16話 「1ベル」

 ゴースティング作戦から経過して三十分。今のところは特に何もない。僕らの班は僕と青葉北高校の吉岡よしおかさん、紅葉の朝霧優香あさぎりさん。そして復讐相手の桜花学園、椿翔太の四人だ。Bグループとして集まり、とりあえず円になって座っている状況だ。


「じゃあ、自己紹介しますか? 俺は桜花の椿翔馬です。劇団に入ってました。よろしくお願いします」


 さすが桜花学園。頼んでもいない司会進行役をやってくれて、さらに自己紹介も始めた。全員初対面だと、こういう時最初に話し出してくれる人はありがたいよな。


「私は紅葉の朝霧優香です。初心者です。」


 次は紅葉の朝霧優香さん。少し小さめの背で、肩に着くくらいの髪をお下げのように軽く結んで止めている。本人の言うとおり初心者、と言った感じで、慣れてない印象だ。可愛らしい。


「私は青葉北の吉岡です。初心者ですけど、どっちかというと音響とか明かりやりたいです」


 そして青葉北の吉岡さん。さっきの朝霧さんよりも少し地味めな印象を受ける。長めの髪とメガネで少し表情がわかりづらい。本人もスタッフワークがやりたそうで、表には出たがらないタイプだと見れる。


