47話 「SEVEN・GATE BJ」 前編


「さっさとこの茶番を終わらせるわ。第二ゲーム、始めましょう?」


 笑顔でディーラーを促す小杉。王城は恭しく一礼して、トランプをシャッフルし始めた。流れる手つきで入れ替えられた紙束は、第一ゲームと同じように椿の眼前に置かれた。


 この時点で、残ったトランプの枚数での駆け引きは無くなったに等しい。ゲーム中でしか、適用できないと思った方が良さそうだ。


 あくまでも主役は、この五枚のカードであるのだ。重要性を改めて理解した僕は、一度性能を確認してみる。


 まずは攻撃用カード、『小爆発』と『熱線攻撃』前者は単純なダメージだが、後者は使いどころが重要になる。「貫通ダメージ」がポイントだな。


 例えば、椿が右隣に使った場合、向井さんが-三、僕が-二、小杉が-一になる。二人に負けていて、逆転できそうなときに使うのが良さそうだ。


 次は防御カード『補修道具』、『誘発の封印札』、『魔術転生の儀』の三つだ。一つ目は普通のプラスカード。二つ目は相手のカード効果を一枚無効にする。三つ目は使用済みのカードと一枚交換できる。


 三枚目が重要だ。自分に必要なカードを、その時の判断で選べる。これがある以上、カードはバシバシ使った方が良い。三勝した学校から選べるみたいだから、カードは先に二勝した奴、二勝しそうな奴に使うことを決定づけた。


 そうこうしているうちにもう僕の番だ。別に恐れることは無い。トランプの出目は二の次、まずは出てきた数字から、この状況を打破する作戦を立てる。


 椿は二十一、向井さんは十九。僕も良い数字を引きたい。祈りを込めて一枚目、八。二枚目、六、三枚目、七。合計二十一だ。


 カードの使用は当然する。椿に使っても、あいつが反撃しようが僕の一勝は確定する。


「カード使用!『小爆発!』対象は椿だ」


 僕は手札の『小爆発』を場に出し、椿の手元が爆発する……。


 ことは無かった。直前、画面にでかでかと「封印」という文字が浮かび上がったからだ。


「甘いぜ楠ィ。俺は『誘発の封印札』を使う。無効になっちまったなぁ」


「この状況は次善だ。僕とお前、どちらも一勝だろうが」


 椿は嫌な笑みで返した。気に食わない。


「だから、その見通しが甘ぇよ。この状況を、あいつが見過ごすと思うか?」


 何? あいつ……? まさかと思い、僕は後ろを振り向く。場には真っ赤な竜が現れ、その口元を煌々と輝かせていた。


「『熱線攻撃』」


 小杉の宣言と共に発射された光線が僕を貫き、向井さんと椿も貫いた。映像なので当たり前だが、痛みは無い。だが、自分の策があっさり破られたこの感触は、あまり受けたくない衝撃であった。


「勝者、椿翔馬くん」


 僕の数値は十八、向井さんは十七、そして椿は二十だ。当然、椿の勝ちである。


「教えてくれよ、楠ィ。これは何善の状況だ?」


 悔しさで歯を食いしばる。ここで吠えても負け犬の遠吠え。それよりも次の策を練らなければ。


 *


 何分か眠っていたのだろう。先程の大きな音で目が覚めた。気分は幾ばくか落ち着いてきたが、まだ油断は許されない。


 近くに慧が居たので、状況を確認する。


「慧、今どうなってる?」


「あ、ノリ。起きたのか。……今千尋の策があっさり看破された所だ」


 無理してでも自分が出ていれば。悔やまれるが、出てもパフォーマンスの何割を出せるかわからなければ、意味は無い。


「大丈夫だ、アイツは直ぐに修正するさ」


 思いがけない相棒の言葉に、顔を上げる。


「部内戦でも直ぐに修正できてた男だ。この程度、あいつなら問題ない」


 部内戦で何があったか聞く必要がある。自分のやるべきリストに追加した。


 *


 先程、僕がすべき最善策は『補修用具』のカードを使うことであった。『熱線』に封印札は使えない。


 強いカードを切るタイミングが重要になるのだ。しかし、椿は自分に影響するカードが使われたら最後にカード使用の権利が与えられる。


 つまり、『熱線攻撃』自体はプレイヤーを選択して攻撃するカードでは無い。だから『封印札』は使えないが、椿は最初にカードを引くプレイヤーであるから、カードの効果が椿に及んだ場合、ヤツは最後に使用する権利が得られるのだ。


