43話 「部内戦」 その4

 一条先輩の辛辣な感想が書かれた紙を隣に回し、次の紙を手に取る。視界の端に移った雨宮が、僕が渡した感想を見て噴き出しかけた。覚えてろよ。


 次の紙は美雪先輩。優しそうなコメントだと嬉しい。


「名前:五代美雪 感想:手堅い演出だったと思います」


 ……。こういうのって、自分の事が書かれてない物は反応に困るよな。自分の悪い所が書かれなかった安心感は、すぐになくなる。それよりも、自分の事を書いた感想が欲しくなるのだ。


 スルーが一番心に刺さるのである。僕は左の雨宮に渡した。ここから先は、僕のことが書かれてある物を抜粋する。え? 抜粋? 数が少ないとか言うんじゃねぇ!


「名前:新田秋義 感想:チヒロの男の演技はなかなか良かった」


「名前:大谷静香 感想:千尋ちゃんが慌てていて可愛かった」


「名前:足利貴文 感想:一年は六十五点、二年は七十点」


 ……以上である。少し簡素な気がする。多分、三年生は向こうのチームの演技が印象に残っているのだろう。確かに気になる点は多かった。則本先輩が使った手の是非はどうなのだろうか。


「皆、お疲れ様。いい演技だったと思う」


 慧先輩が、皆が読み終わる頃を見計らって声をかける。


「先輩も、演出お疲れ様でした」


「慧も良かったよ」


 雨宮と奈緒先輩が労いの言葉をかける。慧先輩は頷いたが、すぐに神妙な顔つきになった。本題に入るのだ。多分、僕はその内容も知っている。


「向こうの劇、どうだった?」


 当然、新田のチームの劇についてだった。


「そうですね……細田先輩の考えがわからないです」


 雨宮がまず答える。「恩返し」って言ってたけど、それだけじゃ理由になってない。


「あたしはよく分からなかったな。なんであんな風にしたんだろ」


 奈緒先輩が続いた。自分も意味がわからないと同意するように、僕は首を振る。


「そうなんだよ。あそこまで台本を変える必要が全く無い」


「じゃあなんで……?」


「それは、いまから足利先輩が暴いてくれるさ」


 慧先輩は顎でホールの真ん中を示した。足利先輩達が戻ってきており、ホワイトボードを裏返してる。回転し終わる直前、かすかに文字が書き込まれてるのが見えた。


「よし、皆集まってくれ」


 足利先輩が号令を掛け、部員全員がホール中央に集まった。


「二つのチーム共に、お疲れ様だ。特に二年は慣れない演出で、戸惑っただろう」


 いつもと違う真面目な雰囲気で話し始める先輩。呆気に取られていると、横で奈緒先輩が「部内戦のときはいつもこうなんだ」と小声で教えてくれた。


「しっかり演出できていた点では、どちらも見事と言っていい。三年の直接的な助言無しで作り上げたことは、それだけ力が着いてる証拠だ」


 だが、と言わんばかりにホワイトボードを叩く先輩。音が思ったより大きくて驚いてしまった。


「当然、改善点も多い。そこを今から述べる。……まずは一条」


「あぁ」


 一条先輩が、ホワイトボードを回転させながら話し始めた。


「演技についてだが、チーム一も二も力を出せていたと言える。特に新田と奈緒は良かった。熱の篭もり方が違ったな」


 淡々と話す先輩。女性でクールで、宝塚みたいにかっこいい。男装の麗人の役とか似合いそうだ。


 ……誰が女装の変人だ。僕はもうするつもりは無いぞ。


「逆に、則本と慧は少し稽古不足なのが見てわかる。演出で忙しかったのだろうが、大会では言い訳にできない」


 褒めるだけじゃなく、締めるところは締めて一条先輩の番は終わった。次は美雪先輩の番である。


「演出面では、大きく別れたわね。台本に少しアドリブを加えたチーム一と、大きく変えてるけど流れは同じのチーム二。個性は出てたと思うわ」


 演出面、則本先輩の演出は悪くない評価だ。僕らの方も否定されてはいない。


「ただ、チーム一は最初の千尋と楽乃の視界を遮るのは少しやり過ぎな気がするわ」


 ぐ、やっぱり指摘されたか。少し長い気はしてたけど、つい楽しくなっちまった。横目に見える雨宮も、少し落ち込んでいる。


「こういうコメディ寄りの事をするなら、三段オチは知っておいて良いかもしれないわ」


「三段オチ?」


「簡単に言うと、一回目二回目は似た事をやって、三回目に意外性のある事で変えることね」


「お笑いの手法だな。今回なら、右と左にフェイントを掛けたから、サッカー部らしくターンして躱そうとするとか、逆に雨宮が突っ込むとか」


 美雪先輩の説明に、足利先輩が具体例を出して教えてくれる。なるほど。わかりやすい。要は三回目を変えればいいんだ。


「で、チーム二だが、かなり問題作だな。内容は繋がっているが、台本のセリフをほとんど使ってない。最初の、探しに来る所ぐらいだ」


 言われてる台本を読みながら思い返す。確かにユウスケが居なくなった後から話はオリジナル方向へ展開していた。


「これだと、ノリが演じたところだけ手抜きを感じる。変えること事態は悪くないが、やるなら徹底的にやれ。中途半端な改変だと、『台本のままで良くね?』という評価になりやすい」


