42話 「部内戦」 その3
『サッカー部の人? ……あぁそれなら』
下手側のシュウゴが手でバツ印を作った。焦った様子で、こっちに来ないようお願いしている。
『少し前まで居たんですけど、帰っちゃいました』
『何か読んでた?』
『机に突っ伏して寝てましたけど、枕にスポーツの本がありました』
そうか。と一言だけ伝えて、則本先輩は帰ってしまった。僕のチームの時と全然違う様子に、周りも少し困惑している様子だ。
『これで良かったんですか?』
『カイちゃん。ありがとう』
『全く、私が図書委員だから良かったけど、ダメですからね。サボるの』
則本先輩と接する態度が全く違う。だけどこれは、まさか、そんなハズは無い。絶対に違う。
『だってさ、カイちゃんに会いたいしさ』
『……で、何で逃げてるんですか?』
確かこの後は、「オレは一つの部活に縛られたく無いんだよ」だった……。
『オレは一つの部活に縛られたく無いんだよ』
!! 当たってる。いや待て、まだ偶然かもしれない。確信を持つな。
『助っ人ばっかりやって、他のメンバーに恨まれますよ』
次の新田のセリフは、「だけど、オレが居ないと勝てないのも事実だよ」だったハズ。
『だけど、オレが居ないと勝てないのも事実だよ』
『それはそうですけど……』
……間違いない。これは、この状況は、僕にも経験がある。中学校二年の終わり。アイツが図書館に逃げてきた時の話だ。
だとしても、一体何の為に? 疑問が浮かび上がる。
これじゃただの再現だ。台本に合わせるのかは分からないけど、こんな事をする意味がわからない。
『それに、ユウスケはオレなんか居なくても立派にチームを纏められる』
『え?』
『実はさ、オレとユウスケ、次のキャプテン争いしてるんだ。ホラ、オレ一応名目上はサッカー部員だから』
『でも、助っ人に行ってばかりじゃ……』
『そう、でもチームに居て欲しい。だからキャプテンにするワケ。キャプテンならサッカー部に居なきゃいけないでしょ? それが狙いなんだ』
僕もその場に居たから聞いていた。中学校のサッカー部では、
北条と新田はキャプテン候補になったらしく、票は新田が多かったけど、本人がやりたがらなくてグダグダになったと記憶している。
『ユウスケも、オレに負けたのに自分がキャプテンやるのが許せないみたいだ。……チームは、オレが助っ人に行って欲しくないだけなのにな』
僕は今気づいた事がある。恐ろしい事だ。言っても良いよな? 言うぞ。
今の状況。元の台本とは全く合ってない。セリフもキャラクターも変えられてしまっている。
だけど、その状況は、シュウゴが隠れて、ユウスケが探しに来て、カイと話したシュウゴが独白する。
つまり、台本にある流れの通りに再現が進んでいるのだ。演出の則本先輩が何を考えているのかわからないけど、意味はあるはずだ。
『だからオレは、ここが好きなんだよ』
『図書館が?』
『そう。この空気感が良いんだ』
図書館の窓から、外を眺める新田。穏やかに見えるその顔は、むしろ諦めたかのような達観した雰囲気も醸し出していた。
『競争とか、足の引っ張り合いとか、そんなモノと無縁の、穏やかな場所だからさ』
『……違うよ』
『え?』
『シュウゴくんは、文芸部の事って知ってる?』
流れが、空気が変わった。大谷さんの演技のせいだ。僕らは必死にセリフを聞き漏らすまいと身を乗り出す。
その後の展開が気になっている。
『今ね、全然活動してないの。人が辞めちゃって』
大谷さん演じるカイの独白を聞き続けるシュウゴ。
『月に一回、文芸誌を出してるの知ってた?』
『乗降口付近に置いてあるアレのこと?』
文芸部は部誌を発行してた。季節に沿ったテーマとかを出してた記憶がある。僕はたまに読もうとしてたけど、人目が恥ずかしくて手を出していなかった。
『それってね、作品を読んで選ばれた人しか載せられないんだ』
『……まさか』
『そう。何回も選ばれない人が、不公平だって言って、大きく揉めちゃったの』
シュウゴは目を見開いた。事実に気づいたからだ。
自分が今いる空間にも、競争や足の引っ張り合いが存在してることに。
『シュウゴくん。競争なんてどの世界にもあるんだよ。そこから逃げちゃダメだよ』
『俺は……』
『あなたが逃げて来た穏やかな世界は、どこにも存在しないの。今さっき読んでたスポーツ漫画だって、競争の末にここにあるんだよ』
『止めてくれ。頼むから』
『あなたにはすごい才能がある。だけどそれを使うだけの心が、まだ無いね』
シュウゴが頭を抑えて蹲った。頭皮を掻きむしり、必死に現実から逃れようとしている。
『スポーツは向いてないよ。辞めるのもアリだと思うけど、ここで逃げたら、クセになるよ』
『もう止めてくれ!!』
視線がシュウゴに自然と集まる。悲痛な、響く叫び声が舞台の空気を引き締めるのを感じた。
……そして、ケイコが図書館の中に走り込み、メンタルがボロボロのシュウゴに告白する。流れは同じであった。
この台本を読んだ時に、少し違和感を感じていた。
それは、どこかで見たことがあるからだ。
僕は演劇台本なんてほとんど知らないが、そこまで内容が被るなんてことはあまり無い。だが先輩は、この作品を作ったのは三月からだと聞いた。すなわち、僕らとの直接の接点は無い。
偶然なのかはわからないけど、ここまで似通ったことが起こり得るのか。わからないまま、チーム『安定感』の芝居は終わった。
感想を書く時間、ペンを手に取っては戻すことを繰り返す。無意識の動作だ。何て書けばいいのかわからない。それだけだった。
確かに演技力も良かったと思う。新田は再現してただけだが、他の人も皆、特に大谷さんが上手すぎた。引っ張っていた。キーキャラも変え、セリフも変え、登場人物の性格も変えたのに、原案の台本の流れに綺麗に沿えていた。
僕は迷い、「どこかで見たことがあるほど、引き込まれました」と書いた。間違いで無かったし、心からそう思ったからだ。
他の人の様子を見ると、概ね書き終わっており、集計待ちでった。足利先輩は、その様子を見つつ、立ち上がった。
「だいたい書き終わったな。そろそろ集めて配布する。……が、その前に、則本。なぜこんな事をした?」
「はい。……端的に言って、恩返しです」
則本先輩は落ち着いた声で答えた。
「原案をめちゃくちゃにしたのは?」
「この課題の意義を確認した際、それがベストであると判断しました」
足利先輩はそうか、とだけ言って紙を回収し始めた。則本先輩は座ったが、どこか底が見えない雰囲気を醸し出していた。
「……では、感想用紙を配る。グループ毎に集まって見てくれ。その間、三年はミーティングだ」
そう言い残し、二人の先輩を引き連れて足利先輩はホールから出ていった。
僕らは慧先輩を中心に輪になり、一枚ずつ読んでいった。名前がわかる記名制なので、当人の考えが読み取りやすい。
一枚目を開く。誰のだろう。褒められてるといいな。少しワクワクしながら名前から読む。
「名前:一条明 感想:しょっぱなのユウスケのアドリブがしつこい」
涙が出た。声も出ずに静かに泣いた。慧先輩が、肩に手を回してくれた。その自分の姿が堪らなく惨めに感じられた。
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