11話 「男たちの反省会」
五月一日 夜
僕らチャイナドレス連合は夜、近場のファミレスに集まっていた。停学明けで集まろうと足利先輩が言ったからだ。
皆、どこかしかに絆創膏や傷あてをしている。まぁ三日程度じゃ治らないぐらい戦ったからな。仕方ないってやつだ。
やる事は火曜日の反省会、そして明日に控えた総会の説明だ。当然、昼の部活中に説明があったから内容はわかるけど、足利先輩の事だから何か考えがあるんだろう。
「さて、よく集まってくれたな。お前ら」
足利先輩が開幕の合図をして、僕に目を向ける。謝れってことだろ?わかってる。
「えーと、先輩方。本当にすみませんでした。部内の雰囲気をぶち壊してしまうとこでした」
「ぶっ壊してたけどね」
慧先輩の痛い発言。僕は甘んじて受け入れる。
「慧ももういいだろ。こうして楠も謝罪はしたからな」
「そうだね。ちょっとした意地悪だよ」
何とか許してくれる先輩二人。大谷さんの発言が効いたのか、懐の広さを見せるかのようだった。
「しかし、よく殴り合いに持っていったよな」
「千尋がテーブルに乗っかって宣言したときは驚いた。コイツは頭のネジがぶっ飛んだってな」
則本先輩と足利先輩も重ねる。どうやら僕への弄りは続くようだ。
「それに、チャイナドレス連合ってなんなのさ」
「確かに俺も気になったよ。楠、教えてくれるか?」
慧先輩と新田の追求。うーん、あの時は興奮して意味のわからない事ばかり喋ってたな。あんまり覚えてないんだが……。
「えっと、僕が女装することになったとき、この五人がいて、そのとき足利先輩がチャイナドレス着てたからいいかなって」
記憶を頼りに、あの時の感情をそのまま伝える。多少拙くなってしまったけど、他のみんなは微妙な表情で聞いていた。恥ずかしい。
「ですって部長」
「あ? どうでもいいわ。んなの。それより総会の方だ」
辛辣すぎる気もするが、ここはそっとしておこう。総会の方も気になるし。
「今日の昼にも言ったが、もう一度確認だ。新田、行く場所は?」
「若葉市の桜花学園です」
皆も今更知ってると思うけど言っとくぞ。
僕らが住むのは青葉市ってとこだ。若葉市程じゃないけど、県内ならそこそこ発展してる。田舎以上、都会未満って感じの街だ。
で、総会で行くのは隣の若葉市。こっちはかなり発展してる。連日駅周りは賑わってるし、人が絶えない。桜花学園は私立の高校で、かなり演劇部も強いらしい。今回、全国大会に出る学校でもある。
「OK。次は千尋。俺たちは何しに行く?」
「狩られる前に狩りとります」
「OK、それでいい」
「「「いいわけないだろ!!」」」
他三人の声が重なる。僕は真ん中に座っているから、声がステレオで聞こえて耳がおかしくなりそうだった。何が違うと言うのだろうか。
「やることは変わんねぇよ。宣戦布告だ。宣言してやんだよ。今年の全国は俺たちが頂くってな」
余裕たっぷりに足利先輩が告げる。
「簡単に全国全国って言ってますけど、何か作戦とかあるんですか?」
慧先輩が尋ねる。その態度におうよ、と前置きしてから足利先輩は更に余裕たっぷりに答えた。
「千尋には先に言ってたが、こいつを見てくれ」
件のノートを取り出し、開く先輩。それと同時に僕以外のみんなはノートを取り囲むように身を乗り出す。皆の反応は……これまた微妙な表情だ。気持ちはわかる。
僕もそう思っていたからな。最初は。胡散臭いって。
そのまま先輩は僕にやったような説明を繰り返す。省くけど、問題ないよな? 不安なら振り返ってみてくれ。
「つまり、お前ら後輩たちが一人一人戦える武器がいるんだよ」
「それは一体何なんです?」
「お前たちが自分で気づかなくてどうする」
おかしい。僕のときはすんなり教えてくれたのに。成長には自分で考えてみることも大事ってことか? 先輩は僕の視線に気付いたのか、アイコンタクトを取った。多分、「お前のときは、生命の危機だったからな」先輩はそう言ってる気がする。
