第一章 First Contact
県内演劇部総会編
12話 「トイレの何様」
――県内演劇部総会
それは五月にある演劇部のイベントの一つである。そして、これから始まる一年間の戦いの前哨戦でもあるのだ。
時はゴールデンウィークの中日、集う場所は若葉私立桜花学園。そこに、県内全ての演劇部員達が一堂に会する。
内容は二つ、近況報告という名の情報戦。そしてもう一つは、学校の垣根を越えた数人グループによる講習会。当然、これも情報戦に当たる。探りを入れ、話をしながら情報を得るのだ。
全ては十一月の演劇祭への下準備のために。
――第一章、First Contact。開演。
*
五月二日 日曜日 朝
日曜の朝だというのに、青葉の駅に集まる人はそれなりにいた。改札前のヒヨコのオブジェの周りに群がる人々。皆一様にスマホや時計を見て、時間をチェックしていた。
どこかの市でイベントでもあるのだろうか?
電車に乗り込んでも、席は全て埋まっていた。
若葉駅までの料金は片道四二〇円。電車で三十分程かかる。普通の人なら少し面倒くさいと感じるだろうが、僕は電車というものはあまり嫌いではない。むしろ好きな部類に入るだろう。
なんというか、その場にたまたま居合わせた人々が同じ場所に座るっていうのが面白い。一期一会の最たる例って感じだ。
多分皆には伝わらないだろう。まぁいい。僕が伝えるのが下手なのもある。魂が好んでるんだろう。あれだ。前世的な。
「チヒロー。そろそろ諦めたらー?」
……少し詩的に語ったところで、状況は好転しないワケで。
僕は今、一、二年の男子でやってるババ抜きで負けそうになっている。今の状況は新田が一抜けで残りは三人。
則本先輩と慧先輩が残り二枚。僕が残り三枚だ。そして、ジョーカーは僕の手元にない。枚数的にも、状況も大ピンチだ。
「うるせぇ! こ、これか……? それともこっちか?」
「どっちでもいいが、早く選んでくれ。そろそろ着くぞ」
真剣な僕と、それに引いてる則本先輩。慧先輩は笑っている。急げ急げ急げ! 早くしないと、「怪しまれてしまう」。なぜって?
僕らがトイレの中でやってるからに決まってるだろ。
人の多い電車の中でこんな事をやると、間違いなく先輩に怒られる。周りの乗客には白い眼で見られるよな。でもあんな人が多いところでずっと立ってられるか。貧血で立ちくらみを起こしちまう。則本先輩の提案で、一先ずトイレに逃げることになった。
トイレもあまり広いと言えなかったけど、知らない人間に囲まれるよりかはよっぽどマシだ。……さっき電車が好きって言ったな。少し訂正を加える。僕は「席が埋まるくらいの乗客」の電車が好きなんだよ。満員電車が好きな人間を、この十六年間見たことない。
足音が響く。全員毎回竦み上がる。誰なのか。野郎四人でこんな所に入っていたら、間違いなく誤解を受ける。それだけは避けたい。
「僕の負けでいいんで、早く出ません?」
「おっ、負けを認めたねぇ。潔いいぞー」
新田の煽りを流し、タイムリミットを伝える。残り時間的にも、順番に出なきゃまずいはずだ。
「そうだね。ノリはそれでいい?」
「大丈夫だ。皆、バレないようにな。ミッション開始だ」
そして、新田、則本先輩。慧先輩の順でトイレを出た。間隔を三分程とってから退出する事にしている。急に全員出たら、それこそあらぬ疑いを招くからだ。さて、そろそろ三分経ったな。僕も行くとするか。電車のアナウンスもさっき聞こえたし、あまり余裕は無い。
流すボタンを押し、手を拭きながら外へ出る。完璧だ。カモフラージュは成功。後はこのまま降りるだけだ。
「エッ……。イマサッキニッタクンタチガデテッタノニ……」
「撤退!」
畜生! よりによってなんであの人(六話の女子生徒)に見られちまったんだ! 人の間を縫って、別の車両に何とか逃げ込む。別車両の人は、息が上がっている僕を怪訝そうな目で見てきた。作戦失敗だが、何とかなった。
窓からふと外を見ると、駅のホームが見えてきた。そして、電車が少し速度を落として停車姿勢に入る。モスキート音のような高い、ブレーキが軋む音が響き渡る。
時間ぴったり、綺麗な停車だった。ドアの解放に伴って、弾かれたように出ていく人々。僕もそのうちの一人だが、満員電車であるほど、ここの瞬間は気持ちがいい。人の波が美しいまである。
エスカレーターを降りて、改札に向かうともう皆集まっていた。このまま合流するのも気が引けるので、とりあえず謝ることにする。
「すみません。ドア前の順番取りに出遅れました」
「ったく。しょうがねぇなぁ。電車あんま乗った事ないのか?」
