39話 「ピエロ」
私の名前は
最近、困ったことになりました。愛しの千尋ちゃんと居られる時間が少ないです。
いつもは早く来て掃除しながら待ったり、新田くんと話している姿を遠目から見守ったりとしていたので、何とかなってはいました。
部活中の千尋ちゃんがよく見られるので、最初の筋トレや声出しもずっと正面を陣取っていましたからね。
しかし、ここ最近はずっとグループで活動することになっています。私は千尋ちゃんと同じグループではありません。しかも、演技がしたいわけでもありません。
私は千尋ちゃんを可愛くするために演劇部に入ったのです。演技がやりたいわけでは無いのです。
お相手の新田くんも、少し真面目すぎます。というより、慣れない演劇で手一杯みたいで、周りがあまり見えてない気がします。
私たちのチームは、特に問題もなく、スムーズにできていたのですが、千尋ちゃんたちは違うのでしょうか?
「新田くん、少しいいでしょうか?」
休憩中、私は前から聞きたいことがあったので、新田くんの元へと向かいました。
「なにかな? 大谷さん」
新田くんは少し驚きつつも、気さくに返してくれます。
「前から聞きたいと思っていたのですが、貴方と千尋ちゃんはどんな関係なのですか」
コレです。凄く気になります。悪態を吐きつつも、千尋ちゃんは新田くんと一緒に居ることに慣れているのです。
「どんな関係……? といっても幼稚園からの腐れ縁としか」
ずるいです。羨ましい。私は高校でしか出会ってないのに。
「えっと、顔。怖いんだけど……」
少し興奮が表に出てしまいました。失礼失礼。
「そうですね、少しでいいので、昔の千尋ちゃんの事、教えてくれませんか?」
「それぐらいならお安い御用だよ」
優しい。やはり新田くんは優しいです。ですから、あの千尋ちゃんと一緒に居られるのでしょう。
「小学生の頃ぐらいかな、チヒロと一緒にいろんな事をやったよ。スポーツ、ゲーム、アクティビティ。チヒロができるまでオレも死ぬ気で付き合ったから楽しかったなぁ」
「できるまで?」
私は気になった事を尋ねました。
「見てればわかると思うけど、チヒロって苦手な事が多くてさ。頭でイメージしてからじゃないと実行できないんだよ」
「……」
「失敗を恐れてるのかはわからないけど、特にスポーツは慎重になってたなぁ」
「だから、できるまで?」
「そんな部活みたいにガチじゃないよ。一通りの基本の動き。体育でもチヒロが教えたことをやっていて、感動しちゃったなぁ」
少し顔が強ばっていくのを感じます。落ち着きなさい。大谷静香。
「中学では?」
「中学は、チヒロは卓球始めちゃったからね。オレもいろんな部活から助っ人頼まれてたし、前みたいにはいかなかったよ」
「貴方も卓球をやらなかったのですか?」
「実はやってみたんだけど、あんまり合わなかったな。チヒロに教えてもらったけど、全然上手くならなかったよ」
「なるほど……」
「でも、一緒に遊ぶことはあったから、今となってはいい思い出だね」
私は少し追及したい事がありました。しかし、新田くんが感情に浸り始めたので、これ以上聞くことが出来ませんでした。
*
緑葉高校旧校舎・空き教室
「……
「落ち着けよ、
「別にそんな事は無い!」
「貴文も煽らないの。
いつもの言い合いを副部長、
「次の舞台の配役と部長決めなんだろ? 早くやるべきだ」
クールに足を組み、先を促す女性は演劇部の最後の三年生、一条明であった。現二年の照明係、
「まぁまぁそう慌てなさんなって。まずやるべき事は現状認識だろ?」
「何を言っているんだ? 次の部長なんて、光で決まってる」
「「……は?」」
余談だが、一条光は臆病で、引っ込み思案な性格であると全員が認識している。
「あのなぁ。一条妹は照明がやりたいって面談で言ってんだよ。お前が演技してる妹がどうしても見たいって言うから無理に演者に回してんだぞ?」
