第二章 Summer Festival

大君島夏合宿編 前編

45話 「幕開けは吐瀉物と共に」

 ――演劇部合同夏合宿

 全国大会が終わってすぐに集まった五つの学校。桜花、紅葉、緑葉、花園、青葉北。彼らは離れた小島で夏合宿に挑む。演劇に染まる夏合宿で、どの学校がどれだけ伸びるのか。

 それは、合宿を乗り切った者にしかわからない。

 全国を経て、彼らの心境に何があったのか。そして、次の全国に行くのは誰か。


 勝負の夏が、今始まる。


 ――第二章、Summer Festival。開演。


 *


 打ち寄せる波の音、窓から見える一面の真青。群青と空色、時々白色。その中を掻き分けて進む鉄の塊。更に目の前にある黒色の珈琲。ゆらゆらどころか少し零れるぐらい揺れているが、完璧な船旅である。


 僕は後ろを振り返る。板が軋む異音、埃が拭いきれていない縁、閉まりきらないドア。異常に揺れる最下層船室。トイレから聞こえる、誰かの吐く声。


 ……本当、こんな部屋じゃ無ければ最高だったのに。


 三時間前 八月七日 日曜日 青葉東埠頭


「すげぇ船だ」


 僕らの中の誰かが言った。無理もない。産まれて初めて見る豪華な客船に、息を呑むしか無かった。


 今からこれに乗るのだと思うと、高揚感は隠せない。


「演劇部の合宿って、こんなに凄いのか?」


「そんな訳ないでしょ」


 隣の雨宮に質問する。演劇関係の知識はコイツに聞くことにしている。経験者だし、話す時機嫌良いし。


 返答はつれなかったが、雨宮はちゃんと説明してくれた。


 今回、僕らが行く島は、青葉市内の東側にある埠頭から船に乗って行くところにある、大君島という島だ。昔、土地を追われた大君が辿り着いたとされていて、それに纏わる伝説や七不思議とかもあるらしい。


 今回の夏合宿は、如月先輩のお兄さんの親友が旅行会社をやっていて、金がある桜花学園がそれに乗っかったらしい。


 娯楽と観光客が欲しい島側と、演劇を見せるホールと練習場所が確保できる学校側が上手く交渉できたのだ。うちの部長や、桜花部長の藤林も絡んでいるらしく、かなり大きいと言っていいだろう。


「最終日に、夏季演劇グランプリをするなんてね。今まで聞いたことないわ」


「そんなに凄いのか?」


「最近、開発があったらしい大君島の新しいホールでやるのよ。いいホールは本当に良いの。広さとか、設備とか」


 よくわからないが、スピーカーとかの事だろう。


「五校も参加するんだよね? 千尋ちゃん」


 大谷さんが話しかけてきた。確か、参加する学校は


「僕ら緑葉、椿たち桜花、如月先輩の紅葉、お嬢様の花園、んでなぜか青葉北高の五つだな」


「青葉北高?」


 そう、なぜか青葉北高が参加しているのだ。あまり意欲的では無い印象だったけど、思う所があったのかもな。足利先輩に聞いたら、「意欲を買った」と言ってたし。


「そろそろ乗るぞー」


 足利先輩の声が聞こえてきた。僕ら一年生は、荷物を手に持ち準備する。人数が多いところから入るみたいで、最初に花園が入り一等客室を取った。次に桜花、二等客室。その次は紅葉、三等(普通)客室で、青葉北が四等客室(大部屋)。


 で、僕らは部屋が無いから地下の部屋らしい。海賊船の船室見たいな、冒頭の場所へ連れて来られた。最初はそれこそ大海賊になったみたいで、特に野郎どもは騒いでいたんだが、すぐに部屋の状況が気に掛かり、はしゃいだ結果船に酔い始め、このザマだ。


