中間テスト編

27話 「ここで、準備を整えましょう」

 学校内で端末を使ったことでこってり絞られた後、僕らはホールに戻ってきていた。


 バレなかったから良かったけど、一歩間違えたら演劇部にも迷惑が掛かる所だったのだ。猛省せねば。


 呆れ混じりの声で、足利先輩は僕らに、部内戦をやると告げた。


「「部内戦?」」


 僕と新田の声が重なる。あまりいい気分ではないが、背に腹はかえられない。


「あぁ。同じ作品、同じシーンを二チームに分けて行う。二年主体で纏める。三年は見て評価するだけだ」


「なんで先輩は出ないんですか?」


「次を見据えてるからだ」


 サラッと流す先輩。だけど、それはもう自分達は終わりだということを告げていた。


 先輩達は、もうすぐ引退なのだ。考えたくなかった事実を、不意打ちで言われ、面食らってしまった。


「あ? んだその顔は? 言っとくが、まだまだ俺は消える気はねぇぞ」


「え? でもさっき……」


「次の部長の選抜とかも考えてんだよ。言葉を鵜呑みにしてんじゃねぇ」


 相変わらず詐欺師みたいな人だ。でも言っていることは納得できるのがまた腹立たしい。


「チームは全員集まってから発表するが……それまでは」


「それまでは?」


「桜花とのエチュードの事。全部聞かせて貰おうか」


 口角を吊り上げて笑う足利先輩。全部吐かされるな。と感じずにはいられなかった。


 ふと見た新田の顔は、覚悟を決めていたようだ。


 *


「ったく、無茶しやがって……」


「「勝手に問題起こしてすみませんでした!」」


 総会でのエチュードのことを洗いざらい話した僕ら。勝手に他校と揉めたのだから、部長からのお叱りは当然だ。一歩間違えたら、学校や演劇部の名前にも傷が着くところだったのだ。


 ……当然、僕はこんな事に気づく余裕は無かった。これは全て先輩に言われて気付かされた。


「こっちにも計画があるんだからよ……」


「はい。すみません」


 計画とは、僕に最初に話してくれた全国に行くためのノート。通称「劇ノート」に記された計画の事だ。


 前見た時も、インクの乾き具合から知ったんだが、最近になって書き込まれてたみたいで、熱心に微調整を行っているようだった。


「あの、先輩。……計画ってなんですか?」


 訳知りの僕を見て、自分だけ知らないことに焦りを覚えている新田。僕が知っていて新田が知らない状況は珍しい。


「てめぇにゃ教えねぇよ。無駄に回る頭で必死に考えるんだな」


「何言ってんだバカ。新田も計画に必要だ。今から話す」


 軽く小突かれる僕。パワハラだと声を上げたかったが、それをしても許されるぐらい信頼されていると解れば、あまりとやかく言う気にもならない。


 足利先輩が説明している間。僕も現状を再確認する。

 まず、全国大会に行くには、その前の段階のブロック大会で最優秀賞に選ばれないと行けない。各地方事に行われる訳だが、ブロック大会に出る学校は、県や地区での大会を突破した強豪ばかりが集うことになる。


 地区大会は十月、県大会は十一月。ブロック大会は十二月に行われる。全国大会は次の年の八月に行われることが多い。


 つまり、二年生でのブロック大会で勝てなければ、全国大会に行けずに引退が確定してしまう。挑戦数が、他の部とは一つ少ない。


 一回でも負けたら終わりの、ある意味運動部よりも厳しい戦いだ。


「なぜある意味運動部より厳しいか、それは評価を他者に委ねなければならないからだ」


「どういう事ですか?」


「スポーツだと、点数やタイム、試合結果という分かりやすい指針があるが、演劇にはそれが無い。新体操やフィギュアスケートみたいに、高得点の技があるわけでも無い。だから厳しいんだ」


「こっちが評価に関わることが難しいって訳ですね」


「そういう事だな。しかも、評価も審査員の好みに寄るところが大きい」


 速攻で理解する新田にムカつきながらも、先輩の言葉を反芻する。

 話の内容や、演技。審査員にとって、何が刺さるかわからないからこそ、さらに予測が立てづらいのだ。


 審査員が公平な審査をしようと思っていても、彼らにも刺さるものがあるかわからないのだ。一応、事前に台本を読むと言っても、本番とは雰囲気がガラッと変わるだろうし、一期一会の出会いを大切にする人も居るだろう。


