28話 「顧問来りてアレを言う」

「さて、部内戦のチーム分けを発表する」


 鷹揚に足利先輩が宣言した。僕がやるべき事は、成長するための目標設定。チーム分けで、何かしらのヒントがあるはずだ。


「二年が主体となって、演出に取り組め。あと、チーム名も決めておいてくれ。……ではまず、チームOne!

 智、奈緒、楠、雨宮の四人だ。」


 ッ!! 早速呼ばれた。確かチームは、智先輩と奈緒先輩。そして後は――


「うぇぇ……何で一緒なの……」

 居た。僕が顔を向けた瞬間、引くほど嫌な顔をしやがった女。雨宮楽乃だ。


「次、チームTwo!

 則本、新田、一条、大谷の四人だ」


「あれ? 私はどっちですか?」


 多分名前を呼ばれなかった先輩の一人、山川愛衣先輩が手を挙げた。確か最初の舞台で、雨宮と一緒に僕をメイクしてくれた先輩だ。


 そして、僕の裁判で退部側にいた人でもある。


「山川はどっちのチームにも入って、照明や音響を担当してくれ」


「結構負担来ますね。……わかりました」


「すまない。だがスタッフワークも一応考えはあるから安心しろ」


 そう言われて、山川先輩は手を下ろした。僕は雨宮に近寄り、小声で話しかける。


「なぁ、今の聞いたか?」


「は? 何?」


 おかしい。敵意全開だ。この前のエチュードで、多少は溝は薄まったはずなんだがな。


「何故そんなに喧嘩腰なんだよ」


「うるさい、あんたに関係ないでしょ」


 そう言われると、返す言葉がない。僕は黙り込むしか無くなってしまう。


「で、何よ」


「え?」


「だから、何の話?」


 ……驚いた。さも当然のように話を聞いてくれるじゃないか。あれか、こいつも少しは丸くなってきてるってことだな。


「何よ、急に黙って」


「いや、嫌いだっつってたから、てっきり拒絶されると……」


「アンタは私の事どう思ってんのよ……」


 そう言われ、少し考える。雨宮のことをどう思ってるか、そんなの決まってる。たった一つしか無い。


「自己中の正論暴力女」


「OK、消すわ」


 しまった。うっかり本音が出てしまった。


「待て待て待て! 僕はお前に借りがある。だから今消すのは勿体ないと思わないか!?」


「命乞いとしてそれはどうなの……」


 拳を構える雨宮に必死に命乞いする僕。傍から見れば情けないことこの上ないが、原因は僕なので大人しく頭を下げる。


「で、何?」


 しばらく頭を下げていたが、雨宮がため息をついて話の続きを促した。


「いや、スタッフワークって一人でやるんじゃないのか?」


「はぁ? 何言ってんの」


 少し呆れたように、雨宮が眉を顰める。


「照明変えるタイミングと、BGM流すタイミングが同じ時どうすんのよ」


「確かにそうだな。……じゃあ、この部内戦で結果出せなかったらスタッフワーク行きになるのか」


 雨宮はまた一つため息をつくと、より僕を馬鹿にしたような目で口を開く。


「あのねぇ、何か勘違いしてるようだから言うけど、スタッフワークを甘く見たら役者失格よ。みんなが頑張ってくれるからこそ、役者は舞台に立たせてもらえるの」


 ……なんだよコイツ。格好いいじゃねぇか。

 雨宮は当たり前だと言わんばかりの顔付きだが、僕にとっては驚きでしかない。自己中心的だと思っていたけど、意外な一面もあるみたいだ。


「楠、あんたは初心者だけど、これを知るか知らないかじゃ役者としての伸びに大きな差が出るわ。肝に銘じておきなさい」


「ありがとう。為になった」


 他の部員の質問が粗方終わったようなので、僕も前に注目することにした。

 どうやら美雪先輩にバトンを託したようだ。


「演じるシーンは、シュウゴの独白とケイコの告白、そしてユウスケが喋るまで。一年生には厳しいかもしれないけど、全員に見せ場があるから、頑張って。二年生は、演じていた役に挑戦しても、別の役に挑戦してもいいよ。」


