29話 「俺たちは勉強ができない」


「何か用ですか。畠山先生」


 足利先輩が露骨に嫌な顔をしながら尋ねる。畠山は何処吹く風といった様子で


「オイオイ。この部の顧問は俺なんだぜ〜? 顧問が来ちゃダメな理由はねぇだろうよ〜」


 下卑た笑いをしながら答える畠山。しかし、すぐに真面目な顔を作る。


「お前ら、部活もいいが中間テストも忘れるなよ」


「そりゃもちろん、皆頑張ってますよ。ちゃんと赤点が無いことは部で確認してます。……先生が知らないはずないのでは?」


 返す刀で牽制をする先輩。結構敵意が混じってねぇか?


「赤点が無いことはいいんだがな〜。一年は初めだから念押ししに来ただけだ。学校生活は勉強や課題も入ってることを忘れんなよ。なぁ? 楠、雨宮」


「「……」」


「なぜ黙る二人」


 急に振られ、黙るしかない僕ら。先輩の視線が痛い……。


「わかってると思うけどな、部活よりも勉強や学校生活が優先だからな? 学校のことが一人前にできて初めて部活することができるんだよ」


 いつになく真面目に語る畠山。


「中間テストは来週の木金にあるから、一週間前は部活停止期間だぞ」


 えっと、今日が木曜日だから、もうあと一週間しかないじゃないか! まずいぞ、何も勉強していない!


 隣を見ると、雨宮も目が泳いでいる。さてはお前も勉強してなかったな。仲間だ。


「今日はテスト明けにすることと期間中の個人でやる事を決めてたんですよ」


「フン。まぁ良いがな。赤点が出てみろ。部活よりも補習が優先になるからな。覚悟しておけよ」


 そう言い残し、ホールを去る畠山。去り際も、どこか粗を探そうと舐めるような視線で扉の向こうに消えていった。


「美雪! 塩撒くぞ! 塩!」


「そんなものある訳ないでしょ! 落ち着きなさい!」


 怒り心頭な足利先輩の頭を小気味よい音で叩く美雪先輩。ペットと飼い主みたいだ。

だがそんな事よりも、僕は目の前の中間テストが不安で仕方ない。


「……とにかく! 発表期間は中間テスト終了日の一週間後だ。終了日から部活動は再開していい。今日はこれで解散だ」


 こうして、僕は現実に引き戻された。この一ヶ月間、初舞台の動画や総会の事などで頭が一杯で、ろくに勉強という勉強もしていない。


 この状況で、五教科のテストを受けて、赤点を取らないのは、多分難しいだろう。


 僕は全員が居なくなるのを待ってから、雨宮に声をかけた。


「な、なぁ雨宮」


「何よ」


 ものすごく不機嫌な声だ。畠山に間違いなく怒っている。


「また借りを作ることになるが、勉強教えてくれ」


「嫌、というより無理」


 無理? できないってことなのか?


