14話 「宣戦布告」


「えー、どうも。緑葉部長の足利です。うちは今のところ一年生が四人入ってます。全員クセ者ですけど、才能は折り紙付きです」


 気だるそうに始める足利先輩。視界の端で、畠山が頭を抱えてる姿が見えた。多分、態度的な問題だろうな。他校が見てる前で、あの様子じゃ怒られても仕方ないよな。哀れなり。


「えー、まぁ去年の大会では? 我々その他大勢は桜花と紅葉に辛酸を舐めさせられてきたワケですが。今年こそは、緑葉がテッペン取らしてもらいますんで、どうぞよろしく」


 一礼して、続ける。目がいつもと違う。据わっているんだ。


「これは、宣戦布告と受け取ってもらって構いません。全員潰します」


 ほぼ全ての会場の人間が、呆れた。特に、去年の結果を知っている人は余計そう思っただろう。ちなみに去年はうちは散々な結界だったらしい。最下位レベルだったそうな。割と先輩方もレベル高いと思うんだけどな。県内が凄すぎるのか?


 凍った空気に、ギラついた眼をする他校生が数人。さっきの藤林と如月と言ったっけ? そいつら二人だけそれを本気の発言であると理解している。


「やっとになったんだ。貴文」


「そのやる気、去年から出して欲しかったですよ。本気の貴方と戦ってみたかった」


「うるせぇな。俺は勝てる手札が揃うまで勝負しないんだよ」


 三人の強気な会話。僕は思わず、それに混ざりたくなった。強者だけが入ることの許される場。僕も演劇でそうなりたい。そして、先輩の言った「勝てる手札」に僕は含まれているのだろうか。すごく気になった。


「……最近、『あの人』が周辺をうろついているって聞くけど、それも貴文のせい?」


「さぁな。好きに想像しろ。以上だ」


「……なるほど。本当に本気なんですね」


 一瞬の沈黙の後、藤林が司会に次へ行くよう促す。この状況に困り果てていた司会の人は渡りに舟と言った様子で安堵していた。

 ……足利先輩を睨んではいたけど。この人、マジで敵作るよな。全方面に喧嘩売ってる。


「では、一通り自己紹介も済んだところなので次のステップに進んでもらいましょう。部長、お願いします」


「次は各学年に別れて講習会になります。二、三年生は事前の振り分けの通りに脚本側が第二視聴覚室、演技側が第二ホールに行ってください。

 第一ホールは一年生が使います。その間ここ第一視聴覚室は荷物置き場になって昼まで鍵を閉めるので貴重品管理をお願いします」


 流れるような説明。ほとんど頭に入らない。とりあえず僕らはここに入ればいいのか。周りを見ると、新田や雨宮が向かう方向が見えたのでそれに続く。


 ホールにはそれなりの人数が集まっていた。全体の四分の一ぐらいだろうか。皆入ったばかりで緊張しているといった面持ちだ。辺りを見回したり、同じジャージの人達と話したりしている。

 これで漫画とかならデスゲームが始まる前触れだよな。そして二人一組を作って余った奴が死ぬ。あるあるだな。


「えー、ではお集まりの皆様。ステージへお越しください」


 さっきダンスを踊っていた桜花の人がよく通る声で言った。それを皮切りに、自然と集まる僕ら。そして、ある程度集まったのが見えると彼は続ける。


「とりあえず僕らは体づくりがメインになります。発生の仕方とか、腹式呼吸とか、そういった基礎の分野をやります。初心者の方もいるので。

その後、最終目標としてはエチュードっていう即興劇を少しやってみようかなと思います」


 エチュード、僕の裁判のときに足利先輩がやろうとしていた事だ。即興劇ということは、多分台本が無いんだろう。そんな事ができる気がしないけど、この時間で何とかなるんだろうか。


「じゃあまず、お手本からかな。小杉さん! お願いします」


「はーい」


 小杉さんと呼ばれた女子生徒が当たり前のように出る。まるでわかっていたかのようだ。……イヤ、経験者なんだろう。だから呼ばれたのか。


 少し嫌な気がしつつ横を向くと雨宮が爪を苦々しく噛んでいた。多分、自分じゃないことが許せないんだろう。


「おい雨宮、あの小杉ってのは?」


「何? 煽り?」


「違ぇよ。……敵情視察と情報共有だ」


「……ならいいけど。あの子は小杉侑こすぎゆう。子役の出身だけど、劇の客演に結構行ってた。私のとこに来た時は役を取り合ってたわ」


「なるほど、男の方は?」


「あまり覚えてないけど、確か桜花の椿翔馬つばき しょうま。あっちは劇団出身で舞台経験が豊富」


「……すげぇ詳しいんだな」


「あんな業界にいたから、同業他者や同年代のライバルはチェックするのは当たり前よ」


 少し、この女を見直すことにする。何かとつけてキレるだけの単細胞ではない。こいつには、こいつなりのプライドがあって生きているだけだ。多分、そのプライドが他人より少し高いだけなんだろう。少しは僕も態度を改めないとな。


 ……こんなことを本人に言っても逆効果だと思うから言わないが。

 二人ともなかなかステージの姿が様になっていて、強敵であると感じさせる。


「もう一人欲しいな。……えっと、じゃあ緑葉のイケメン君!」


「えっ……オレ……ですか?」


 新田が驚く。その声からして少し嫌そうだ。……誰だって嫌だろう。さっきまでステージで踊っていた人と、明らかな経験者と一緒に未経験のエチュードなんて、公開処刑でしかない。


