44話 「それぞれの野望」
五月二十一日 夕方
四人掛けのテーブルは、四人で使うとなかなかに狭い。今日僕が見つけた真理だ。
いつも四人で行くことが無かったから気づかなかったのだろう。
今の僕らは窓際の奥に雨宮と新田。その横に大谷さんと僕が並んで座っている。男女で向かい合う形だ。
(……会話がねぇ。)
注文した飲み物が届き、新田の号令で乾杯をした僕らだが、まさしく通夜みたいな状況だ。
何しろ、話題が無いのだ。各々、ストローで飲み物を弄ったり、メニューを眺めたりして時間を潰したりしている。後者は僕だが。
「ねぇ、メニュー見てもいい?」
雨宮が久しぶりに口を開いた。僕はこの機を逃すまいと会話を広げる事を試みる!
「何か頼むのか?」
「まぁ、そんなとこ。貸してよ」
広がりませんでした。そりゃそうだ。…なら、単刀直入に聞いてやる。
「……雨宮。新田のチームの劇、どう思った?」
ページを捲る手が止まるのを感じる。目付きが険しくなったのだ。
「反則技だと思うわ」
「どうして?」
新田も会話に加わる。やっぱり僕らは演劇じゃないと会話できないのか。
「台本と全然話が違うもの。あれは別作品よ」
「確かにな。新田のチームじゃ違和感は出なかったのか?」
僕は新田に投げかける。気になっていたからだ。あの作品は流石にチーム内でも物議があったはずだ。
「それがさ、則本先輩が『絶対に勝てるから俺の言う通りにしてくれ』って言ってきたんだよ」
「……でもあれは、僕が考えた再現演技だろ」
そうだ。新田は確かに上手くなってたが、元はと言えば僕が総会の時に教えた再現演技なのだ。
自分の過去の出来事を思い出してその通りに演技するやり方で、場面との整合性が取れる利点がある。記憶力がある新田だから成り立つ技だ。
『会話』にならなかったり、息が合わなかったりするから欠点塗れだけどな。
しかし、それを則本先輩が使った理由がわからない。思い当たるフシも無い。
「そうなんだよ。それはオレも不思議に思って先輩に聞いた」
皆、次の言葉を待っている。
「そしたら、『完璧に勝つため』だってさ。意味がわからなくなっちゃったよ」
「……?」
僕らの頭に疑問符が浮かぶ。勝つ? 誰に? 何のために?
今まで静観していた、ただ一人を覗いて。
「もしかしたら、千尋ちゃんにも勝つつもりなのかも」
大谷さんだった。僕に勝つため? 疑問符は増えるばかりだ。
「説明して、大谷」
雨宮の催促に、大谷さんはゆっくりと頷いて説明を始めた。
「細田先輩の目的は、自分の力を示すためだったんじゃないかって思った。
……演出で小此木慧先輩に勝って、再現演技を取り入れた無茶な展開で作り上げて、『新田くんの扱いでも』千尋ちゃんにも勝った」
腑に落ちる理論だったが、まさしく何の為だ? 今までの足利先輩や則本先輩の言葉から少し考えてみる。
『課題の意義を判断した結果、これがベストだと判断しました』
『恩返し……です』
課題の意味は、自分の役割を明確にすること……。つまり、無茶な演出で自分の力を見せることが則本先輩の狙いだった。
「ノリ先輩は、次の部長を狙ってる」
新田が呟いた。僕は思わず見上げる。女子二人も同じだった。
「足利先輩の計画と別のことをする理由は、多分あの人はあの人で勝つつもりなんだ」
芝居が終わった後の反省会でも、則本先輩は底が見えなかった。まだ足利先輩に、全てを看破されていなかったからだ。
「これから先、夏休みには演劇祭がある。細田先輩がどんな行動をするか、要注意ね」
「要注意って?」
雨宮に新田が聞き返す。
「本当に部長を任せていいかってこと。これから、どんどん大会に向けた取り組みが多くなってくるわ。あたしたちは振り回されないよつにしないと」
そっちは納得できた。自分も含め、部の存続を決める必要が出てくる。『恩返し』についても、具体的なことはわかってない。
後は、夏休みにある、演劇祭についてだ。
「演劇祭? 夏にあるのか?」
「そう。去年は青葉市内のホールで一時間の劇をやってたわ」
多分見に行ったことがあるのだろう。勝手知ったる様に雨宮は語った。しかし、すぐに顔が暗くなる。
「でも、今年は足利先輩が居るわ。十中八九、去年よりもめちゃくちゃになる。覚悟しておかなくちゃ」
去年は各学校がそれぞれ一時間の劇をやるだけだったと言う。雨宮は少し詳しく教えてくれた。
青葉市内ではフェスティバル形式とグランプリ形式があるらしい。フェスティバルはその名の通り見せ合うもので、何かを競うことはないらしい。グランプリ形式は、中央祭と同じで、一位を狙うものだ。文化部のコンクールって言った方が伝わりやすいな。
去年まではホールで見せ合う形だったけど、今年はかなり変更になりそうだと雨宮は語る。個人的には、どこが良かったとか、悪かったとかを知れるから、グランプリ形式が良いと思うんだが。
「演劇は気負うものじゃない」って雨宮は言っていたが、上手くなる為には競うことは必要だと思うがな。
夏休みには演劇祭を含めて、演劇に染まる時期になりそうだ。期待と不安を胸に、それらを見せないように僕はジュースを飲み干した。
酸味の効いたオレンジの爽やかな香りと苦味が、口いっぱいに広がった。
*
『……じゃあそっちは任せたよ、貴文』
『あぁ、任せてくれ。お前も今年は全国だ。忙しいだろう』
『ありがとう。勝って、「覇王」の座に近づくよ』
『いくらお前でも二連勝はできなかったな。京也』
『後輩たちが成し遂げてくれるはずさ。ブロック大会まで、俺は引退できないな』
『今年は俺たちの勝ちだ。残念だったな』
『……たらればの話をしても仕方がない。見に来てくれるんだろ? 本番は』
『勿論だ。てっぺん、取ってこいよ』
電話は切れた。足利貴文は現在、夏季演劇祭の実行委員として忙しい日々を送っている。
全国大会。夏季演劇祭。後輩たちが伸びる環境として、これ以上無いほど望ましい場所だ。
あの島のホールを貸切で使えるのは大きい。泊まる場所も格安だ。
自分たちの時とは考えられないぐらい良い環境だ。そして、その環境を時分が作っていることを考えると、どこか誇らしく感じる。
あんな思いは、俺の代で終わらせないとな。足利貴文は拳を額に当て、やる気を一段階引き出した。
「先輩、終わりましたか?」
後ろから聞こえる、耳慣れた後輩の声。
「あぁ、ノリ。待たせたな」
二年生の細田則本であった。先日の部長会議では、小此木慧と比較されていたことを貴文は思い出した。
彼に呼び出された珈琲屋のイスに座り、早速話を始める。足利貴文にはあまり時間が無い。
「で、話ってなんだよ」
「いえ、別に大したことでは無いのですが」
勿体ぶる後輩に、少し腹立たしくなる足利。なら部活中で良いのでは? そんな感想は、細田の次の言葉で消え失せた。
「俺と取引してくれませんか?」
口角を薄く上げ、足利貴文が見たことが無い不気味な笑顔で、細田則本はそう言った。
――物語は、大きなステージへ。
第一章、First contact、終演。
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