10話 「12人の論ずる部員たち 」 後編

「先輩、どう見ますか?」


新田が足利先輩に戦況を聞く。


「そうだな、美雪の強みは副部長の威厳と、豊富な知識から来るしっかりした論って所だ。だから仕切り直すのに向いていると思って次鋒にした」


「なるほど、慧先輩は?」


「あいつもバランスの良い論が得意な印象だ。相手の答弁をしっかり聞いてから答えを出すタイプだ。長丁場になるな」


先輩の解説を聞くと、美雪先輩の凄さが少し伝わった。副部長を務めるだけあって、実力は足利先輩の折り紙付きなんだろうな。そして実際、美雪先輩は今互角の戦いを演じている。


『ですから、彼がいることによって、部内の雰囲気や関係性が崩れると思います。信頼関係が演劇を作る重要なファクターであることは間違いありません』


毅然と答える慧先輩。何がファクターだ!横文字使いやがって!

あとどういう意味だ、知らん。


「ファクターは要因だよ、チヒロ」


新田が解説してくれた。こういう所で気が回る。


『先程、信頼関係と述べられていましたが、まだ知り合って数日の新入部員と被告人の間にどのような差があるのですか?』


これは上手い返しだ。僕でもわかる。慧先輩も痛いところを突かれた顔をしている。そして息を吹き返した軍師。わかりやすい顔だ。軍師としてどうなんだ?


『ぐ、会って数日であることには変わりませんが、被告人は先輩に対する態度としてまず間違っていると考えます。信頼関係を作る前提から拒絶しているのです』


苦し紛れ感は否めないが、なんとか僕に責任を擦り付けて逃れた先輩。僕の中でどんどん株が下がっている。慧先輩は間違っているのは僕でもわかる。それはこれから美雪先輩が言うだろう。だから僕から言う必要は無い。


『信頼関係云々の話ですが、二点ほど。

 まず、会って数日の内に何を持って信頼関係とするのか。少なくない日数をかけて信頼とは形作られます。それをこの時点で判断するのは早計と言わざるを得ません。

 そして、先輩は無条件で尊敬されるべきという考え方が、まずおかしいのではないでしょうか』


決まったな。完全に論破された。慧先輩は両手を挙げて降参の意を示す。よし! これで同点だ! くるりと踵を返し、戻ってくる先輩。僕ら男子は美雪先輩にホの字だ。だってしょうがない、かっこいいんだから。


「マジでナイスだ美雪。助かった」


足利先輩は心底安心している。実際一勝一敗に持ち込めたのは大きい。


「そんな事は良いから、早く次の作戦を授けてあげて。次、新田君でしょ」


そうだった。三戦目は新田なんだ。もう僕は諦めてる。お人好しのアイツが人を言いくるめる未来が見えない。


「先輩。相手の予想も教えてくださいよ」


「そうだな、……まずお前はどうするべきだと思う?」


逆に問う軍師。それは新田なら答えを持っているという信頼に基づく物に見えた。少し考えつつも、新田が口を開く。


「えぇっと、相手の軸が信頼関係の面だったので二戦目で潰された事を始めに牽制で持ってくる。とかですか?」


「上出来だ。俺が何か言う必要はなかったな。

 そして、相手だが、十中八九ノリが来るだろう。そして、相手の軍師の腹が読めた。」


まくし立てるように言う先輩。僕は何よりも新田がそこまで考えて物を考えている事に驚いた。少しではあるが、評価してやってもいい。

 足利先輩は尚も続ける。新田は送り出した。


「多分相手の軍師は一条だな。まず間違いない。入ってばっかの雨宮が、部員の人となりを知らないのに策を弄する事はできない。そして相手側は俺が来るとわかっていて、それに対抗できるのは三年の一条だけだ」


