった。


 そして、小杉の値は、二十。僕は悔しさで、拳を自分の太ももに叩きつけた。


『第六ゲーム! 勝者は、椿選手と小杉選手!! これで全員が二勝に並んだ! 並んだ! 並んだぞ!』


『まだわからない! そして次は奇しくも、SEVEN・GATEの第七ゲームで、その決着を! 我々は見ることになるでしょう!』


 喉を枯らす勢いで叫ぶ藤林。観客は全員、固唾を飲んで見守っている。自分たちの部屋が、次の勝負で決まる。不安とグレードアップの期待が半々に込められた眼を、僕らに向けていた。


「甘かったなぁ楠。俺の煽りに反応しちゃってよォ。眼は広ーく見るものだぜ?」


 あの煽りすら、僕の意識を椿に向けるための嘘だったのか。……クソっ!


 こめかみから両手を広げる仕草で煽ってくる椿。比例するように太ももに伝わる鈍い痛みが、熱を持ち始める。


 だが、この状況は想定内だ。僕はまだ『封印札』を使ってない。考えようによっては、この上なく有利とも言える。


 第七ゲームで、終わらせる。当然、悪人が勝つクソ映画だ。だが現実は、いつもこんなものなのかもしれない。正義を持つ、正しい人間が都合よく勝つなんて、それこそ虚構で溢れている。


 大丈夫だ。楠千尋。自分の作戦を信じろ。


『泣いても笑っても、次で最後! 第七ゲームが、直ぐに始まります! 持てる知恵と幸運を全て使って、相手を出し抜け選手達!』


 たかがゲームだ。だけど、それが負けてもいい理由にはならない。


『さぁ! 椿選手! トランプを引いて下さい! それが、最終戦の第七ゲームが始まる合図となります!!』


 椿は軽快にトランプを引いていく。合計は二十。悪くない数だ。運はアイツに味方している。


 まだ、僕にはここまで積み上げた作戦がある。相手の攻撃札、防御札に対して使える『封印札』という絶対的アドバンテージが、まだ残っているからだ。


 ここで呑まれたら終わり。自分を強く持って、あの渦中に飛び込むしかない。


「俺は十九だね。……カード使用。『小爆発』、対象は小杉さんだ」


 動いた! これで椿のカード使用権が確定。アイツは『熱線』と『封印札』を持ってる。どっちも優秀なカードだ。


「させねぇよ。それに対して『封印札』を使う」


 椿が、小杉を守った? 意図はわからない。だが、これを使わせる訳には行かない。


『次は、楠選手の番です!』


 僕は目の前に置かれたトランプの束を見つめる。握る手に汗が滲む。心を落ち着かせるため、一度深呼吸。


 うん、大丈夫だ。引くぞ。七、十、二。合計十九だ。向井さんと同じで、椿より下。だが、小杉には負けない。僕はこの局面で、このカードを切る!


「カード使用。『封印札』、対象は椿だ」


 椿が向井さんに使った『封印札』を、僕が封印する!


『楠選手! 最後の最後で椿選手の妨害だぁ!』


 椿は顔に手をあてて悔しがっている。決まった。僕の作戦勝ちだ。


 アイツには負けたが、最下位にはならない。後は僕と向井さんで大部屋か個室かを争うだけだ。


「椿、お前にゃ負けたが、僕らは海賊部屋から脱出できた。これで十分だ」


 椿はまだ顔を手で覆ったままだ。奴の指が動く。……いや、なんというか、口角が上がったせいで指が自然と動いた感じだ。


「く……くく……」


 よく見ると、アイツは笑いを堪えるのに必死な顔持ちである。


「何笑ってんだ、気色悪ぃな」


「楠ィ。お前が馬鹿で助かったぜ」


 何を言っているんだ、こいつは? 気でも触れたか?


「やっぱりお前は、『封印札』が一番大事だと思ってたんだなぁ」


「何が言いてぇ」


「後ろを見てみろよ、第六ゲームの再来だぜ?」


 言われて振り返る。次は小杉の番だが、小杉には向井さんの『小爆発』が入っている。


「俺はお前に総会の時言ったよな。強い思いを持つものに、『神』が宿るって」


 小杉のトランプは、八、四、五、四。合計二十一だ。


「このトランプゲームで、一際強い思いを持ってたのは、向井さんと侑だぜ?」


 向井さんの『小爆発』で、小杉の数値は-三。よって十八。最下位のはずだ。


「向井さんのは、お前が要らん事を吹き込んだせいで無くなっちまったからよ。後は侑だけだ」


 椿の解説が、言葉が頭に入ってこない。それは自分の、許されない程大きな過ちを、少しずつスローモーションで自覚するように。


「お前は侑を少しナメ過ぎだ。アイツはしっかり子役で慣らした、本物の経験者だぞ」


「カード使用。『補習用具』」


 これで小杉の値は十八から+三されて二十一。一発逆転だ。


 つまり、二位は椿で、三位は僕と向井さんになる。


「どうよリベンジは? 気持ち良かったか?」


「えぇ。クソみたいだけど、本っ当に最高の気分ね」


 決定的な、誰が見ても完膚無きまでの大敗北がそこにあった。僕は膝から崩れ落ちる。さながら、勧善懲悪の作品で敗北を悟った敵役のように。

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