決闘編 一ターン目
24話 「決闘」 序
五月六日 木曜日 放課後
「はぁ……」
僕は今、緑葉高校の文化部A棟二階にいる。演劇部が使ってるホールは三階。あと一階分 登れば、ホールに着く。
何となく、あまり足が向かなかった。イヤ、理由はわかってる。この前の総会後の電車のせいだ。足利先輩が持つ炎がどす黒かったからだ。
理由はわからない。だけど、あの色は並々ならぬ負の感情が凝縮されたものだろう。ただ演劇祭で負けただけなら、そうはならないだろう。つまりあの人は、僕にまだ隠していることがあるんだ。
あれだけ「お前が必要だ」とか言ってるクセに、自分は秘密主義なんだよな、あの人。結局「劇ノート」もほとんど読ませて貰えなかったし。余計な心配をかけたくないんだろうけど、僕は信じられてるっていう事実の方が大事だと思う。
気がついたら、足は三階まで登りきってしまっていた。もうすぐ歩くと、ホール入り口の扉が見えてくる。
「……あれは、新田?」
少し目を凝らすと、新田がホールの中を伺う様に入り口に立っている。奴にしてはおかしい。いつもなら直ぐに入るはずだが。
「何やってんだお前。早く入れよ」
「あ、チヒロ。いやそれがさ、何か変なんだよ」
よくわからない新田の返答。無視して扉を開けようとすると、その手を掴まれた。少し痛い。
「あ、ごめん。ちょっと耳を済ませて欲しいんだ」
言われるまま、耳を澄ます。何だか盗聴みたいで余り気分は良くない。しかし、新田がここまで言う以上、何かあるんだろう。少し待つと、かすかに声が聞こえてきた。
「でさ、ここはこうすればいいんだよ」
「なるほど、助かる慧」
声と聞こえた名前からして、二年の男の先輩だろう。別に普通の会話だ。慧先輩がノリ先輩の勉強を見てるだけだ。
「もう少し聞いてて」
その事を新田に目で訴えたが、作戦続行の合図で返してきた。……もしバレたら信用を失うぞ。
新田に動く気配が無いので、諦めて定位置に戻る。
「…やっぱりノリは攻めが強いな」
「慧の受けもかなりいい。攻めづらかったぞ」
……? 話の方向がおかしくなったぞ。勉強で「受け」なんて言葉は使わない。だとしたら、二人は何の話をしてるんだ?
「変だよね。オレも最初は勉強かなと思ったんだけどさ。それなら教室でもできる」
「じゃあ部室でしかできないことで、二人は何やってんだ?」
「チヒロ。二人が仲が良すぎるって思ったことは無い?」
新田の核心に迫る質問。そういえば、休み明け、部活の日程を伝えるときに先輩の教室を訪ねたけど、ずっと二人でいた気がする。
「確かにそうだ。この前も二人だった」
「そう。総会のときのババ抜きでも二人は並んでたよ」
更に記憶が呼び戻される。僕が裁判にかけられているとき、美雪先輩が言ってた。「ノリ先輩は慧先輩に恩がある」って!
「新田……これは……」
「うん。……そういう事かもしれないね」
「教室じゃあ、できねぇからな」
とりあえず状況はわかった。二人は中で楽しくやってる。後は、僕らがどうするかって事なんだが……。
「このまま突入するか」
「イヤ、もし終わってなかったら気まずくなる。ここは様子見だよ」
「了解した。新田軍曹」
ステイの指示が出たため、待機する。音を聞き漏らさないように、僕も新田も真剣だ。
「うわぁ、ノリやるなぁ! 手も足も出なかったよ!」
「慧もよかったぞ。俺も何回か負けそうになった」
「じゃ! もう一回やろう!」
「「ちょおおおっとまったぁぁぁぁ!!!」」
堪えきれずに中に転がり込んでしまった。この体制でもう一回戦分待つなんてできるためであるか! 他の先輩来たらどうするつもりだったのか……。
一応、精神を守るために目は瞑っている。僕はチャイナドレスで懲りたからわかるんだ。
今でも夢に出てくるし。
「先輩! 止めましょう! ここは神聖な学び舎です!」
「新田の言う通りです先輩! 二回戦はまずいでありま……え?」
二人の様子を薄目で見ると、スマホを横にして向かい合っていた。……あれ? 蜜月は?
