15話 「ゴースティング作戦」
「「「ゴースティング作戦??」」」
三人の声が重なる。顔が、説明しろと物語っている。もちろん、これから説明させてもらおうじゃないか。
「流れを追って説明するぞ。まず雨宮、エチュードで一番大切な事って何だ?」
「え……。客が居るなら、場の空気が白けないかでしょ?」
「そう、それは言い換えれば、エチュードで戦う場合、場を支配した方が勝てるって事にならないか?」
「!! なるほど、考えたわね」
「どういうことか説明してよチヒロ」
新田にせがまれる。待て待て。説明してやるから。
まず、僕はあのときエチュードを見るのが初めてだった。それで思ったのが、台本の無い話であること。そして、ある程度無茶なことをやってもゴリ押しで通すことができることだ。
普段の演劇部内の活動なら、あまりゴリ押して展開が続かなくなる(共演者に伝わらなくなる)ことは避けるという考えになるよな。特に経験者はそう思うはずだ。
なら、僕ら初心者はそれを逆手に取ればいい。あえて無茶な展開を通して場の空気を僕ら二人だけの物にする。そして、あいつらを今度は蚊帳の外にしてやる。
これを説明すると、新田は納得しつつも苦い顔をしていた。大方自分のためにやってくれるのが嬉しいけど、相手に申し訳ないとでも思っているのか。見当違いも甚だしい。僕は学校や先輩のメンツの為にやってるというのに。
「で? 何がゴースティングなの?」
そもそもゴースティングとは、FPSなどの銃撃戦のゲームで、配信者がプレイしているのを見ながら自分も参加する事だ。
この手のゲームだと、ハイド、つまり隠れる位置が重要になる局面が多々あるため、ゴースティングされていると隠れることがほとんどできなくなる。というより、自分の居場所が筒抜けになってしまうのだ。
当然、運営からのBAN(プレイヤーのアクセス制限)の対象となる悪質な行為である。皆は絶対にやるなよ。
では、何がゴースティングなのか。焦るな、今から言う。
「僕らは間違いなく四人別々の班になるからな。それぞれが班で小杉と椿の情報を仕入れてくるんだ」
「特に、苦手なこととかをな」
三人の目の色が変わる。ようやく理解したか。少し回りくどかった気もするけど、少しづつ言わないと逆に難しいもんな。
「普通じゃ嫌がらせレベルだが、演技に組み込めば話は変わってくる。少し対応が遅れるはずだ。その瞬間を狙って、僕ら二人で空気を支配する」
「……なるほど。悪くないかも。二人だけに特化したメタ演技って事になるわね」
雨宮を筆頭に、皆の感触は悪くない。暴力で闇討ちすると思っていた相手から、割と真っ当な意見が出たからだろうか。それはそれで腹が立つが、この作戦なら失敗はないはずだ。
「でも、一つ質問。どうやって収拾つけるの? 無茶な展開を通し続けるのは難しいと思うけど」
これも問題だ。さっきの二人は、観客が飽きそうになるギリギリで終わっていた。僕はそのタイミングの見極めはできない。僕と新田だけでは、やり続けるのも限界に近いだろう。
……案があるにはある。だがこれは、雨宮が、僕らを信頼してくれないと成功しない。この事を伝える前に、僕は雨宮に言わなければならないだろう。
「雨宮、一つ確認なんだが」
「何?」
「今更だけど何で協力してくれるんだ? 新田はともかく、僕のことは嫌いだろ?」
「ええそうね、大嫌いよ」
余りにもストレート過ぎる。同学年の女子に真正面から大嫌いと言われてダメージを負わない男がいるだろうか? いや、いない。
「でもね、それよりアイツらのやってる事の方が許せないのよ。初心者をダシにするなんて。あまり人口が多いと言えない高校演劇にとって痛手。少し懲らしめなきゃ」
「なるほど。……本音は?」
「あの女がアンタよりも大嫌いだから」
むちゃくちゃだこの女。こええ。
それっぽい事を言っておきながら、まるっきり私怨じゃないか。
だけど、僕らの利害は一致している。ならば、話してもいいはずだ。雨宮も、自分の手でやりかえしたいはずだ。
「……OK。最高の理由だ。収拾をつける作戦を説明する。大谷さんが、客の空気が盛り上がったと思ったらサインを出してくれ」
「盛り上がったら? 下がったときじゃなくて?」
「大丈夫、その時に僕が雨宮に一言投げかけるから、そしたら後は雨宮に任せる」
「はぁ? 人任せなの?」
「というより、一言投げかけた後にどうなるか想像もつかない。エチュードは部活でちょろっとやったぐらいだからな。この言葉を使うのはおかしいけど、信頼し合うしかない」
「信頼ねぇ……」
疑り深い目で見てくる雨宮。気持ちはわかる。作戦がの一番大切な部分を人任せなのだから。これで信頼しろなんて方がおかしい。
「頼む。お前も嫌いな奴に一泡吹かせられることは約束する」
僕は、真剣に頭を下げる。こいつのことは嫌いだけど、この中での唯一の経験者。知恵や技術を借りなければ椿と小杉に完全に勝つことができない。だったら、嫌いな奴に折れるぐらいなんだって言うんだ。
「……わかったわ。信頼してあげる」
「すまん、恩に着る」
「貸一よ、楠。覚えときなさい」
そういって、もう班分けの紙が貼られたステージのホワイトボードの方へ行ってしまった。正直恐ろしい借りを作った気がするが、四の五の言ってる場合じゃない。
「じゃあ僕らも行くぞ」
そういって立ち上がった所で、新田に袖を引かれる。危ねぇ、割と力が強くてコケるところだった。
「危ねぇ! 何だよ新田?」
「何で、チヒロはそこまでしてくれるの?」
新田が尋ねてくる。僕の答えは決まっている。だから、はっきりと言ってやる。お前の為では無いということを。
「あ? 僕はイケメンとか経験者に一泡吹かせたいだけだ」
「本音は?」
「……さっき言っただろ。あいつらはうちの高校とか、先輩方をバカにしてんだよ。僕ら初心者をコケにするだけなら、ムカつくけどしょうがねぇ」
「だけど、僕ら初心者が上手くできないのは、関わってきた日数の問題で、先輩とか学校のせいじゃないだろ。それが許せねぇ」
「……変わったね。チヒロ」
こいつは何を訳の分からないことを言ってるんだ? 僕は僕だ。他の誰でもない。すると新田はその不思議そうな様子に気づいたのか、ようやく笑顔になって一言。
「ありがとう」
と言った。そして、班分けのホワイトボードに小走りで行ってしまった。何だったんだ?
残ったのは、僕と大谷さんの二人。特に理由はないが、二人で並んで歩いてホワイトボードを見に行く。別々に行く必要もなかったし、たまたま歩き出すタイミングが同じだっただけだ。
しばらく無言が続くが、ホワイトボードまであと少しで大谷さんが口を開く。
「優しいんだね」
「え?」
「新田くんの為でしょ? チヒロちゃん」
「……え? いや、マジでうちをバカにした事に腹立ってるぞ。これは本心だ」
「じゃあ、そういうことにしといてあげる。私達も行こう」
そう言って、ボードの方へ向かう大谷さん。含みがあるような言い方だったけど、どういう意味なのか。まるっきり理解はできなかったが、考えても仕方の無い事である。大谷さんの背中を追いかけるように歩き出した。
そして、僕らの、それぞれの戦いが始まる。
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