23話 「だから俺は」

「……っとまぁ、こんな感じだ。あくまで俺の主観だがな」


 僕と新田は椿の語りを聞き続けた。短い時間だったが、情感たっぷりに話される過去は二人の関係の濃さを伺わせた。


「……それって絶対好きだったでしょ」


「……は?」


「だから、小杉さんは、貴方のことが好きだったんでしょ。ずっと君の劇団の客演をし続けたのも、高校で演劇始めたのも。今、アンタに嫌いって言われて立ち直れなくなってるのも、」


「全部全て何もかもアンタが悪いんじゃないか!」


 段々とヒートアップして、今まで見たことも無い剣幕で怒る新田。僕はその怒気に少し押され気味になる。こいつはこんな顔もできたのか。腐れ縁の人間臭さが垣間見え、何故か安心したような自分がいた。


「そうだな」


「ーッ!」


「新田やめろ!」


 感情の無い椿の返答。それは更に新田の神経を逆撫でし、拳を振り上げて答えようとした。


 必死で後ろから羽交い締めにし、何とか新田を落ち着かせる。


「離せよチヒロ!! 」


「落ち着け! 今こいつを殴っても何にもならないだろ!」


「じゃあ小杉さんの数年間は何だったんだよ! 期待させ続けることが何よりも残酷な事を何で考えないんだよ!」


「俺はあの頃、演劇しか頭になかったよ。どうすればミスが無くなるか。寝る間も授業中も台本と動きのイメージを頭に叩き込み続けた」


 語り出す椿と肩で息をする新田。落ち着いた頃合を見て、僕も手を離した。しかし、その目にはまだ強い怒りが宿っている。


「アンタは本当のバカだ。演劇の事しか考えてない。周りのことを何にも考えてないんだよ

 小杉さんは、アンタという希望を失ったんだ。そしてそれは、何年間も想ってた分、アンタが考えてるよりよっぽど重い」


「……」


「チヒロ」


「何だ?」


「このエチュードは、落とさないとマズイんだよね」


「あぁ。何か言わせないと落とせない」


 その返答を聞いてから、新田は椿に向き直した。強く睨みつけている。


「なら、自分のケジメは自分でつけなよ。

 演技じゃなくて、本心でいい。アンタは小杉さんのこと、どう思ってるの」


「だから俺は……」


「ライバルとして」


「えっ?」


「ライバルとして、どう思ってるのさ」


 ……なるほど。問いの方向を好きか嫌いかではなく、ライバルか否かに持っていったのか。新田の奴、頭が回るじゃねぇか。

 しかし、恋愛系の話で新田がここまで怒ることなんてあったか?