「照明係が部長をやってはいけない決まりなんて無いはずだ」
「あのね明、あの子は部長になる気はさらさらないって言ってるわ」
「バカな……姉の私にはそんな事一言も……」
「そりゃ家じゃお前に怯えてるからな」
「バカっ! 貴文!」
目に見えて分かるほど肩を落とす一条。妹の事が好きで堪らないが、その妹自身からは怯えられている可哀想な姉である。
「まぁ、一条妹も含めてだ。現二年から分析していくぞ」
そう言って足利尊文はノートを開いた。言わずもがな、『劇ノート』である。
「まず、
「演技力、表現力共に高く、部長候補としては一番だな」
「軽さが目立つけど、部長になったら責任感で無くなると思うわ」
部長、副部長からの評価は上々である。
「だが、あいつは指示待ちのきらいがある。現に役割に押しつぶされそうになっていたぞ」
「なるほど。……次は
「子どもから高校生まで幅広い役ができるのが強みだな」
「だけど指示したり、教えたりは難しいんじゃないかしら。あの娘、感覚的だし」
悪くは無いが決め手にかける。そういった評価が押された。
「次、
「冷静で慌てることは無いが、部長に必要なユーモアや求心力は無いな」
「状況を見ることはできるけど、言語化するのが彼の直近の課題ね」
部員としては必要な存在だが、部長としての評価は今一つ。そういった雰囲気が室内に流れた。
「次、
「しっかりしている、というのがまず印象に残っている」
「スタッフワークから演出までなんでもこなせるのが魅力ね」
「少し負担が行き過ぎる点は否めないが、副部長にしてサポートさせるのもアリだな」
あれやこれや、話し合っていたが、結論は出なかった。というより、部内戦の結果が一番重要であるからだ。
「じゃあ、次回公演も含めた一年の現状認識だな。……まずは
「一を聞いて十を知るタイプだ。あいつは伸びるぞ」
「まだ不慣れだけど、ライバルも居るから成長できそうね」
「まぁそんなところだな。次、大谷静香」
新田秋義はまだまだ新人。これからの成長が期待される。
「彼女が何をしたいかよくわからないのが問題ね」
「自己紹介のときは、服を創りたい? とか言っていたが、ウチは今まで衣装を一から作ったことはないな」
「だが演技に対して特別苦手意識がある訳でも無さそうだ」
「山川と組ませていろいろ学ばせるのもアリじゃないか? 貴文」
「そうだな。一条の言う通りだ。……次、
「問題児その一だな。やる気も熱意も十分。だが性格に難がありすぎる」
一同納得といった様子だ。しかし全員、実力はあるという面は認めていた。そして、経験者であるという点。こちらは毒にも薬にもなり得る。
全員、注意して指導する事で決定した。
「そして、最後。
「部内一の問題児」
「一年の頃の貴文みたいだわ」
「おい! 俺はそこまで尖ってねぇよ!」
反射で厳しい意見を言う一条明と、足利貴文に苦言を言う五代美雪。口だけでも反抗しなければ、部長の名折れだ。
「楠に関しては、策があるんだろ? 貴文。ならお前に一任する」
「へいへい。言われなくてもそのつもりだ。……んじゃあこんなもんか」
お開きにしようとしたその時、携帯電話が振動する。メッセージのようだ。差出人は、
「これは……。ッ! あの野郎ォ。勝手な事を」
「どうした、貴文」
一条の疑問に、足利は無言で携帯電話の画面を見せた。見知った背景には、白い枠で藤林からのメッセージが表示されている。
『青葉市内演劇部に通達:今年度の夏季演劇研究発表会。通称サマーフェスティバルは、グランプリ形式で行うものとする』
――もう一波乱。足利貴文の計画は、思い通りには進まない。
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