「えっと、緑葉一年の楠千尋です。舞台に一度しか立ってませんが、右も左もわからないのでよろしくお願いします」


「楠くんって言うんだ。あの女装の子でしょ。見たよ、動画」


「私も、凄く拡散されてたし。北高でもちょっと話題になってたよ」


「マジ!?」


「マジマジ」


 気にしないつもりだったけど、こういう形で現実というか、やってしまった事へのどうしようもない状況をつきつけられるのはやはり辛いものがある。


「いや、あれマジで困ってるんすよ。土日の昼間とか表を歩けませんよ」


「他校の演劇部以外にも広まってるからな」


「うそだろ……」


 それは知らなかった。最悪他校の演劇部ぐらいの拡散レベルだと思っていたけれど、現実は更に僕に冷たい。


「まぁでも、気にしなくていいんじゃない?」


「え?」


「だってさ、そんなふうにびくびくするより、堂々と『楠だぞ!』ってやった方が絶対いいよ」


 僕は久方ぶりによくわからない感情に支配されていた。

 今まで誰からも弄られてしかなかった女装問題が、初めてまともに向き合われたからか。

 多分、朝霧さんの発言は慰めなんだろうけど、その言葉は僕が欲しかったものなのかもしれない。


「確かにな、逆に周りの視線を伺う方が怪しいよな。何かあるって勘繰っちゃうわ俺」


「そうそう、それに結構人いても、全国ネットの有名俳優じゃないんだから困らない困らない」


「そうなのか? てっきりグラサンとかで変装した方がいいんじゃないかって思ってたけど」


「怪しい怪しい! 有名人がやるから成り立つけど楠君がやったら不審者だって」


「今のご時世的にも女装はあんまり変人扱いされないからな」


「むしろ、楠くんが有名になったら女装すれば? いい変装になるんじゃない?」


「「それいいな!」」


 僕はそのあまりのくすぐったさにいたたまれず、トイレへ向かった。そして、携帯を開きある人物へのコールボタンを押す。


『もしもしチヒロ? そっちはど――』


『新田、僕ここに来て良かったわ』


『え? 何それ!? 気持ち悪いよ!! チヒロ? ねぇ! ちょっ――』


 僕は立ち上がり、もう一度戻った。ホールに戻っただけで、自分のグループの声が聞こえてくる。椿も朝霧さんも結構声が通るみたいだな。演技に向いてるんだろう。


「だからさ、高校演劇レベルで名の知れた奴って結構いないんだよ」


「え? そうなの?」


「学校レベルだとブロック大会とか全国常連って名が知れてるのはあるけど、個人でその段階の人は数える程しかいない」


 僕の有名人のくだりが膨らんだのか、話は高校演劇界隈の有名人の話になっていた。ドラマとかテレビよりかは、イマイチ認知度っていうか知名度が低いよな。

 まぁテレビでわざわざ演劇見るかって言われると何も返答できないが。演劇とか舞台は生だからいい。って先輩も言ってたしな。


「まぁもう引退したけどマジで凄かったのは王城さんだな」


「王城さん? あ、楠くんお帰りー。楠くんは知ってる?」


「王城……?」


 耳慣れない言葉。だが、どこかで聞いたことがある気がする。王城、王城。……。

 あ、あれだ。ここに来たとき、寝ぼけた藤林から言われたんだ。訳が分からなかったけど、おそらく夢うつつで見間違えたんだろうな。じゃあ問題ないはずだ。


「いや、知らないな」


「そうか。あーでも、お前王城さんに顔似てるかもな」


「え?」


「王城さんってこんな顔なんだ、なんか……普通だね」


 そのまま講習会は続いたが、ずっと僕の耳にその言葉が残っていた。


 *


 昼休憩。とりあえず僕ら四人は固まって昼食を摂る。大谷さん以外はコンビニで買ってきたパンやおにぎりだ。親の弁当とかに慣れていると偶にこういったものが無性に食べたくなる。若者の特権だな。


「それで、皆どうだったの?」


「私のところは……小杉さんと同じグループだから話してきたよ」


 大谷さんが弁当をつまみながら言う。どうやら小杉は割とアドリブ演技が得意のようだ。子役のときに一度台本通りに演じなかったものが採用され、それが親に褒められたため、その演技法が身についてしまったという。


「哀れね」


 一言、雨宮が切り捨てた。その顔は憎悪で歪んでおり、過去に何があったのかを思わせる。僕にはそんな事を聞くことはできない。もう少し打ち解けてからではないと。


 しかし、割とそんなトラウマとか、重要なことを教えてくれるって大谷さんはコミュニケーション能力が豊富なのだろうか。普通の人間なら、初対面の相手に弱点を晒したりしないだろう。警戒するはずだ。


「じゃ、次はオレの番だね」


 新田は椿関連の情報を集めてきた。奴は小学校の頃から劇団で慣らしてきたという。現在では高校演劇に専念するために、劇団の活動は休止している。それだけ本気で取り組んでいる証拠で、特に台本を覚えるスピードは尋常ではないらしい。小杉と正反対だ。


「チヒロはどうだったの? 椿と同じグループだったよね?」


「僕のところは、女装の問題でかなり盛り上がったな。それと、王城って人の事を聞いたんだが何かわかる奴はいるか?」


「……」


「え? それだけ?」


「情報ちっとも探れてないじゃない」


「いや、その、初対面の人との会話が楽しくて……すまん」


 沈黙と共に向けられる軽蔑の眼差し。女装問題で慣れているとはいえ、知った顔でもそれなりに効く。


「はぁ……ったくこのバカは」


 心底バカにした口調で、雨宮が吐き捨てる。今回ばかりは否定できない。僕は何もしていないからだ。


「あたしのところは、当然ターゲットはいなかったけど、椿の方の情報は集めてきた。劇団でだいぶ前に本番中のアドリブで失敗したらしく、それがすごくトラウマなんだってさ」


 グループでの講習会のときには想像つかなかったが、あの椿にも弱点があったとは。人は見かけによらないと言うけど、意外だな。

 僕の当初の作戦なら、このまま得た情報を元にしてエチュードを仕掛ける。そして、トラウマや弱点を抉るような流れにすればいいんだが……。


 何かが心に引っかかる。僕の中で、誰かがストップを掛けている。このまま徹底的にやってよいのか。そう告げている。答えはYES。うちをバカにしたのならそれに伴う報復を与えなければ。これは変えられない。


 しかし、まだ僕らは椿や小杉の事を何も知らない。そのままトラウマを抉る行為をやっても良いものか。甘いと言われればそれまでだけど、少しは腹を見せてもよいのでは。


「……昼からの講習会で、僕が少し椿に牽制を掛ける。それから最終決定をしよう」


「「「了解」」」


 自分の思惑を仲間にも見せず、僕らはそれぞれのグループへと戻った。


 *


「なぁ、椿。少し話せないか?」


 昼過ぎ。僕は先にBグループの場所に来ていた椿に声を掛ける。あくまでも何かを学ぶ姿勢を保った風を装う。


 ここで全てを見極める。僕らがやることが正しいのか、そして、彼らが何者なのかを知るために。


「いいけど、君たちは何かを。怖いね」


 だが、返答は予想外のもの。僕は考えもしなかった。甘かった。甘すぎたんだ。


 なんで、こいつらが僕らの作戦に気づくって思いもしなかったのか。

 後悔先に立たず。その言葉が頭の片隅から全身へと滲み出てきた。


 トイレの扉が開く。僕を、決して逃がさないように。

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