 まぁ僕とはそもそもそんな話をしなかったが。


「俺は……」


 声が聞こえてきたので、椿の方へと視線を向ける。相変わらず決まってるな。


「その顔が、答えだね」


 椿の顔は、長年の疑問が氷解したかのような穏やかなものだった。

 そのまま、ステージの方へ歩き出す。もう少しで舞台に姿が見えるところでこちらを振り向いた。


「新田……だったな。名前、覚えとく」


「うん。いずれ越えるよ、椿君」


「後は、始めのエチュードでは悪かった」


 イケメン二人による掛け合い。蚊帳の外の僕は絵になる光景をありありと見せつけられる。劣等感は感じるが、口出しはしない。


 椿はそのまま向き直し、舞台へと歩いて行った。それを見てから、新田に声をかける。


「なぁ新田。お前はそんなに怒るやつだったか」


「そりゃ、人の気持ちを弄ぶ奴は許せないよ。だからオレは椿を倒したかった。倒せなかったけどね」


「……さっきあんな事を言ったのはその為か?」


「うん。チヒロのを真似させてもらったよ」


「「宣戦布告。ってな(ね)」」


 舞台から漏れ出る照明を浴びながら、僕達はそんな会話をした。足元から伸びる、歪な影。二人が突き出した拳が、二つの影を繋ぐ。


 不思議と、悪い気はしなかった。




 ――桜花学園 視聴覚室。


「うん、そろそろだな。晶、利一に指示を出してくれ」


「了解」


 指示された牧園晶は、携帯電話片手に視聴覚室を出ていった。同時に、藤林はスクリーンを仕舞いながら語りかける。


「さて皆、なかなか面白かったんじゃないか? なぁ向井」


「えっ……そう? 笑うところも特に無かったし、ぐちゃぐちゃだと思ったけど」


 恐る恐る答える向井。それに対し、藤林は一瞬顔を顰めたが、すぐに笑顔になった。


「うん。それは正解。確かに事実として笑い所は無かった。見てる方は支離滅裂だと思っただろう」


「向井さんばかり狙うのは感心しませんね。藤林さん」


 今度は花園附属の神園が言う。


「どういう意味かな」


「ここの所の貴方はかなり変ではありませんか。一年のエチュードを監視して、気でも触れましたか?」


 遠慮の無い物言い。しかし藤林はそれに怯む事無く、真っ直ぐに神園を見返す。


「俺に言わせれば君たちこそ正気じゃない。足利尊文の言葉を忘れたのか? 奴は言ったぞ。

 緑葉が今年は勝つと」


「何が言いたいのですか?」


「尊文は本気だ。去年の彼とは違う。なのに、なぜ君たちは対抗しないのか?」


 そして、藤林は神園が口を開く前に彼女の机に近寄り、顔がぶつかる寸前まで肉薄する。


「なっ……無礼な!」


 払いのけようとする神園の手首を掴み、藤林は彼女に告げる。


「君は、気でも触れてるのか?」


 羞恥で赤く染る頬。花園附属の副部長が立ち上がって藤林を払い除けた。机に突っ伏す神園と距離をとる藤林。


「あの……取り込み中スか?」


 気まずそうに声をかける男。男にしては長めの黒髪と眼鏡を掛けた出で立ちは、どことなく機械に強そうな印象を与える。彼の名は影沼利一かげぬまりいち。桜花の一年生であり、照明音響のスタッフワークを一手に担う人材であった。


「いや……少し議論が白熱してね。お疲れ様、利一。どうだった?」


「散々でしたよ。訳わかんねぇとこで始めるし、内容もグッチャグチャ。後出しのオンパレードの三文芝居でした」


「ただ……まぁ」


「何だい?」


「椿くんには、いい薬になったんじゃないですかね」


 それを聞き、満足そうに頷く藤林。そして、そのまま終わりの会へと向かっていった。




 後に残される部長達。論戦のまま、沈黙が続いていた。神園は突っ伏したままで、副部長は彼女に寄り添っている。


「ねぇ、貴文。何だか皆変じゃない? あなたも参戦しないし」


「まぁ、種は撒かれたからな。だが懸念材料が出てきた。まだまだこれからだ」


 そう言いながら、立ち上がる足利。そのまま歩き出し、どこかへ向かってしまった。


「え、ちょっと!? どこ行くの? 待ってってば!」


 間違いなく断言しよう。今回の総会で、最も困惑したのは、部長達であった。足利尊文と藤林京也を中心に起こる県内演劇部の変化は、着実に、他校を巻き込み、飲み込んでいったのである。



「なぁ、新田」


「うん、チヒロ」


「「やっぱりおかしいよな(ね)」」


 帰りの電車内。揺られていた僕らは、明らかな違いを確認しあっていた。

 あの足利先輩が、何も言ってこない。これだけで僕らは震え上がっていた。


「やっぱり他校と揉めたこと怒ってるんだよ!」


「口数少ないもんな……。さっき慧先輩に聞いたら、小声でブツブツ呟いてたらしいぞ……」


「エチュードがまずかったんじゃ?」


「だとしてもどう謝ればいいんだ? 吹っ掛けてきたのは向こうだし、何なら原因は足利先輩だぞ!?」


「知らないよ!」


「俺が何の原因だって?」


「「ッヒャァァァ!!」」


 急に来る事の張本人。僕らは揃いも揃って情けない悲鳴を上げてしまった。他の乗客に迷惑をかけてしまい、畠山と美雪先輩に二度怒られる。


「ったく、浮かれんなよ。まだ部活は終わってねぇぞ?」


「「はい……すみませんでした」」


 そして三度目に怒られている。畜生、怒られすぎだろ。


「まぁ、エチュードやって気が昂ってるのはわかるが……」


「どうでした?」


 先輩がエチュードの事を知ってるなら話は早い。早くこの人の感想を聞きたい。この人はどう思ってるのか。


「……良かったぞ。雨宮も、椿と渡り合ってた」


 ちゃんと雨宮にも聞こえるように言うところが、この人のカッコ良さだよなぁ。

 それはそれとして、少しは認めて貰えたことが純粋に嬉しい。苦労した甲斐があった。


「まぁ、椿がMVPだろうな。最後のあの表情は、演技じゃ誰にも出せんだろう」


 どうやら椿の最後の演技はとても凄かったらしい。よくわからんが、「許してしまう顔」だったらしいぞ。本当にどういう事なんだろう。


 それよりも、椿で思い出した。せっかくだし、足利先輩の炎を見ておこう。これだけ熱意があるんだし、全国に行きたいんだから、凄く燃え盛っているんだろう。


「あれが無ければ、お前らの勝ちだったかもな」


 景気よく笑う先輩。その笑いに沿うように、炎が燃え盛って……。


「……え?」


 先輩の炎は、をしていた。予想外の出来事に、頭が真っ白になる。


「ん? どうした千尋? 何か顔に着いてるか?」


 動悸が激しい。呼吸ができない。先輩の顔を、もうまともに見られなくなってしまっていた。


 電車がガタンと揺れる。コースが変わったんだ。そしてそれは、僕の言い換え用の無い、不安な気持ちを載せたまま、目的地へと向かっていった。

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