 とりあえず、あのときの台本を思い出してみる。足利先輩のシュウゴが本音を語った後、美雪先輩のカイが発破をかけて、その後僕のケイコが告白する流れだったよな。


 その後は覚えていないけど、ユウスケが来て何かあるみたいだな。


「配役から演出までを取り組む形だ。リーダーは役職が決まったら教えに来てくれ。グループ同士で稽古を見られたく無かったら、空き教室を自由に使ってくれて構わん」


 最後に足利先輩が纏めて、それぞれグループで集まることにした。三年生の三人は、どこかに消えてしまった。


「とりあえず、よろしく」


「よろしくねー!!」


「「よろしくお願いします」」


 上から智先輩、奈緒先輩、僕らの順番で挨拶する。


「さて、とりあえずリーダーだな。奈緒ちゃん、どうする? やりたい?」


「いーや、おまかせする」


 決まった流れのように話し合いは進む。部内での様子を見る限り、あまり奈緒先輩はこういうリーダー的なことに向いていない気はしていた。それよりも、舞台で好きに動いた方が輝くだろう。


「あ! そうそう、智。あたし、ケイコの役やりたい!」


「だ、そうだが。雨宮はどの役がしたい?」


 智先輩が奈緒先輩の言葉を受けて雨宮に聞く。


「あたしはカイの役がやりたいです」


「いいの? 奈緒に遠慮してない?」


 この念押し具合……。智先輩は多分、雨宮が奈緒先輩に遠慮したと思ってる。


 だけど、雨宮はそんな事に気を使う奴じゃない。演劇に関しては本気。それが本当の僕の雨宮への認識だ。


 別にさっき言ったことも思ってない訳じゃないけどな。


「大丈夫です。あたしは初めからカイが演りたかったので」


「OK。まぁ雨宮の雰囲気にも合ってるだろうし」


 女性陣はこれで終了。後は僕らの番だ。


「千尋はシュウゴとユウスケ。どっちがやりたい?」


 そう先輩に言われ、少し考える。シュウゴはあの作品の主人公とも言えるキャラクターで、足利先輩の演技も凄まじいものだった。


 そしてユウスケ。最初に探しに来る場面しか僕は知らないが、あまり登場場面が無いことからも、イメージとしては脇役だ。


 僕がやりたいもの。いや、やるべきものはどちらか。


 当然、ユウスケだ。


 なぜなら、足利先輩のような演技は僕にはできないからだ。喋り方や動きだけコピーできても、その人本人が持つ雰囲気や纏う空気までは真似できない。


 この前から炎を見て、そう考えることが強くなった。


 僕の今やるべき事は、先輩の演技を見て学び、その技術を盗むことである。


「ユウスケの役をやりたいです」


「俺に遠慮してないか?」


 先輩の念押し。どうやら智先輩は、一年だから遠慮してほしく無いのだろう。だけど、僕も違う。


「はい。ユウスケの役が、自分に必要です」


「……わかった。そこまで言うなら、ユウスケは千尋に任せるよ。

 と言うことは、俺がシュウゴだ」


 これで配役は決定。後はチーム名だけだけど……。


「チーム名は後でいいんじゃない?」


「そうだな。急ぐことないし。じゃあこれで解散……」


「ちょぉぉっと待ったぁ〜!!!」


 ようやく解散……となる直前、一昔前のテレビ番組かのノリで、待ったをかける声。チームOneもTwoも皆ホールの入口へと視線を向ける。


「お前ら〜、部活より大事なことを忘れてないか〜?」


 そこに立っていたのは、僕の嫌いなあの男。仕事を手抜きしたがる教師の風上にもおけないヤツ。畠山政人だった。


「中間テストだ」


「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」


 僕を含め何人かの絶叫が聞こえる。……あれ? 全部、僕の近くからの気がするぞ?


 ふとチームのメンバーを見ると、意外そうな顔で見合わせていた。


 ……え? つまり、そういうこと?


「今、叫んだ人。挙手」


 聞こえる誰かの声。引き寄せられるように手を挙げる四人。それは僕以外のチームメンバー三人だった。

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