「先輩……何やってるんですか?」
「あちゃー。バレちゃったか」
「これだよこれ」
二人はスマホの画面を見せてくれる。そこには、軽快な音楽と共に「SEVEN GATE」と描かれていた。ってこれ! セブンゲートじゃないか!
「先輩、このゲームやってたんですか?」
「あれ? 千尋もやってんの? 何だよ早く言いなって」
「……これは何ですか?」
疑問符の残る新田。仕方が無い。解説してやろう。
「割と人気の出つつあるカードゲームアプリだ。ストーリーを進めるRPGだったんだが、そこで出てくるカードゲームが結局凝ってて、単体でアプリになっちまったんだ」
ゲームに詳しくない新田に掻い摘んで説明する。因みに今はストーリーが三部まで出てるが、まだ実装されてるのは二部までだ。今度のアップデートで、いくつか実装されるらしい。
「へぇ。面白いの?」
「割と楽しいぞ。ストーリーのキャラクターをカードとして使えるから、面白さが倍増だ。原作コンボを決められたら脳汁が止まらん」
「……なるほど?」
あまりピンと来ていない新田。なら、ルール説明だ。一先ず興味を持ってもらおうじゃないか。
「基本的なルールは一つ。相手のユニットを七体倒した方の勝ちだ」
〜SEVEN GATE ルール〜
・プレイヤーは自分のユニットを七体倒されたら負け。撃破カウントと呼び、スペルの効果で増えることはあっても減ることは無い。
・デッキは五十枚以内
・お互いのプレイヤーは開始時に六枚カードを引く。先行ドローあり。
・カードの種類は、ユニットカード、スペルカード、装備カードの三つ。
・プレイヤーはゲーム開始前にデッキ以外に三枚のスペルカードを山札の下に置く。これはマスタースペルと呼ばれ、プレイヤーの任意のタイミングで発動できる。使用した場合、一ターン後にまた使えるようになる。
・ユニットカードは、下級の兵士、カード。上級の士官、佐官カード、最上級の将軍、大将軍カードがある。位が上がるにつれ召喚条件が厳しくなる。
・ユニットカードは、近接、間接、援護タイプがあり、近接タイプは一体前衛ゾーンに、間接、援護タイプは三体まで後衛ゾーンに召喚できる。
・近接ユニットは相手の近接ユニットに攻撃可能。居なければ間接、援護ユニットに可能。居なければ、マスターに直接攻撃が可能。
近接ユニットは相手ユニットのどこでも攻撃可能。援護ユニットは攻撃不可。
・撃破カウントは、近接→近接を倒したら一カウント。近接→間接、援護は0.5カウント。
間接→近接 間接→間接 、援護は0.5カウント。
マスターへの直接攻撃は、全ユニット一カウント。この場合は援護ユニットも攻撃できる。
「……っとまぁこんな感じだな。わかったか?」
「割と複雑だけど、とりあえず撃破カウントは間接ユニットが関われば0.5カウントでいいんだよね」
「正解だ。アキ」
「とりあえずやってみません? 慧先輩、一戦やりませんか?」
「いいね。やろうか」
僕はスマホの電源を入れる。基本的に教室で使ってると没取されちゃうから、多分先輩方はここでやってたんだろう。そう思うことにした。僕の勘違いであると。二人は何もやってないと。
「よし、準備できたみたいだな。やるぞ千尋。俺の受けデッキに勝てるかな?」
「「受けってそういう意味か……」」
重厚感のある音楽が流れ出す。対戦相手が決定し、決闘が始まる。
「掛け声はわかってるな! いくぞ!」
「ゲートオープン! デュエルスタート!!」
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