「おかしいと思わない? 演劇部のある学校は、うちの県にも幾つかあるのに、経験者のあたしがなんでパッとしないここにいるのか」


 ムカつく言い草だが、考えてこなかった訳じゃない。確かに、小杉が紅葉にいるし、総会で言ってたけど去年の成績も紅葉高校はかなり良かった。


 春休みに行われる、冬のブロック大会で二位になった学校が行ける特別な大会がある。通称「春の全国」だ。紅葉はそれに出ていたらしい。


 つまり、経験者の雨宮が、実績ある学校に行かず、実績も偏差値も高くないこの学校にいるのか。……それは。


「あたし、演劇ばっかりやってきたから勉強はからっきし。理系はさっぱりできないわ」


 僕らはどうやら、本当に窮地に立たされようとしていた。



五月七日 金曜日


「教えてあげたいのはオレも一緒なんだけどね。コレ見てよチヒロ」


 次の日、悔しくも新田に頭を下げたが、奴の返答は微妙なものだった。


「タイムメッセージ? うちの部のグループか」


 顔を挙げて新田の端末を見てみると、見慣れたアプリの画面が表示されていた。


 タイムメッセージという、言わば連絡、伝達用のアプリだ。演劇部も使っていて、カレンダーに部活があるかないか、グループメンバーが一括でわかるものだ。


 そこに足利先輩からの一斉伝達があったので読んでみる。


「伝達、中間テストの勉強などの相談は、グループメンバーの間で行うこと……は!?」


 つまり、勉強が苦手な僕は、同じく勉強が苦手な雨宮と相談しないといけないことになる。


「無茶苦茶だ! 横暴だろ!」


「オレもそう思うよ」


「ならこんなの無視すればいい! こっそりやれば問題ねぇだろ!」


 僕の怒りも最もだ。と理解する様子の新田。やっぱりこいつは話が早いし、チョロい。

 だが、新田は更に端末を見せ続けている。


「下の方を見てよ、チヒロ」


「なんだよ……追伸、今日から発表までのこの期間の行動の全てを、夏期研修会での配役の判断材料にする。……どういう事だ?」


 読んでもわからない。いや、わかりたくない。理解することを頭が拒絶しているのだ。


「チヒロ、わかってるんでしょ。これがある限り、オレは、大谷さんは二人に手を貸せない」


 次の舞台の役を得たかったら、死ぬ気で頑張るしかない。グループが違うメンバーは、役を取り合うライバルになるのだ。


 競走させるって事なのか? 相変わらず、あの手この手を使ってくる。


 ……だけど、何より優先すべきことは部活じゃねぇのか?

 テストをさっさと乗り越えて、部活に注力する。そのための教え合いは、何も間違った行動じゃないはず。


「畠山先生の言ってたことに、影響されたんじゃないかな」


「何?」


 新田の呟き。畠山の言うことが一理あるだと?


「部活は学校生活の延長線にあるってこと。学校生活がちゃんとしてるから部活も許されるし、何より演劇部は学校関係者が応援してくれる」


 言われて、ハッとさせられる。演劇は、見に来てくれる客がいて初めて成立する。


 そのために、学校生活に励めということなのか? 意味はわかるが到底納得できねぇ!


「だが、同じ部活で教えあったらダメなのはやりすぎだろ!」


「それも、クラスや学年、校外に目を向けろって事でしょ。新しく人脈を培って、見に来てくれる人を増やせってこと」


「ぐうう……」


 新田の言い分に、何も言い返せせなくなってしまう。何よりも状況をうまく認識してる正論だ。納得してしまった。


「だから、ごめん。チヒロ」


 そう言って、新田は自分の席に戻って行った。入れ替わるように、雨宮が近づいてくる。


「ダメだったみたいね」


「あぁ」


「この調子なら大谷さんも無理そうね」


 そうだろう。大谷さんは新田より真面目だ。間違いなく協力してはくれないだろう。


「どうすりゃいい……」


「楠」


 雨宮が言い直すように僕の苗字を呼ぶ。見てみると、少し緊張した顔で僕を見ている。


 な、なんだ……。こっちまで緊張して来たぞ。


「な、何だ?」


 少し噛んでしまったが、気にせず雨宮に答える。こんな教室で、何をする気なんだ?


 ま、まさか二人で――。


「貸一、覚えてる?」


 ……え? 貸一?


「ほら、総会のときに貸しにしたでしょ? 忘れたとは言わせないわよ」


 当然覚えている。僕の作戦に協力するのと、エチュードで助けてもらったときの貸しがある。


 昨日の部活でも命乞いをした所だ。


「もちろん覚えてるが、それがどうした?」


「じゃあ今返してもらうわ。何とかしなさい」


 ん? 話が見えない。僕はどうすればいいのか。何とかしろと言われて対応できてるなら、もう既にしてる。


 頭に疑問符が浮かんでいるのがわかったのか、雨宮はもう一度言い直した。


「誰か、頭がいい人に教えて貰って、それをあたしに教えなさい」


「んな無茶苦茶な!」


 僕が二度手間じゃねぇか! 二人で勉強会とか考えていた僕は馬鹿か。だが雨宮は僕を黙らせる必殺の言葉を口にする。


「貸しニ」


 ぐううぅ! それを言われると弱い。だが抗議はしないといけない。簡単に言いなりになるとつけ込まれるのだ。


「だけど、僕に知り合いなんていないぞ!」


「それも含めて、何とかしなさい」


「はぁ!?」


「じゃあ授業の準備があるから、任せるわ。今日から夜に進歩を聞くから、正直に答えなさい」


「おい、待てよ!」


 雨宮は僕の静止を聞くことなく、席に戻ってしまった。


 毎回窮地に立たされてないか、僕?

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