40話 「部内戦」 その1
五月二十一日 金曜放課後
ついにこの日が来た。テスト終了後から一週間、待ちに待った部内戦の日だ。
この一週間、チームの皆で悩んで来た。慧先輩、奈緒先輩、そして僕と雨宮。途中から先輩達も、僕らに意見を求め始めた時は驚いたけど、上手く言えなかった。
しょうがねぇだろ? 僕は初心者だ。演出の事なんぞ何も知らねぇ。雨宮が言うことに、頷くしか無かった。
皆も気になるだろううちのチームの出来栄えだが……とりあえず何とか形は出来たと言っていい。慧先輩曰く、あまり元の台本を弄る気は無いらしい。
新しい形を模索する時間が足りないのと、自分にそれを演出する力と経験が無いと素直に言っていた。本当に人が変わったみてぇだ。
体裁を取り繕うような雰囲気があったが、今は全く無い。力を持っていないなら、それで戦えばいいと先輩は言っていた。それに、「秘策」もあるらしい。
「おうチヒロ! 昨日は眠れたか?」
慧先輩だ。昨日の部活では緊張で吐きそうだったのに、威勢が良くなっている。
「はい。何とか寝られました」
「それは良かった。舞台の前日で緊張しないのは、羨ましいよ」
意外だ。演出をしていないのに、先輩が緊張する事があるなんて。
「先輩は緊張するんですか?」
「当たり前だ。いつも前日は不安で飯も食べれん。それに、昨日の俺を見てただろ?」
「……納得しました」
僕は気になっていたことがあったので、先輩に聞くことにした。
「そういえば、先輩。言っていた『秘策って何ですか?』」
「全員揃ってから話す。先に言っておくと、それは、俺たちが勝つためのものだ。」
「え、どういうことで……」
「こんにちは。お疲れ様です」 「こんちはー! おっつかれー!」
丁度良いタイミングで二人が来た。ちなみに、僕と雨宮は同じクラスだったのだが、僕と同じ時間に来るのが嫌で、時間をずらしたそうだ。無理やり先に行かされたので、中々に腹が立っている。
「丁度良いところに、二人とも、荷物置いたらこっち来てくれー!」
「どうしたんですか? 慧先輩?」
「慧? どしたの?」
「今から二人にも『秘策』を話す。勝つためのものだ」
二人の眼の色が変わる。あの先輩が「勝ち」に拘りだしたのだ。
「鍵はチヒロ、お前だ」
……。雨宮。頼むからこっちを睨むのは止めてくれ。僕も意味がわかってないんだ。
「どういうことですか?」
若干声に怒りが混じりつつも、雨宮が聞く。
「俺の演出を思い返してみた時に、これまでこのシーンの型通りにやって来た」
つまりどういう事なんだ?
「後のシーンの事、今回の台本にはなってない所までを意識して演出してたってことですよね」
「そう。まぁ考えてみたら、伏線とかあるから当たり前なんだが、そこにヒントがある」
全員が慧先輩に先を促した。
「多分だが、向こうはそのイメージを壊してしまうものを演るだろう。……ノリの奴が演出なら、こっちとは差別化して来るはずだ」
「難しい演出のやり方で、自分の腕を見せつけて勝つために」
僕ら全員が息を飲む。もし慧先輩の言うことが確かなら、僕らが台本通りに演じて、向こうがチャレンジした内容で演じることになるのだ。
挑戦したという「好ましい事実」がある以上、出来栄えが同じなら向こうが有利だ。
「気づいたな。だからチヒロが鍵なんだ。全員、台本を出してくれ」
女子二人は手に持っていたので、僕と先輩が鞄から取り出した。
「当然、今回演るシーンまでしか無い。敢えて全部渡さなかったのは、チヒロ。お前は全貌を知らない方がいいと思ったからだ」
「説明を! 説明をお願いします!」
「落ち着け雨宮。新歓公演の時、チヒロだけ気絶して、その後の、最後の展開を知らないんだ」
雨宮が凄い眼でこっちを見てくる。異常な者を見る目付きだ。これは異議を唱えなければ。
「待て待て! 僕はあの時初舞台で緊張してたんだ。ステージから出てその糸が緩んじまっただけだ!」
