36話 「違う! そうじゃない!」
僕は自由である。なぜなら、試験が終わったからだ。鬱陶しい中間テストを乗り越え、晴れて自由の身になったのだ。
その一週間後には、部内発表会が待っているけどな。つっても、僕の役はあまり出番があるわけじゃないし、慧先輩が演じていた。すなわち、先輩にどうやったか聞けばいい訳だ。何も困ることは無い。
いつも使用しているホールに入る。少し埃っぽい空気が鼻についた。懐かしい。たった一週間入らないだけで、こんなにも感慨深いとは思わなかった。
「ねぇ、チヒロ。だからテストはどうだったの?」
……さっきから、隣にいる新田がいなければ、の話だがな。
「うるせぇ。聞くな」
「オレに断られてからどうしてたのか気になってさ」
新田は純粋に興味があるようだ。そんなに僕の結果が面白いか。
「チームの秘密だ。試験に関することは教えちゃダメなんだろ? 新田先生?」
嫌味を込めて新田に微笑む僕。あの時のお返しだ。しばらくは忘れてやらねぇからな。
「……」
新田のやつ、言葉も出ないようだ。ざまぁねぇ。人を小馬鹿にするからバチが当たるんだよ。
「チヒロが、オレに笑いかけてくれるなんて……」
……は? よく見ると、新田は口元に手を当てて喜んでいる。涙まで浮かんでやがる。違う! そうじゃない!
「オイ! 嫌味って知ってるか?」
「チヒロ……笑えたんだね」
涙を流しながら、優しく声をかけてくる新田。まるでこの世の全てを慈しむかのような、愛に満ちたものであった。僕の発言などお構い無しである。
ここまで哀れに思われる言われは無ぇぞ!?
「お前いい加減にしろよ……」
本気で苛立った声を出すと、新田は笑いながらごめんと言った。タチの悪い冗談だ。
「で、お前は何の役をやんの?」
「え? ……ふふふ、それはチームの秘密だよ。当日までのお楽しみさ」
更にムカつく反応。この野郎、足利先輩みたいな秘密癖が出始めたな。
「そうだ、チヒロ。これでさ、勝負しない?」
「勝負?」
「勝った方が、負けた方に一つ命令できるってのはどう?」
命令か。面白そうだな。僕なら……新田に一ヶ月敬語で喋ってもらうか。色々と悪い考えが浮かび、やる気が出てくる。
だが、女子を混ぜると少し混乱しそうだ。僕は新田に、男だけでやると条件を付け、新田も了承した。
これで、負けられない理由が増えたわけだ。
先輩たちと雨宮がホールに入ってきて、新田は則本先輩のところへ行ってしまった。これからの打ち合わせだろう。新田の動きから、僕らもそれぞれグループごとに固まり始めた。
僕は迷わず雨宮の方に向かい、先の疑問をぶつけることにした。
「雨宮、この前のことなんだが」
「あぁ、アレ? 答える前に、あたしの質問に答えて」
一瞬、意味がわからず混乱するが、反論する必要は無い。素直に従うことにする。
「あんたは今回、女装しないの?」
「は?」
唐突な質問に、頭が真っ白になる。え? 女装?