「なるほど。で、どうにかなるんですか?」


「わからん。誰が策を立ててもいいように無難な編成で行ったからな。とりあえず新田を見てろ。あいつはなかなか頭が回るヤツだ」


不本意以外の何物でもないが、言われた通り新田を見る。見ると、新田が則本先輩相手に善戦していた。


『まず、先程の二回戦の結果から信頼関係の構築の前提は無くなりました。そこで、先輩は何か反論はありますか?』


『む、しかし被告人が小此木慧に与えた心的外傷は計り知れない物と考えられます。目の前で殺害予告をされる人が近くにいることは恐ろしいのではないでしょうか』


『仮にもしそうであれば、被告人だけでなく、小此木慧先輩の進退も関わってくるのですが、そちらで議論しても問題がないのでしょうか』


『なぜ被害者の小此木慧が退部しなければならないのかがわかりません。加害者が被害者のグループに近づかないというのは理解できますが、加害者被害者の両名が退部するというのは些か道理に欠けていると言わざるを得ません』


新田が両手を挙げて、降参の意を示した。なぜか拍手が起こり、則本先輩と新田が握手を交わす。


「ありがとうございました」


「こっちもだ、久しぶりに頭を回したよ。いい勝負をありがとう」


なぜ、仲良くなっているんだ……? 周りの皆もお疲れ様ムードが全開だ。たしかに善戦したけど、負けたら意味ないだろ!


「お疲れ様、新田。

 本気の則本相手によく食らいついたな」


「いやぁ、凄かったです。オレの発言の一字一句を逃さないようにしてました」


尚も訳が分からないという顔の僕に、美雪先輩が補足してくれる。


「細田くんはね、慧が絡むとちょっと本気になるの。どうやら細田くんが慧に恩があるみたいで。だから、あんまり怒らせないようにね」


そんなに凄い人だったのか……。よくある強面の脳筋キャラだと勝手に思い込んでしまっていた……。部のメンバーの様々な面が見れるのは、結構新鮮かもな。


「さて、四回戦目は俺だ。飛ばすぜ!」


足利先輩が意気揚々と出陣する。正直軍師には見えない。そもそも軍師は前に出るものじゃないからな。


「あ、棄権します」


相手の山川先輩が棄権し、足利先輩はすごすごと帰ってきた。誰の目にもわかる項垂れ具合が笑いを誘う。


「気を取り直して次だ。頼むぞ!大谷」


「はい」


少し大袈裟に言う足利先輩。しかし、それに呼応すること無く流す大谷さん。この人は自分のペースがあるというか、水みたいな人だな。と思った。


対する相手はボスの雨宮。大谷さんが出てきて少しびっくりしてる様子だ。まぁ、初対面だしどうしようもないとは思うが。


「あなたが雨宮さんですか?」


「な、なによ」


急な質問にまた戸惑う雨宮。僕にもわからん。考えがさっぱり読めない。


「お願いですから、千尋ちゃんを退部させないでくれませんか?」


……え?

今までの流れは? 完全に無視して自分を貫いてきたぞ!? 足利先輩も新田も、相手も、そして雨宮でさえも開いた口が塞がらない。


「あなた今までの流れを聞いてなかったの?」


「はい。聞いてましたけど、別に退部にしなくてもいいんじゃないかなって思ったんです。単純に、慧先輩に千尋ちゃんが謝れば解決ではないですか?」


「な……!」


周りがザワつく。「今までの意味は?」 「でも確かに女装は俺たちが頼んだことだよな」敵も味方も関係なく、各々思いの丈を呟いている。


彼女は、尚も続けた。まずは僕の方を向く。


「まず、千尋ちゃんは慧先輩に謝りましょう。さすがに先輩に対して失礼です。

 そして、慧先輩は、できれば先輩の懐の広さを見せて許していただけませんか?」


勝手にまとめにかかる大谷さん。そしてニヤつく足利先輩。何か思いついた顔をしている。多分、悪い方だ。


「な、今までの時間はどうなるのよ!?」


「そうですね……。この事に気づくための時間にすればいいんじゃないですか?」


「あ、ありえないわ……!」


食ってかかる雨宮を自分のペースに呑み込む大谷さん。この人は……強い! 僕はそう感じた。


「はっはっは! やっと気づいたか! まったく、こんだけの事に気づくまで時間をとらせやがって! 雨宮、忘れたか? 千尋は僕は何も悪くないなんて言ってないもんな!!」