「ありがとうございます」


 則本先輩は礼をした後、手元の台本に書き込み始めた。アドバイスを記しているのだろう。


「中途半端と言えば、チーム一もだ。アドリブ少し入れるぐらいなら手を加えない方がいい。台本のおかしなところを見つけてするならともかく、この作品に大きな矛盾が無いことは、二年は知ってるはずだ」


 少し意味がわからなかったが、奈緒先輩がまた説明してくれた。どうやら、台本を読んで感じたことを共有することから始まるらしい。そこで、やりたい役とか、演出の方針とかを立てていくのだとか。


「んで、最後はどちらが面白かったか。だが、これはお前たちの反応を見せるのが速いな」


 そう言って、先輩はホールを暗くしてパソコンの画面を見せた。


 いつの間に撮ったのか、観客側のカメラ映像だった。どんな反応をしてるか人目でわかる。


 画面に二つ映像が映っている。少し小さな声で、セリフが聞こえる。そのまま少し流れていたが、ある所で先輩が一時停止した。


「ここから先がその評価になる所だな。よく観ておけ」


 再生ボタンを、先輩はクリックした。


 シュウゴが喋り出すシーンであった。ユウスケが帰り、カイと話すその場面。チーム二の内容が大きく変わった瞬間である。


 結果は、一目瞭然であった。客席に居る僕ら、すなわちチーム二の演技で、皆身を乗り出している。全員にそれが伝わったようで、驚いていると、先輩がパソコンを閉じた。


「身を乗り出すってのは、その舞台に惹き付けられている証拠だ。意外性を含めて、先の展開を気になるように仕掛けたのはチーム二が優勢だな」


 ……敗北を悟る。これで僕は新田の命令を一つ聞かなければならなくなった。


「だが、基本的にこれは台本に対する挑戦だ。台本を無視してるからな。そこまで多用できる手じゃ無いことは知っとけよ」


 先輩に釘を刺され、礼をするノリ先輩。てっきり何か言い返すと思ってたけど、意外だな。


「最後に課題として一二年に出してたが、その内容を発表する」


 ! ついに来た。ようやく今回の課題がわかるのか。いろいろ考えて見たけど、よくわからなかったから、今まで習ったことを踏まえて演技したが、正解だったのか。


「共通してるのは、自分に何ができるのかを自覚することだ。

 一年は総会と、今まで習ったことの確認、二年は自分の立場、役割を探すことだ」


 ……これは正解で良いのか?


「一年は全体的に良くできていたと思う。二年は、演者で力を見せた者と、それ以外の面で見せた者が居る。俺たちが引退した後、これから先の自分をイメージして夏に向けて努力していけ。以上だ」


 先輩はそう言い、部活を終わらせた。僕は急いで足利先輩の方へ行き、自分の成果を確認する。


「先輩、自分はどうでしたか?」


「自己評価は?」


 想像してない事を言われ、少し面食らった。そのまま形にならない言葉として出てくる。頭を回しながら考える。


「え……っと、七十点ぐらいです」


「じゃあ七十点だ。自分がこう思うってのは、大事なことだぞ」


「ありがとう、ございます」


 そう言って先輩は携帯端末を持ったままホールから出ていった。少し急いでいたように感じるが、何か連絡でもあったのだろうか。


「チ〜ヒ〜ロ!」


「うわっ!」


 後ろから肩を叩かれ、驚いて振り払う。声の主は、もちろん新田だった。


「お前が来るって事は……賭けのことだよな」


「正解! もう命令は考えてきたんだ」


 もうか。少しは考える分の猶予があったと思ったが、潔く受け入れよう。ここで無効にするのはダサいしな。


「わかった。何でも命令しろよ」


 流石に新田も、エグい命令はしないだろ。一ヶ月パシリとか。精々そのぐらいだ。


「OK。じゃあ、一年でお疲れ様会しようよ!」


「え……?」


 予想の斜め上の命令に、僕は驚き、口を開けたままにする事しかできなかった。


 だが、仲間と話したいこともあったので、僕は新田に任せた。新田は女子も誘い、二人とも珍しく了承したので、一年生四人で、近くのファミレスに寄って行った。

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