41話 「部内戦」 その2


 皆が配置に着いた。僕が走り込み、カイに声を掛けて幕を開ける。


 だがアドリブなんか入れられねぇ。しっかり台本があって、それを皆で覚えて、ここまで来たってのに、僕がそれをぶち壊したら意味がねぇ。


 大きく流れを帰ることなんて、僕にできるのか?


 向こうのチームに、新田と大谷さんに勝つには、本当に何か付け加えるのがいいのか……?


 あまり待つこともできない。僕はとりあえず走り出した。


 ……図書館の中へ。


 カイが呆れたように後ろを向く。そこには当然シュウゴが居て、はそれに気づかねぇ。シュウゴは僕の足音に気づいて隠れたのにな。


『……何、ユウスケ? 部活は?』


 何も言わないに痺れを切らしたのか、カイから仕掛けてきた。


『なぁ、カイ。シュウゴを見なかったか?』


『急にどうしたのよ』


『カントクに探して来いって言われちゃってさ』


 カイは一つため息を吐く。


『何で一年エースのアンタが探しに来んの? マネージャーはどうしたのよ』


 ここだ! ここで少しアドリブを加える。


『マネージャーだと、どうしても見つけられないらしい。だから起こったカントクが俺に探しに行けってさ』


『……そう。だけどここには、いないわ』


 渾身のアドリブは雨宮に上手く纏められた。ダメじゃねぇか! やっぱり無理なのか……?


 ……! 雨宮の奴、シュウゴの方を向く時間が長かった。つまりそこに突っ込めという事。


 アドリブは、小さくても良いのか。大きく流れを変えるものだけを、アドリブと言うわけじゃないんだな。


『……誰かそこに居るのか?』


 は身を乗り出した。カイが慌てて視界を封じた。


『ちょちょちょ! 誰もいないわ!』


『……本当か? 怪しいな』


 カイの裏をかこうとフェイントをかけた。右、と見せかけて左だ。


『図書館で暴れないで!』


 暫く動き回っていたが、これ以上続けても意味が無いと思って、途中で止めた。


『……』


 カイは向こうを向いている。そのすぐ後、下からざわめきが聞こえてきた。


 そういう事か。雨宮のやつ、スタッフにアイコンタクトを送ったな。自然に、流れが繋がるように。やるじゃねぇか。


『え? カントクが戻って来いって?

 ……わかった! すぐ行く!』


 図書館の窓際近くまでは移動し、窓を開けて下の後輩たちに言う。捜索はここまでだな。


 は、カイの方を向いた。


『ごめん。行かなきゃならねぇ。

 もし、シュウゴがここに来てたらさ、俺が来たって事と、勿体ないってことを伝えといてくれ。じゃ!』


『待って!』


 僕が残した置き土産に気づいたな雨宮。お前なら、絶対に喰い付いてくれると信じてたぜ。


 アドリブ、後半戦だ。


『何?』


『勿体ないって、何の事?』


 呼び止める意味もわかる。シュウゴも、観客も。先輩も。


『だってさ、俺やカントクがここまで探しに来んだよ? なら、それだけシュウゴは期待されてるって事だろ? それってすごく勿体ないじゃんか』


『……そうね。本人が来たら、必ず伝えるわ』


『ありがとう。じゃ!』


 はドアに向けて走り出す。


『待って!』


『今度は何!?』


 足を止めずに、ドアまで近づいた。カイの事だ。何て言うかは決まってる。


『図書館では静かに!』


 は扉を開け、一言だけ。


『失礼しました』


 上手かみてからハケ、出番は無事終了した。奈緒先輩が、笑顔で出迎えてくれた。


 手を出してくれたので、僕も手を挙げた。その手は綺麗に、音が響かないように叩かれた。


「お疲れ様、千尋。良かったよ!」


「ありがとうございます。……アドリブ、どうでした?」


「悪くなかったよ。後のシーンとの繋がりも、キレーだし」


 それを言われて安心した。確かこの後は、シュウゴの独白のシーンのはずだ。


『……で。何か言うことは? 期待のエース君』


 ちらりと舞台を見ると、なかなかにキツい言葉を投げかける雨宮。これも僕のアドリブのせいなのか。


 ! また眠くなってきた。……まぁ、昨日ほとんど寝てないからな。先輩にはカッコつけたけど、実は緊張で吐きそうだったんだ。


「何、千尋眠いの?」


「申し訳ありません」


 やれやれといった感じで、奈緒先輩が呆れる。


「またぁ? 寝ててもいいけどあたしの出番には起こすからね」


「それって数分も無いんじゃ?」


 奈緒先輩が起こす? 僕を? 何で?