足利先輩がここぞとばかりに前に出る。間違いなく今思いついた算段だろう。だが、みんな気づいてしまった。この時間は続けていても無駄であると。


でもな、先輩。訂正だ。僕は悪くないと思ってるよ。


大谷さんが僕に向き直り、前に出るよう勧める。それに気づいた僕はこくりと頷き、テーブルまで近づいた。そして、「慧先輩」と声をかける。


恐る恐る出てくる慧先輩。先輩がテーブルに近づくのを確認すると、僕は口を開いた。


「慧先輩」


「なんだい、楠くん」


二人はお互いを真っ直ぐに見据えて話し始めた。


「慧先輩。さっきの事はすみませんでした。自分の中で納得してはいませんが、先輩に対する行動ではなかったと思います。この通り謝るので、退部だけは勘弁して貰えませんか?」


誠心誠意込めて謝罪する僕、正直慧先輩を許したつもりは毛頭ないが、今は折れた方が得策だろう。退部させられる事の方が取り返しがつかない。


それに、慧先輩はいずれ始末すればいい。だとしたら僕がこだわる必要は無いわけだ。この場を納めることが先決。順番を見誤るな。


「そうだね、僕が悪かったとは思ってないけど、君が抜けるのはよく考えたら惜しいし、許すよ」


さすがチャイナドレス連合。話がわかる。というより、本気で退部させたかったのは雨宮一人だけなんだろう。他の皆の気持ちが切れた以上、どうしようもない。雨宮は何も言わず、震えているだけだ。


少し可哀想だとは思いつつも、人を陥れようとした罰だからな。しょうがない。

え? 元はお前が悪い? 一理あるけど事実確認を怠ったのはあっちも同じだ。慧先輩は許してくれたし。喧嘩両成敗って事にしよう。


だが雰囲気が良くない。僕は慧先輩と則本先輩にアイコンタクトを取った。返事あり。知らなかったのか? チャイナドレス連合はアイコンタクトができるんだよ。


『慧先輩、則本先輩』


『先輩方の言う信頼関係が一発で築ける方法思いつきましたよ』


僕はたっぷり溜めて、芝居のように言う。先輩は頷く、流れは完璧だ。昨日の敵は今日の友に違いない。古くから言われてる名言中の名言だ。


『俺たちと先輩で殴り合いましょう!』


『ああ!』 「え!?」


予想通りの顔の則本先輩と見当違いの顔の慧先輩。しかし僕は止まらない。テーブルに足を置き、後ろの連合員に向けて告げる!


『足利先輩、新田!!

僕らチャイナドレス連合はこの瞬間に拳で信頼関係を作る事を宣言する!』


『うおおおおおお!』

咆哮する先輩と新田の声をバックに、そのままテーブルを飛び降りて、先輩方目掛けて突撃開始。そして左の拳を構え、叫んだ。


『一年!楠千尋!

先輩方!どうかよろしくお願いしまぁああぁぁす!!』


僕はこの時、自分でも信じられないぐらい興奮していた。アドレナリンが出まくっていたんだと反省している。


 *


その後、ホールは地獄と化した。殴り合いの大乱闘に陥る男子とそれをゴミを見る目で見つめる女子。ここに、部内のカーストは決まったと言っても過言では無いだろう。


そして、騒ぎを聞きつけた先生方が駆けつけ、冒頭の状況に戻る。

僕は首謀者として女子に仕立てあげられ、気絶しそうなままホールの真ん中でただ一人正座させられていた。


「楠千尋を首謀者とする一連の行動の責任として、男子部員全員を三日間の停学に処す」


割と軽い方だとまず思った。女子部員の一部が減刑を願ってくれたらしい。ありがたいことだ。そして、僕らは先生に目をつけられてしまった。クソっ!


殴られ蹴られ、僕も意識が朦朧としていた。そのまま先生の話もそこそこに倒れ込む。最後に見えた雨宮の心底バカにした目が、夢に出てきそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る