「正直、あんたはまたケイコの役をすると思ってた」
「なんで?」
「……悔しいけど、女の演技が良かったから」
……。今までの雨宮なら、多分答えなかっただろうな。敢えて僕に聞いてくるのは、あの時の誤解に対して、向き合おうとしているんだ。
「別に僕は女装するわけじゃない。あの時は本当に、人数が足りなかったから足利先輩に無理やりやらされたんだ」
「じゃあ女装は趣味?」
おかしい。なぜその方向になる。
「違ぇよ! だから、無理やりだったんだ。断れねぇ状況だったんだよ!」
「……嘘でしょ?」
まだ誤解してるな。
「仮に僕が女装が趣味だってカミングアウトして何になる!?」
「メイクがあったとしても、あのクオリティは犯罪でしょ……」
雨宮が何か言っているが、小声かつそっぽを向いているので聞き取れない。
「じゃああんたは、男の役者になるのね」
「? つまり、そういうことになるな」
「OK。それなら、先のあんたの質問に答えられる」
話があまり見えてこないが、雨宮は納得したらしい。僕は相手だけがわかっている状況が好きではないが、別に急かすものでもない。すぐに言うだろうし。
「あんたの問題点はね……」
「遅れてごめんなさい!!」
タイミングが良いのか悪いのか、奈緒先輩がホールに駆け込んできた。呆気に取られる雨宮の顔。うん、ドラマのようだ。
「奈緒、お疲れ。何とかなった?」
「慧〜。先生にゴネて、許してもらったよ〜」
ヘロヘロになりながらも答える奈緒先輩。フラフラとあちらこちらに動く姿は可愛らしい。
「千尋達も、テストはどうだった?」
荷物を置きながら、気さくに話しかけてくる奈緒先輩。だからあまり言いたくない。僕が如月さんに助けて貰っていた事を。非常に心苦しい。
「まぁ、その、ぼちぼちです」
「そっか。赤点回避できてるといいね!」
とびきりの笑顔でこちらを見てくる奈緒先輩。失礼だが、どうしても年上に見えない。もちろん、いい意味でだぞ? だが本人はコンプレックスかもしれない。言うことはないだろうな。
配慮ができる男、楠です。
「さて、奈緒も来たことだし、いよいよ練習開始か。皆、話の流れは大丈夫か?」
確か、ユウスケが探しに来るところから始まる。で、隠れてたシュウゴが心情を吐露。カイと言い争ってケイコが告白しに来る、という流れだ。
ちなみに、僕がユウスケ。慧先輩がシュウゴ。雨宮がカイで奈緒先輩がケイコだ。このメンバーでどうなるかわからない。
「最初だし、読み合わせからするか」
そう。僕らは台本を持っていない。なぜなら足利先輩が、テスト期間中に見る場合があるから渡すことを禁止したのだ。相変わらず意味がわからないが、部長命令なので従うしかない。
つまり、僕と雨宮は初めて新歓公演の台本を読むことになるのだ。
「俺と奈緒は持ってるから、ほら。千尋と雨宮の分だ」
「「ありがとうございます」」
二人で受け取り、パラパラと捲る。実は物語の最初のシーンはシュウゴが図書館から来るところから始まる。いつもサボっているが、実はそれが劣等感からだということに、次第に観客が気づく流れなのだ。
舞台は放課後の図書館で変わらないのに、出てくる登場人物が変わっていく、見事な舞台だったと思う。まぁ、あの時は気絶していてほぼ知らないのだが。
「じゃあ、読み合わせしていくぞ。三、二、一、act!」
「……」
「いや読めよ」
へ? 今のがスタートの合図? 全然わからなかった。
「すみません、今のが合図とは思いませんでした」
「あのなぁ、よく映画とかでも監督がよーいアクション! って言うだろ? ……あぁ、もういい。お前が映画を見ないことはわかった」
一人で完結する先輩。よくわからない。何を熱くなっているのだろう。
「とにかく、act! って言ったら読み始めてくれ」
「承知しました」
さぁ、気を取り直してもう一度だ。
「三、二、一、act!」
僕が読むところは、ユウスケがシュウゴを探して入ってくるところだ。息を吸って、行くぞ!
『なぁ、シュウゴの、やつ、来てない、か?』
「カァット!! 千尋! 変な節が入ってんぞ!」
「えぇっ?」
自分では気がつかない。その後、雨宮が動画を撮ってくれてようやく気づいた。聞いていて違和感しかない。耳に悪い意味で残る。
「どうした? 調子でも悪いのか?」
「いえ、わかりません」
どうしたのだろう。いつも通りの力が出ない。今まではこんな事が無かったのに。最初の舞台も、次のエチュードも。ここまで酷い時は無かった……あれ?
僕は今感じた違和感を必死に探り寄せる。何か、重大な見落としをしている気がする。あの時と今回の違いは何なのか。
「あんたもやっと気づいたのね」
「雨宮……」
先ほどの動画を見ていた雨宮が、僕の方を向いて言った。これが、もしかして、雨宮の言っていた僕の問題点と課題なのか。
「そう。あんたの問題点と課題……つまり弱点は、男の演技は全然上手くない所なの」
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