「だって、あたしもリベンジしたいし」


「え……?」


「本当は恥ずかしかったから言わなかったけど、あたしだって、役を取られたみたいで悔しかったの。しかも女の子の役を男子に……」


 奈緒先輩は奈緒先輩でずっと悩んでたのか。てっきり気にしてないように見えてたけど、それは僕に気を使ってくれていたのか。


「後輩に、しかも千尋に言うのは間違ってるけど、負けないから!」


「……わかりました。殴ってでも起きます」


 先輩は恥ずかしそうに下を見ていたが、僕の言葉を聞いてから、パッと僕の方を向いた。


「よかった! 千尋、ちゃんと見ててよ。


 あたしの演技! その目でね!」


 先輩は満開の笑顔で僕に向けて笑った。その顔は晴れやかで、心の底から笑ってるように見えた。


 先輩が舞台袖の方を向く。短めの髪が揺れ、半回転した遠心力で首を通り過ぎ、先輩の頬を撫でた。めちゃくちゃ可愛かった。いや、綺麗だった。


 歩き出した先輩。そしてシュウゴに告白する。


 演技経験の全く無い初心者に役を取られて、しかも男子に取られて、先輩はどれだけ悔しかったのだろう。並々ならぬ思いがあったはずだ。


 僕に稽古中に、新歓の時にどのように演じたか聞くのは、業腹だっただろう。


 全て後輩の前では押し殺していたのだ。この時の為に。しかも僕の演技が終わるのを待ってから。ずっと気を使われていたんだ。


「……かなわねぇなぁ」


 改めて先輩の凄さを見せつけられた。奈緒先輩の演技は当然、今日の誰よりも上手かった。まだ後半の組を見てないけど、間違いなくそう思う。


 *


「お疲れ様でした。いい演技だったぞ」


 珍しく足利先輩が労いの言葉をかける。僕らのチームは演技が終わり、それぞれ水を飲んだり、タオルで拭いたりしている。


 その間、もう一方のチームは紙に何かを書き込んでいる。


「あれ? 感想表だ。部内戦の時はいつもあれに感想を書くんだ」


「そう、二つが終わったら交換して、読み合うんだよ」


 智先輩と奈緒先輩が、丁寧に教えてくれる。


「何だか、怖いですね。特に三年の先輩のは」


「その感覚は当たりだ千尋。エグいことを書いてくるぞ」


 後の時間が嫌になる。しかもその後に部長を初めとした三年の先輩達による講評があるらしい。ますます気が滅入る。


「だいたい書けたな。じゃ次はチームtwo。名前を」


 足利先輩が則本先輩に発言を促した。


「チーム名は、『安定感』です」


「OK、チーム『安定感』。準備が出来たら始めてくれ」


 急ぐことなく『安定感』が準備を始める。舞台の棚とかの配置も変えずに、そのままやるつもりだ。下手側に新田。その近くに大谷さんがいる。


 この配置は……大谷さんがカイで、新田がシュウゴをやるのか?


 主役級をどっちも一年がやるなんて、則本先輩は何を考えているのだろう。


「3、2、1、よーいact!」


『なぁ、シュウゴを見なかったか?』


 則本先輩演じるユウスケが、図書館にシュウゴを探しに来た。


 カイに匿って貰って、そこからシュウゴの独白が続く展開が台本に書かれてあるけど、何か変化させるのだろうか。


『えっと、何の御用でしょうか?』


「……ッ!」


 雨宮が息を呑む音が聞こえた。当然、僕も驚いている。


 大谷さんは、ほとんど素の状態に近かった。台本では「カイは強気な女子」であったのに。


『あぁ。ごめん、ここにサッカー部の奴が来てなかった?』


 当然、キャラクターが違う以上セリフは変わっていく。


 台本のどこにも、カイとユウスケが顔見知りとは書いてなかった。初対面だとするならば、この反応と対応は正しい物になる。


 ……何をするつもりなんだ、則本先輩は。

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