 喜劇が好きな人もいれば、悲劇が好きな人もいる。芸術面である分、評価基準が明確化しづらいのだ。


 ……はい。これも、先輩の受け売りです。


「でも、それじゃあ計画の立てようが無いんじゃないですか」


「計画は、お前らが達成すべき目標を段階的に設定している。当然、この部内戦にも目標はあるぞ」


「「それは何ですか!?」」


「お前ら仲良いな」


「良くない!」「良いです!」


 身の毛もよだつ足利先輩の言葉に、脊髄反射で否定するが、先輩はゲラゲラ笑って取り付く島もない。マジで違うんだって、仲良くないんだって。


「何が目標か考えるのも大事だ。教えた事をこなすだけなら、これから先やっていけねぇぞ」


 つれない先輩の言葉。一理あるのも事実なので、言い返すことはできない。


「さて、そろそろ全員来るな。この話はここまでにしとくか」


 そう言い、腰を上げる先輩。周りを見ると、他の先輩達はほとんど来ていて、後は一年だけだった。


「さて、俺はトイレに行くが、お前も来い。千尋。話すことがある」


 そう言う先輩は、何だか有無を言わさない雰囲気があって、じっと見ると、あの黒いヤツが溢れ出していた。


 目に見えて怯える僕から何か確信したのか、僕を引っ張るようにトイレに連れていった。


 周りの人には、それを一切感じさせずに。軽い先輩の悪ノリのように。



「さて、テメェは帰りの電車で何を見た?」


 壁を背にし、あの時見た怖さを身にまとって僕に聞いてくる。


「ん? あぁ。別に取って食う訳じゃねぇんだ。コレは俺の悪い癖でな。自分の知らねぇことがあるのが嫌なんだよ」


 椿に言われて、新田には伝えなかったことを先輩に白状することにした。

 僕はできる限り端的に、椿から人の目の中にある炎を見ること。そうすると、その人の演劇への思いがわかることを告げた。


 そして、スポーツでいう神がかったプレーができる、何かが降りてくることがあり、それは炎を宿す人間に来るであろうことも。


 先輩は僕の話をじっと聞いていて、時折ハッとした顔をする事があった。話が進むに連れて、ドス黒い炎は、大きくなっていった。


 自分の手で自分の顔を抑え、しばらく力をいれたままの先輩だったが、長い深呼吸をした後、ようやく手を離した。


 炎も収まっていた。


「お前の話がそうだとして、俺の炎の色はさしずめ汚い黒か」


「はい、その通りです」


 やはりこの人は、炎の自覚がある。すなわち、僕に、何か隠していることがある。


 普段はなんともないようにふざける癖に、腹の中には、何かやばい物を抱えているんだ。


 表面上は優しくて、でも腹黒いなんて。そんなの、まるで詐欺師じゃないか。


「先輩、何があったんですか。話してくださいよ」


「……お前を信頼していない訳じゃないが、まだその段階じゃない」


「計画の内ってことですか? やっぱり知ってたんですよね! 炎のこと! だったら教えてくださいよ!」


「その計画に!! 調整が必要なんだよ!!」


 先輩の珍しい大声に、黙ってしまう。まだ部活に参加して短いけど、この人が声を荒らげることは、滅多になかった。しかも、ここまで余裕が無いように振る舞うことも。


「あぁ……。クソ。椿の奴、とんでもねぇことをしてくれたな。段階をすっ飛ばしやがって」


 そう言いながら、トイレから出ようとする先輩。僕はまだ、さっきの返答を貰ってない。


「先輩。待ってくださいよ!」


 肩を掴んだが、先輩は振り払うこともせずに、僕の方に目を向けた。


「お前が今やるべき事は、こんな事じゃないだろ」


 鋭い眼光でそう言われ、思わず手を離してしまう。そのまま先輩はトイレから出ていってしまい、取り残される僕。


 トイレの扉が閉まる音が、僕の心に追い打ちをかけるようで、とてつもなく嫌だった。


 僕がやるべき事。それは紅白戦に取り組むことだ。だけど、その計画に変更があるなら、目標も変わってくるんじゃねぇか?


 頭がぐちゃぐちゃのまま、ホールに戻る。その途中で、ノートを忙しなく捲りながら階段を登る先輩の姿があった。


 僕はホールに集まっていた皆に、足利先輩が少し遅れることを告げた。……そうするしかなかったから。

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