「俺からの挑戦状ってところだ。俺が引退するまでに『答え』を見つけておけよ」
「そういえば、先輩はいつ引退するですか?」
「わかんねぇな。六月か七月ら辺には消えるはずだ。良かったじゃねぇか。好き放題できるぞ」
流れる微妙な空気。慧先輩も、早く消えてほしいから聞いたわけじゃない。だけど、それをどう捉えるかは足利先輩自身だ。人の心の難しさ。ここに極まれり。
「何アホみたいな顔してるんだよ」
痛っ。足利先輩に小突かれる。少し強めの手は、この空気をどうにかしたい。そういった意味が込められている気がした。足利先輩は無理やり「総会で答えを探してみろ」と言い、この話を切った。
次に話されたのは他校の情報。桜花学園を筆頭に、注目すべき学校は県内にいくつかある。
まずは桜花学園。今年の全国大会に出場する学校だ。足利先輩曰く、「私立だから設備と練習時間が取れる環境に恵まれた学校」らしい。寮制だからこそできる荒業だけど、泊まり込みってのは凄いよな。
次は紅葉高校。僕でも名前を聞いたことがある進学校で、偏差値は非常に高い。京応大とか、トップレベルの大学に進む人もそれなりにいる凄いところだ。後は、いくつか学校を教えてもらったけど、それは当日また話そう。本番へのお楽しみだ。
「いいか、とにかく桜花の部長には気をつけろ。あいつは本当におかしい奴だ。演劇のために生きてるような男で、それ以外のことに興味をほぼ持たない」
どうやら桜花はヤバい所らしい。そんな人が部長で務まるのも変な話だよな。というより、僕らは明日そこへ行くんだけど……。
「まぁ普通にしてたら大丈夫だ。あ、アキと千尋は気をつけとけよ」
「どういうことですか?」
よくわからない返答に首を傾げる僕ら。先輩はまたあの悪い顔になって、徐にスマホの画面を見せてきた。そこに書かれている「面白い一年が入ったぞ」というワード。一瞬で僕らが青ざめたからか、先輩は更に高らかに笑う。
二人の悲痛な叫びが、店内に虚しく響いた。
――同時刻、桜花学園。演劇棟職員用玄関。
誰もいなくなった真っ暗な学校。ただ一つぼんやりと明かりがつく玄関口。そこに佇む三人の男女。
一人は椅子に座り、死んだ目を擦りながら眠そうに欠伸を繰り返している。
「ふぁあ……」
「ちょっと、京也。しっかりしなさい。明日でしょ」
声をかけて京也と呼ばれた男の肩を揺する女子生徒。その手つきは慣れたもので、何度も繰り返してきたことを伺わせる。
「あぁ……? うるさいなぁ、遥。俺は今日頑張ったんだから、少しぐらい寝させてくれよ」
「だからってここで待つことはないだろ?寮に帰ろうぜ」
「別に俺一人で待つからいいんだよ。晶」
呆れた遥は晶にバトンタッチする。いつもの流れだ。そして、この流れに入ったら、京也が動くことはほぼない。しかし、それがわかっていても二人は説得を止めることはしなかった。
「今日だって稽古でずっと動きっぱなしだったでしょ。内容が内容だし、身体壊さないか心配」
「大丈夫だって。ようやく新しい一年が始まるんだ。身体を気にしてる場合じゃない」
京也はフラつきながらも立ち上がった。先程とは打って変わった輝く瞳をしている。この眼に、何度諦めさせられたか、そして、何度助けられたか。二人はもう何も言う気はない。ただ京也に付き合うだけだ。
「貴文、雪尚だけじゃない。面白い一年が入ったって二人から聞いてるんだ。これで寮なんかで待てる訳ないだろ。
あぁ……。楽しみだ。早く明日にならないかな」
男の名は、
――物語は、次のステージへ。
序章、Opening。終演。
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