46話 「覇王・王城翔平」

「おやおやぁ? 緑葉さんは、皆大変そうだねぇ?」


 ムカつく声で、藤林が笑う。見え透いた挑発だ。こんなものに引っかかるほど、生ぬるい部では無い。


 藤林を無視し、僕は周りをちらりと見る。椿、小杉といった、桜花と紅葉の見知った顔が視界に入る。


 アイツらは元気そうだ。欠伸までしていやがる。快適な部屋で、不自由なく過ごしてきたのだろう。


 思わず僕らの姿と比べてしまい、腹の底から怒りが沸いてくる。


「さて、船旅にトラブルは付き物と言えど、この速さで出てくるとは思いませんでした。

 何と、部屋割りでの不満ですね」


 信じられないというように、藤林が肩を竦める。あればアピールだ。騙されるな。


「半数の学校が、不満を挙げてしまったので、これは実行委員としても、対応せざるを得ません。

 そこで! 我々考えました! 納得出来る解決法を」


 勿体ぶって、藤林が溜める。あの野郎、口でドラムロールまで言ってやがる。テンション上がってるんだろうな。総会の時もあんな感じだったし。


「船上でおあつらえ向きなその解決法とは! トランプによる真剣勝負。ブラックジャックです!」


 ブラックジャック。トランプを二枚以上引き、合計が二十一を越えないようにして賭けるギャンブルだ。運要素が強い気がするが、納得出来るのだろうか。


「しかし! ただ引くだけじゃつまらない。そこで、引いた後に発動できるカードを五枚配布します! そこで、勝利数が一番多かった人から、部屋を選択しましょう!」


 以下、ルールだ。覚えなくても良いが、最低限、ブラックジャックにカードによる攻防が追加されたものと思っていてくれればいい。


 ・基本的にはブラックジャックとルールは同じ。Aは一と同じ。

 ・引く順は右に進む。

 ・トランプを引いた後カードの発動を行うか選べる。

 ・三勝した人から順に勝利数で部屋の選択権が与えられる。

 ・最初に引いた人は不利であるので、その後に自分がカードの効果を選択された場合、使用権が得られる。

 ・使用可能カード。

『補修用具』(防 自分の数値+三)

『魔術転生の儀』(防 発動済みカードと交換)

『熱線攻撃』(攻 左右どちらかを選択後、隣の数値-三。貫通してその隣に-二、その隣に-一)

『誘発の封印札』(防 カード一枚無効)

『小爆発』(攻 選択した相手の数値-三)


 ……これって、SEVEN GATEのカードじゃねぇか! しかも、『熱線攻撃』って、最近追加された二部のカードだし。


 藤林のやつ、多分これにハマったな。やりたい放題じゃねぇか。


「それでは! 今回ディーラーを勤めていただく、特別ゲストをご紹介します! それはこーちら!!」


 大きな身振り手振りをしながら、藤林が大袈裟に左側の出口を両手で示す。


「……?」


 少し待っても、一向に現れない。そうこうしている内にカードが配られ始めた。カードの束は五枚。中身は全員同じ。違うとすれば、出す順番だけだ。


「さて、配布は終了しました。これから第一ゲームを始めますが、ルールの確認をしますか?」


 配られ終わったカードの束を見ながら、周りを伺う。お互い顔を見合わせた。腹の探り合いの始まりだ……ん?


 何かがおかしい。僕らは、さっきまで今日ディーラーを務めるスペシャルゲストを待っていたはずだ。でも、もうゲームが始まろうとしている。


 藤林は、だ。


 全員の気づきが、共有され、疑問として確信に変わったその瞬間だった。


「申し遅れました。私、本日ディーラーを務めさせていただきます、王城翔平おうじょうしょうへいでございます」


 薄く笑みを浮かべたスペシャルゲストが、恭しくお辞儀をしていた。



 ――王城翔平おうじょうしょうへい。高校演劇人の二、三年生であれば、彼を知らない人は居ない。演劇が無名であった七星学院を二度の全国優勝に導き、『覇王』の称号を欲しいままにした男でもある。