まだ納得してないようだ。め、面倒くさい……。
「とにかく、チヒロの解釈の演技を元に、俺たちが合わせていけば、多少のオリジナルを加えることになるはずだ」
「さすがにムチャだよ。慧」
「奈緒、俺たちは負ける訳にはいかない。勝つために背負うべきリスクは、全員が負うべきだ」
先輩、変わったな。今まではなんと言うか、簡単な方、要領がいい方へ行っていたのに、勝負に貪欲になったみたいだ。
「先輩……かっこいいです。ぶっちゃけやる気無いのかって最初思ってました」
「……ひでぇな。まぁ、後輩に気を遣わせちまったなら、その時点で先輩として失格だからな。しっかりやろうぜ」
扉が開き、三年生の三人が入ってきた。全員、台本と紙を持っている。先輩達は、僕らに紙を回し、台本を捲りながら説明を始めた。
「全員行き渡ったな。その紙に感想を書いてもらう。相手が読むから気をつけとけよ。
……んで、今から始める訳だが、チヒロ。お前は台本の範囲が頭に入ってるか?」
「えっ?」
急に振られ、戸惑ってしまった。
「どうやら入り切って無いみたいだな。全員、台本を開け。確認するぞ」
何か言い始める前にさっさと確認作業を進める先輩。僕は渋々台本を開いた。
今回の台本は、サッカー部の一年期待のホープであるユウスケがシュウゴを探しに来て、マネージャーのケイコが来て告白するまでである。
新歓で僕が演じた、ケイコの告白のシーンがメインだ。そんな中で、僕が出るのは、序盤。ユウスケが探しに来る所だけだ。
『One Day Afterschool』
ユウスケ:なぁ、カイ。シュウゴを見なかったか?
カイ:急にどうしたのよ
ユウスケ:カントクに探して来いって言われちゃってさ。
カイ:何で一年エースのアンタが探しに来んの?マネージャーが探すんじゃないの?
ユウスケ:マネージャーも探したんだけど、いないって泣きつかれたんだよ。一年のまとめ約的な立場だからね。
カイ:そう。だけどここには……いないよ。
カイ。台詞の途中でシュウゴの方を向く。シュウゴ、ジェスチャーで必死に首を振る。
ユウスケ:そっか。……ここだと思ったんだけどな。
カイ:何でそう思うの?
ユウスケ:本好きだったし、ここからならグラウンドがよく見えるんだ。
カイ意味がわからないと言った顔。
ユウスケ:そりゃわかるよ。だって、もう長い付き合いなんだからさ。
SE・ざわめき。ユウスケ。窓の方に近寄る。下を向いて言う。
ユウスケ:え? カントクが戻って来いって? ……わかったよ。今行く!
ユウスケ、カイ達に向き直る。
ユウスケ:ごめん。行かなきゃいけなくなった。もし、シュウゴが戻って来たら、俺が来てたって伝えてくれ。じゃ!
ユウスケ、小走りでハケる。
カイ:図書室の中は静かに!
ユウスケ、上手側からごめんなさいと謝る。
……ここまでだ。物語の『承』の部分だ。厳密には、今回の部内戦の『起』ではあるが。
この役を通して、先輩に、新田に、男の役が出来ると証明してやる。
「では、チーム一。名前は?」
「俺たちは勉強ができない。です」
「……OK。ならチーム『俺たちは勉強ができない』。開始するぞ」
足利先輩が部内戦の宣言を始める。僕らは所定の位置に着き始めた。奈緒先輩と、慧先輩、そして雨宮。二人は舞台中央に、慧先輩は下手側の端に寄った。
シュウゴはユウスケから隠れているからだ。女子二人が、ユウスケからの視線を隠す。それが決めた立ち位置だ。
僕が出てくるシーンは、僕以外誰もその場から動かない。それで、どうやってアドリブを加えればいいんだよ。
「OK。準備できたな。ではよーいスタート!」
火蓋が切って落とされた。全ての視線が僕に集まる。あの時の少し心地よい緊張感が、腹の底から動き始めた。
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