 新田なんか、かれこれ十数分見ていない。生きてるんだろうか。


「ち、千尋か……」


「ノリ先輩! 大丈夫ですか!?」


 一年男子の部屋に入ってきたのは、満身創痍、疲労困憊の細田則本、通称ノリ先輩であった。


 二ヶ月前の不敵さが嘘のように、青い顔でヘロヘロになっている。


「お前は大丈夫なのか……?」


 明らかに問題しかない先輩に心配されても困る。


「本とかケータイ見てないんで、何とか」


 ノリ先輩はふらふらと立ち去ろうとしたが、少し歩いて足を停めてこちらに向き直った。


「な、なぁ千尋。足利先輩に言わないか?」


「部屋の配置換え、ですか?」


「そうだ。こ、これじゃ俺たちは着いてもグロッキーだ」


 聞いた話によると、女子部屋も悲惨らしい。男子部屋と女子部屋の地獄を想像したら気分が悪くなってきた。やめだやめだ。


「そうですね。先輩なら何とかしてくれる。……というより、あの人のせいですから」


 ノリ先輩に肩を貸しながら、僕らは足利先輩の部屋に向かった。


 数分も経たないうちに、先輩の部屋に辿り着いた。ノックもそぞろに、二人で部屋の中になだれ込む。


「うるせぇな。二人で何の用だ?」


 先輩は揺れ、軋む船室内でもいつも通りであった。手元の紙にガリガリとメモを取る姿は、まさに航海日誌をつける船員のようであった。


 この合宿の実行委員らしいから、大変そうだ。僕も最近、会えてない。


「この船室、酷くないですか?」


「あぁ? しょうがねぇだろ、俺が部長会議で惨敗したんだから」


 そうなのだ。この男、船室を決める会議で大敗北したらしい。どのように決まったのかは詳しく聞いてないが、うちは公立だからな。あまり今回の合宿に協力できてないらしい。


 それなら青葉北とか紅葉もだが、桜花の藤林が全て決めたらしい。その結果がこれだ。


 僕ら平部員には藤林に意見を言う機会など無いが、足利先輩なら何とかなる。そう思って来たのだ。


「でも、上の奴らは一人で一室ですよ!? おかしいじゃないですか!」


「ノリ先輩の言う通りです! 結構な客船で部屋が足りないとか、有り得ませんよ!」


 花園はお嬢様学校だから、まぁ置いておくとして、紅葉と桜花はほとんど一人で一室使っている。元々桜花は結構部員数が多いから、逼迫しているのだ。


 そんな僕らの願いは、けたたましい電子音によって遮られた。着信音が、足利先輩の携帯から鳴っている。


「……ちょっと待ってろ」


 部屋を出る先輩。話す声は聞こえない。


「ノリ先輩、これで何とかなりますかね」


「わからん、上は不満を言う必要が無いからな」


 僕らの意見だけでは、多数決で負けだ。少数意見の尊重など、どこにも存在しないのだ。


 先輩が戻ってきた。特に変わった様子は無い。席に座った先輩に、ノリ先輩が詰め寄る。


「どうでしたか!?」


「……どうやら、青葉北でもトラブったらしい。京也が言うには、今から三十分後に制服で上階に来いってさ」


 制服? 上階? 解せない指示に疑問符が浮かぶ。隣を見ると、ノリ先輩も似たような物だった。困惑している。


 ……イヤ、これは吐き気と戦ってるだけだな。


「何考えてるかわからねぇが京也の事だ。注意しろよ」


「先輩は行かないんですか?」


 まるで自分は関係ないかのような先輩の言い方が気になり、思わず聞き返してしまった。


「ん? あぁ、行くけど。今回は俺は実行委員だから中立にならなきゃいけねぇ。つまり好きに動けねぇんだ」


 それ以上何か喋る気は無いようで、手元の紙に視線を戻してしまった。ノリ先輩と僕も、準備に入った。




 三十分後、僕とノリ先輩、後は歩ける部員だけ上階に移動した。パーティ会場のようで、絨毯やシャンデリアが煌々と輝いている。その中でも真っ白なステージは一際目立っており、目線は自然にそちらの方へ向いてしまう。


 ステージに居たのは、蝶ネクタイに燕尾服。結婚式の司会進行のような格好をした、桜花学園部長、藤林京也であった。


「ようこそいらっしゃいました、皆様。一夜限りの大舞台。しかとご覧下さい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る