 ……あいつら、性格悪いな。わかっててやってるのか天然なのか知らないが、初心者を見せしめにして自分たちの技術をひけらかそうってのが気に食わない。あ、新田が可哀想だとかは微塵も思ってないぞ。思い違いをするなよ。


 渋々と言った風に新田が前に出る。他二人は、僕の印象のせいもあるのかもしれないが、まるで、蟻地獄に落ちた獲物を見るような目で新田を見ていた。


「じゃあ、場面設定は部活の休憩時間中で、僕ら二人が話してるところにマネージャーとして小杉さんが来るところから始めよう。二人はそれでOK?」


「はーい、任せて!」


「え? ……あ、はい」


「よーし。じゃ、よーいスタート!」


『ふぅ、練習疲れたな。お前もそう思うだろ?』


『え、あぁ。うん』


『何だよ? 元気ないな。頭でも打ったか?』


『お疲れ様です〜!』


 流れるようにエチュードが始まった。小杉という女の声を聞いた瞬間、隣から物凄い舌打ちが聞こえてきた。聞かなかったことにしよう。その方が幸せだからだ。


 しかし、新田は全然エチュードに入れていない。普段のあいつから想像もできない弱々しい姿に、少し驚く。そして、何かが心に芽生えた。なんというか、らしくない。俺が知っているあいつは、あんな情けない姿じゃないからだ。


「ムカつくな……」


「同意」


 思わず零れた愚痴に、隣から聞こえる賛同。横を見ると、雨宮がステージを睨みつけていた。


「何?」


「何でもない、悪かった」


「素直に謝るなんて珍しいわね」


 煽りをスルーし、僕はステージに向き直る。もう見てられない。完全に蚊帳の外だ。見ている一年生も、もう二人の掛け合いにしか興味が無い様子だ。二人の行動に笑っている連中は、これがどういう意味かわかってないんだろうな。……入部すぐの奴らにわかるわけないか。


「それでは、ありがとうございました!こういった感じで、セリフや動きだけでストーリーを進めて行くのがエチュードになります!新田くん、初めてだったけど、どうだった?」


「いやぁ、二人についていくこともできませんでした」


「初めてだからね、しょうがないよ。これから頑張っていこう!」


 拍手でエチュードのお手本は終わった。笑顔で戻ってくる新田。しかし僕は見逃さない。あいつの拳が震えているのを確かに見た。

 悔しいんだ。そりゃそうだ、新田だって人間だ。こんな侮辱を受けて、頭に来ないやつはいない。


 そして、これは僕ら緑葉高校を馬鹿にしている。桜花、紅葉、緑葉の三校の一年の中で、お前らは一番下だと言わんばかりだ。そしてそれはそのまま、先輩方への侮辱になる。


 僕は演劇が特別に好きでも何でもないが、自分でやると決めたことを、ムカつくが信頼はしている先輩方をバカにされて黙っていられるほど優しくない。


 いいだろう。これは桜花と紅葉からの宣戦布告だ。受け取ってやる。最後のエチュードを見てろ。吠え面かかせてやるからな。


 班分けのため、少し休憩時間となった。僕は、緑葉の一年生。つまり大谷さん、新田、雨宮、そして僕をホールの端に集めて口を開く。作戦会議の始まりだ。


「新田、災難だったな」


「いや、しょうがないよチヒロ」


 さも当然と言った顔をしている。いいんだぞ、新田。本気で怒って。あいつらはそれだけの事をした。ゲームで言うところの初心者狩りだ。許してはおけない。


「何言ってるんだ、あいつらはお前をダシにして緑葉をバカにしたんだぞ」


「えっ!?」


「あんなに酷い扱い受けて気づいてなかったの? 公開処刑よ、公開処刑」


 雨宮もそれに乗っかる。やはりあの時の同意は聞き間違いではなかったのだ。

 それを聞いた新田の顔にみるみるうちに怒りが込み上げる。


「……オレが上手くないのは当たり前だけどさ、それでダシにされるのは気分がよくないよ」


「だよな、OKだ。その言葉が聞きたかった。今日中にアイツらに復讐するぞ」


「「「え?」」」


 僕以外の三人の声が重なる。


「いや、チヒロ。ダメだよ闇討は」


「そうね、さすがにクズよ」


「千尋ちゃん、暴力沙汰は学校の問題になるからアウトだよ」


 僕はここまで信用が無いのか。


 さすがに傷つくぞ。皆完全に僕が暴力で復讐すると思っている。話の流れ的におかしくないか。


「ちげぇよ! エチュードだよエチュード。目には目を、エチュードにはエチュードをだ。最後にアイツらに吠え面かかせてやる」


「でも、どうやって?」


 大谷さんの質問、至極真っ当だ。普通に考えたら、初心者の新田とほぼ初心者の僕とでは、子役や劇団の経験がある小杉と椿には勝てるわけが無い。もう一度返り討ちにされて終わりだ。


「もちろん、作戦がある。あいつらを倒すためだけのものがな」


 経験者に初心者が短い時間で勝つには、ゲームとかだとどうしようもない戦力差は覆らないが、演劇であれば通るはずだ。名付けて。


『ゴースティング作戦だ』

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