足利先輩の質問にええ、まぁ。と曖昧に返事する。深く追求することでも無いので、そこで話は打ち切られた。
「そういえば顧問って引率しないんですね」
「まぁ、その、なんだ。新田、あの先生は少し変わってるからな」
新田からの質問に、今度は歯切れが悪くなる先輩。そういえば、僕ら一年は顧問を見たことが無いのだ。忙しいのかは知らないけど、部活にも顔を出してるとこを見た事が無い。
まぁすぐ停学くらって、ほとんど部活にも行けてないが。
そこから少し待って、駅の出口側を向いている美雪先輩が、おはようございます。と挨拶をした。それに引っ張られるようにそちらを向く一年生。そしてすぐに僕は後悔することになる。
「お前ら〜。問題だけは起こすんじゃねぇぞ〜。特に楠〜」
そこに居たのは、僕らの担任。忘れもしない四月二十三日。あの時に僕を職員室で説教した男。名前は、思い出したくもないが
その後、桜花学園に着くまで歩いたのだが、僕にはあまり記憶が無い。衝撃すぎて。
なんで朝からあいつの顔を見なきゃいけないんだ。あの公演の後、朝礼終礼でもいじり倒してきやがって、何があっても忘れない。復讐リストに名前を載せといてやる。覚えてろよ。
桜花学園は、うちとは校内の設備そのものが異なっている。駐輪場も広いし、さすが私立って感じだ。金があるんだろう。生徒や学校の環境に循環させてるのはいい事だよな。ちゃんとしてる。
今僕達は桜花の人に案内されて敷地内を歩いてる。かなり広くて、迷いそうだ。演劇部は演劇棟という、ホールや倉庫が併設された建物にあるという。まるで小さい公共施設だな。全国大会に出るから、部費とかも結構配分されているんだろうか。
「ここです。ここの職員用玄関からお入りください。そして、階段を上がって第一ホールに向かってください」
案内役の人が居なくなったので、僕は足利先輩にトイレに行っても良いか聞く。電車内で行くことができなかったからな!
「ここには教員用しかないな。まぁこっそり行ってこい。このまま直進したらあると思うぞ」
皆と別れて、職員用トイレに向かう。少し申し訳なさを感じながらも、扉を開ける。やはり広い。比べ物にならない。その広さに驚き、少し歩き回ると足に何か当たる感触があった。硬さと柔らかさを兼ね備えた、そして衣擦れの音。
「えっ……?」
今まで全く下など見てなかったが、多分人間だよな……!? 頭でそう理解した瞬間、沸騰するかのように身体全体が熱くなる。
こ、こんな時はどうするんだ? 救急車か? いや待てよ、まずは安否確認。それをやらなければ。急いで顔側に周り、うつ伏せの身体を仰向けにする。ゆっくり、そして素早くやる。
「大丈夫ですか!?」
少し顔を離して大声で尋ねる。返事はない。やばいぞ。どうすればいいんだ? 心肺停止から生還できるのって確か一分だったよな?
とりあえず脈と呼吸を調べてみる。……よかった。幸いどちらもあった。とりあえず心肺停止状態ではないためとりあえず一安心。
ではなんでこの人はここで倒れてるんだ?
「んん……ふぁあ……」
その人が急に起き上がり、欠伸と大きな伸びをした。え?
あまりの展開に頭が追いつかない。バグでも起きたように思考がショートする。
「あれ? 君は……
僕が何も言えずに固まっていると、その人は勝手に「あぁ、そっか。そういうことか」と納得してしまった。僕は完全に置いてけぼり。少し不愉快だ。
「ごめんごめん。悪かったね。昨日から寝ずに待ってたからトイレで落ちちゃったみたいだ」
勝手に聞いてもない理由を説明する。なんというか、この強引さが足利先輩と似てる気がした。
「君は?」
「今日の総会に来た、緑葉一年の楠千尋です」
その返事に、「あぁ……緑葉。貴文のとこだな」と呟く人。そして、ふらつきながら立ち上がり、こちらを向いて輝いた目で名乗った。
「俺は
どうみても病み上がりなのに、その姿には「風格」が伴っていた。気品すらも漂わせる何かがあった。
「あぁ……、すまない。第一ホールにいる
そう言って藤林は倒れてしまった。……さっきの風格は、もうどこかに行ってしまった。
「……え?」
トイレには、倒れた藤林と僕。沈黙が流れ、先程の藤林の言葉を反芻する。ドアを蹴破るように開け、走り出した。
「牧園さぁぁぁぁあんん!! どこに居ますかァァ!!」
僕ばかりこんな役目になってないか? 大声で走り回りながらも、理不尽を感じずにはいられなかった。
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