18話 「ドロップ・キック」


「本日はありがとうございました。では、このままオープニングを行ったホールに戻るので、少しお待ちください」


 そう言って一度ステージから降りた椿。今僕ら一年生はホールに集められている。まさに、講習会最初の状況と同じだ。そして、この後に控えているエチュードも、全て同じ。


 ただ一つ違うのは、そのエチュードに僕が入ること。そして、椿主導の脚本に寄って、僕らと向こうが拮抗するように作られた八百長だということ。つまり、エチュードでもなんでもない。ただの台本ありの劇だ。


 台本の内容は、新田が小杉に振られたところから始まる。落ち込む新田に椿が来て慰めるが、実は裏では小杉と椿が付き合っていて、慰める振りで裏で楽しんでいる事がわかる。その後にやって来た僕が二人にやり返すというものだ。


 あの短い時間でこれを思いついたのか……?

 流石は経験者、踏んできた場数が違うのはこう言った所に現れるのか。

 ……しかし、その線で行くと、雨宮も似たことができなければいけないのだが。とてもそうは見えない。


「チヒロ、変なこと考えるのは辞めた方がいいよ」


 む? 顔に出ていたか。失礼失礼。気を取り直し、敢えて神妙な顔持ちに戻す。


「そろそろ、準備いい?」


 椿がこっちにやって来て、わざわざ聞いてくる。ご苦労なこった。

 僕と新田、そして小杉はホールのステージの袖で座っている。僕らは端っこに、小杉は袖幕近くで椿をずっと見ていた。……多分、あの女椿が好きなんじゃないのか。別にどうでもいいけどさ。


「まあ何とか。緊張するよ」


「そりゃそうさ、俺だって慣れてない。だから気にしないで、いいエチュードにしよう」


「筋書きアリの、な」


「……OK。もう始めて大丈夫そうだな」


 椿が僕らに来るように促したので、新田よりも先に並ぶ。僕の前に居るのは小杉。雨宮の宿敵だな。話してないけど、雰囲気から勝気な性格が見て取れる。


 まぁ子役やってたから、これぐらい図太くないと芸能界じゃやって行けなかったのかもな。こいつの出てる作品、一切知らないけど。


「アンタらのワガママに付き合うんだから、感謝しなさいよ」


 件の女、小杉が話しかけてきた。いや、話しかけると言うよりかは、命令する、と題した方が正しいか。


 この一瞬で、面倒くささを認識した僕は、波風立てないように、穏やかに言う。


「受け入れてくれてありがとう。その分、退屈させないつもりだ」


脚本ホンが決まってるのに、何言ってんだか。……アンタは女装しないの?」


「そりゃまぁ、化粧道具もヅラも無いからな」


「ふーん、なんだ。つまんない。女の演技がなかなか良かったから演り合ってみたかったのに」


「お褒めに預かりどうも。……そろそろ始まるぞ」


 言われなくてもわかってる、と言わんばかりの態度で椿の方を向いた小杉。割と露骨な様子で、偉そうな言動との差が面白い。


「どうやら、まだ先輩方が終わってないようなので、始めの方と同じように、三校でエチュードでもやりましょうか」


 二人の凄さを見てきたからか、会場は拍手で応えた。当然、その中に僕と新田は含まれていない。これからだ。この脚本で、僕らの存在を見せつけてやる。


「今回は、なんと今話題の、楠くんまで参加してくれるそうです! 楽しみですね!」


 会場にいる他校生は、「あいつがあの女装の……」 「演技できるのか?」 と訝しんだ様子で僕を見てくる。向けられ慣れた、品定めをする目だ。気に食わないが、講習会で言われた言葉を思い出し、いつもよりも自信を持って前を向けた。


「では、始めます! ……よーい、スタート!」


『先輩! 好きです! 付き合ってください!』


 突然の告白、青天の霹靂。いきなり飛び出た爆弾発言は、ホールの人間全てに疑問符を浮かべさせる。はっきり言って、エチュードの開幕としては最悪だろう。すぐさま違和感の顔持ちになるホールの面々。その流れは、まるで決められたロボットのようであった。


 ただ一人、椿翔馬を覗いて。


 僕の急な告白に、顔を歪ませる椿。その表情は激怒、苦悶、それらを混ぜたもので構成されていた。

 椿にしか聞き取れないか細い声で、口を動かして伝える。


 ――先制攻撃、と。


 *


 三十分前。桜花学園演劇棟トイレ。


「新田。悔しいんだよな?」


 僕の手を引いてトイレを出ようとする新田を制し、問いかける。


 新田は、首をあちこちに向けて迷っていたが、最終的には頭を縦に降った。


「OK。なら僕らはあいつの作戦に従ったフリをする」


「そんな事してなんの意味があるの?」


「考えてみろ。何であいつは僕らに先制攻撃した?」


 ずっと引っかかっていた。ゴースティング作戦をする前のエチュードから、椿はガチガチに計画を練っていたのだ。なぜそんな事をする必要があるのか。その理由は、ただ一つ。


「椿のトラウマは、まだ克服できてないんだよ」


 僕らにトラウマを抉られたら、相当ヤバいんだろう。だから、こんな回りくどい方法を取ってまで僕らに先制攻撃をして釘を刺した。


「オレたちは椿の想定してる展開と反した、めちゃくちゃなことをやるんだよね? そしたらオレ、何も出来ないよ」


「わかってる。そっちの方もちゃんと考えてきた。

 新田、お前の部活の経験から、恋愛関係のイザコザがあったときのことを思い出せるか?」


「あんまり思い出したくないけど、それが?」


「そっから僕は出てきた女の模倣コピーを想像でやる。お前は……そのときの行動を再現しろ」


「再現?」


 そう。僕が考えてきた、新田が演技をするための必殺技だ。

 はっきり言って、経験が無い以上、演技じゃ勝てない。なら、どうするのか。

 答えは簡単、

 要は、素でエチュードに加わるって事だ。そして、あいつの記憶の中で新田自身がやった行動を再現する。


 名付けて、再現トレース演技。正直無理やり感が否めないが、時間が無いため、どうしようもない。これが今やれる全力、最善を尽くすだけだ。


「再現演技……。これがあれば、オレもチヒロみたいになれるかな?」


「知らねぇよ。つか、僕を目標にすんな。僕もお前も、これから先は自分で見つけるしかねぇな」


 僕の言葉に、新田は強く頷く。そして、目の前にある扉を、決意を込めて押し出した。

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