 高校卒業後は、そのまま演劇を学びに専門学校に進学したが、しばらくしてからそこで消息不明になっていた。


 言わば、生ける伝説が目の前に居るのだ。


 藤林も、足利先輩も如月センパイも、椿も小杉も、青葉で指折りの演劇人が誰も気づかなかった。


 いつの間にテーブルに来たのか。足利先輩が喋っている間は、まだ誰もいなかったのに。

 この場にいた全ての人間がそう思った事だろう。


「……やってくれますね、王城さん」


 苦々しい顔をしながら、足利先輩が王城さんに告げる。


「これぐらいしなきゃ、格好つかないだろ?」


 ネクタイを弄りながら、王城さんは不敵に笑う。仕草が板に着いている。かっけぇ。


見た目は『覇王』という恐ろしく名前に似つかわしく無く、細身で身長もあまり高くない。


だが、只者では無い雰囲気は漂っている。……イヤ、と言った方がいい。あれは無くそうと思えば何時でも無くせるのだ。


「……まぁいいや。タネを話してくれませんか?」


「ざっくり言うとマジシャンのような物だね。大袈裟な動きに皆が気を取られてる内に次のマジックのタネを仕込んでるだけだよ」


「それだと流石に気づくんじゃ……?」


「大正解。だからボクはもう一つ付け加えた。それは、自分の気配を極力出さないことだね」


 先程の再現をするように、王城翔平は立ち歩く。今度は皆の視線が奴に集まった。


「京也が大きく動いてたから、あの場には『空気の渦』が出来てたんだよ。それに沿うように歩くことで、自分が動くことで出てくる空気の変化を誤魔化した、って感じかな」


 ジェスチャーを交えながら、簡単な説明をされたが、まったく理解できない。


「つまり、気配を誰にも悟らせなかったって事ですか?」


「正解。春の全国ぶりだね、如月君」


 あの説明でわかったのか……。すげぇよ如月センパイ。センパイは、会釈で答えた。


「そんな訳だから、ひとつよろしく頼むよ」


 僕と椿、小杉、そして向井さんが卓に着いた。

 ノリ先輩に任せたかったが、歩くのも辛そうな様子を見て、行ってくださいとは言えなかった。


 お互いが隣を見やり、空気が緊張を始める。創作物で嫌という程見た、ピリついた空気感だ。


 僕は一つ深呼吸した。


 航海中の部屋を賭けた真剣勝負。自分の為にも、グロッキーな仲間の為にも、負けられない!


「これより、SEVEN GATE・BJを始めたいと思います!」


 席の順は、椿、向井、僕、小杉の順番だ。明らかに椿と離されて、小杉の視線が怖い。歯ぎしりの音も聞こえてきた。怖ぇって。


「な、なぁ小杉。お前はこのゲーム知ってんのか?」


 できるだけ刺激しないように、穏やかに話しかけた。……つもりである。


「翔馬に誘われてたからね。そりゃやるでしょ」


「なるほど、ちなみに腕前は?」


「翔馬に負けたことないわ」


 このパターンは二択。椿が恐ろしく弱いか、小杉が恐ろしく強いかだろう。自分としては前者を祈りつつ、カードを見た。


 五枚のカードは、自分を護る盾であり、相手を穿つ矛でもある。使うタイミングは、間違えないようにしないとな。


 とりあえず最初は様子見か? 僕の番は三番目。まずは相手の出方を探るべきだな。


「じゃあ俺からだな。引くぜ」


 椿の値は八と十二。足して二十だ。結構いい値だと思うが。


「カードは使わねぇ。最初は有利だからな」


 椿は周りに知らしめるように言った。ルールじゃ不利だったけど、俺は気づいていると、周りに圧力をかけているのだ。


 次は向井さんの番だ。この人は、よく分からない。今回参加した理由も、不明のままだ。


「オレは二十一だ。このまま、カードは使わない」


 このまま行けば向井さんの勝ちだ。僕はカードを使うべきか? 不安だが、引くしかない。


 六だ。もう一枚引く、三。次は五。もう一度引いて五。合計十九だ。


 これ以上引くべきじゃない。カードは……使っても椿の方が値が上だ。僕はこのままターンエンドした。


 最後は小杉、軽快に引いた。値は六。次は十一。最後は四。合計二十一だ。


 椿の舌打ちが聞こえた。僕にもわかる。これで、小杉の勝ちだ。


「カード使用。『小爆発』。対象は向井さん」


 宣言後、テーブルの向井さんのところが光り出し、表示されていた数値が爆発した。小爆発とは思えないほどの重低音。心臓や腹の奥に響く音が、ゲームの緊張感を深いものにしていく。


「これで一勝ね。さっさとこの茶番を終わらせて寝るわ」


 総会ではパッとしなかった小杉が、今回は大きな壁に見えた。


 ゲームは始まったばかりだが、流れは完全に小杉の手の中にあったのだ。

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