 椿に有利な状況にも思えるが、逆に言えば、椿を誰も選ばなかったらアイツは何も出来ずに終わる。


 このゲームは後出しジャンケンが基本だ。だから、最後にカードを使える小杉や椿が有利。小杉は正直どうしようも無いが、椿には対策がある。


 三ゲーム目だ。そろそろ皆気づく頃だろう。向井さんが引き終わった所だ。椿は二十、向井さんは二十一だ。彼はカードを切るか悩んでいたので、僕は目眩がしたように向井さんに倒れかかる。


「うおっ! びっくりした。大丈夫?」


 しっかり受け止め、安否を聞いてくる向井さん。僕は彼にしか聞こえないように顔を寄せて、耳元で呟く。


「これは後出しジャンケンです」


 瞬間、向井さんの目が見開かれ、その色が変わる。炎の色は蒼。静かな、静かな闘志の現れである。僕はこの時点で、彼が合宿に参加した理由が、少しわかった気がした。


「楠くん。大丈夫?」


 王城が声を掛けてくる。僕は片手で返し、ゲームは続行された。


「カード使用。右へ『熱線攻撃』」


 第二ゲームでも見た赤い竜が、僕に向けて光線を放った。ダメージこそ無いが、先程とは違った心持ちだ。


 僕の番、-三からのスタートなので、引く枚数に気をつけなければ。一枚目、九。二枚目は八。三枚目は四。合計は-三も含めて十八だ。


 ここで僕は、当然あのカードを使う。


「カード使用『補修用具』」


 これで僕の数値は二十一。次の小杉は、使


 小杉の値は十九。カード効果で、十七だ。


 つまり、第三ゲームの勝者は。


「勝者。向井吉久。楠千尋」


 策が嵌った。何よりも演劇と勉学の天才に一矢報いた事が、何物にも変えがたく嬉しかった。


「やるじゃねぇか。楠ィ」


 椿が、驚いたように声を出した。負け犬の遠吠えにしか聞こえてこない。


「これからお前は全ゲーム傍観者だ。頭脳戦に混ざれると思うなよ」


「ハッ! まぐれ当たりがよく言うぜ」


 僕は何も返答せず、静かに卓に着いた。それが正解だと思ったからだ。何も言って来ない小杉の方は、怖いので見ないことにしよう。


 第四ゲーム。椿が手を変えてきた。数値は大したこと無かったが、カードを一番目で使ってきたのだ。


 使用カードは『魔術転生の儀』。それによって、『封印札』を手札に加えた。多方、妨害工作に切り替えたのだろう。甘ぇよ。


 向井さんは二十。カードは使わなかった。二番目、三番目は不利だからな。相手に合わせるんじゃなくて、こっちの土俵に引き摺り込む。


 僕は軽やかに引く。三枚引いて、合計は二十。つまり、僕と向井さんは同じ数値だ。


 三ゲーム目で助けて貰っていて申しわけが無いが、勝たせてもらう。僕は手札を一枚、叩きつけるように場に出す。


「カード使用。『熱線攻撃』」


 向井さんと椿に向けて、二回も僕を穿った竜が光線を放つ。……これ、使う方はすげぇ気持ちいいな。ストレスが減る。


 小杉は数値は十八。『魔術転生』を使って、『熱線』を手札に加えた。


 後出しジャンケンをする為だ。椿が好きに動けるようになる。しかし、第四ゲームの勝者は。


「勝者、楠千尋」


 この僕だ。余りにもノッている。気分も最高潮だ。高まった精神を抑えるために、拳を天に突き上げた。


 あと一勝。あと一回勝てば、あの海賊部屋から脱出できる。落ち着け、落ち着け。セオリーなら、ここからは僕は一人で狙われるはずだ。防御札はまだ一枚残っている。


 次を考えるんだ。一抜けするためにも。


 波乱を産む第五ゲームは、直ぐに始まろうとしていた。

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