9話 「12人の論ずる部員たち 」 中編

「とりあえず俺と美雪が千尋側で、雨宮が退部派な。他の人も決めてくれ」


「退部に一票」


「お、一条姉。理由は?」


 一条先輩が退部派に回る。


「単純に気持ち悪いから」


「納得」


 納得できるか。

 そんな理由で退部させられたら大問題だ。出るとこ出るぞ。


「んじゃ次、二年は?」


「俺と慧は退部派だ」


 な!? 二年男子のチャイナドレス連合がどっちも退部派だと!? これは非常にまずい……!


 あ、チャイナドレス連合は男子をそのまま指すよ。足利先輩っていう変態の元に集まった集団だ! 今考えたけど、割と気に入っている。


「二人ともか。慧はわかるが、ノリは?」


「さっき雨宮が言ってた、信頼関係の話が主な理由っす。あれは上下関係にも当てはまるから、先輩と後輩っていう関係が成り立たないと部として機能しません」


「なるほどねぇ、了解」


 以外と真っ当な意見で、僕は反論できない。これはやっちまったか? 男子の協力が得られないのは厳しい。


「二年女子は?」


「わたしは楠くんの方! だって退部とか可哀想だよ!」


 僕が代役を務めた吉田奈緒先輩が勢いよく言う。課題が終わったみたいで良かった。髪型は一条先輩と同じショートだけど、性格が全然違う。


「私は……姉さんと同じ方で……」


 そう言うのは一条先輩の妹の一条光いちじょう ひかり先輩だ。この人は姉と同じにするだろうとは思ったけど……。


「私も退部派かなぁ」


 山川先輩は僕に申し訳なく思いながら敵方についた。なぜ、メイクをしてもらった仲じゃないか!


「OK、後は一年だけだな。どうする?」


「俺はチヒロの方です。演劇一緒にやりたいんで」


 爽やかに新田が言う。ムカつくが新田、今回は感謝してやる。マジで役に立てよ。


「私も千尋ちゃんの方で」


 ! 以外だな。この人、確か大谷静香おおたに しずかさんだ。僕とは違うクラスの人だが、あの公演を見て入部を決めたらしい。あれで……?


 どっちかというと退部派かと思ってたけど、見方を変えなきゃな。めちゃくちゃいい人だ。しかも美人だし。髪もすっげぇ長い。


 なぜ僕をちゃん付けで呼ぶんだろうか? 少し嫌な予感がしつつも、気になってしまう。


「アキはわかるが大谷は?」


 確かに僕も気になる。理由が知りたい。! まさか、僕のことを……?


「私、裁縫が趣味なんですけど……」


 恥ずかしそうに、大谷さんが言う。その姿も絵になるな。綺麗だ。


「そこで作った服とかを、千尋ちゃんに着て欲しいんです」


 前言撤回、やばい臭いがする。自分で作った服を着せたいなんてどこか違う。しかも、初対面の男に言うのはマジで怖い。なんで僕の周りの女子は敵対心かヤバめの人ばかりなんだ。


 思いっきりクズの笑顔になる足利先輩。完全に僕に面倒事が舞い込んだと喜んでいる顔だ。あの人、一回ぶん殴らなきゃもう僕の気が済まない。


 怒りの貯金だけが溜まっていく。だが、こんな人にも頼らなきゃいけないのが僕の辛いところだ。嘆いても仕方ない。


「よし、じゃあ別れたな。どうやっていくかは……そうだな。六人の順を決めてそれぞれが論争しよう」


「勝ち抜きですか? 入れ替えですか?」


「勝ち抜きじゃつまらない。入れ替えだ。こういうのはチーム戦だから意味があるんだよ。じゃさっさと順番決めるぞ」


 そう言って、足利先輩はホールの校舎側に陣取る。反対に雨宮派はダンス部方面へ陣取った。作戦会議の始まりだ。


 僕ら六人はホールに作られた少し小さめのステージで円になる。このステージは基本荷物が置かれる場所でもあるらしい。一年は端っこに置いていって、学年が上がると真ん中に置けるようになる。


 別に真ん中に置けることに何かメリットがあるのかわからないけど、多分ずっとやってきた事なんだろう。様式美だ。様式美。あるいは伝統かもな。


「さて、こっちの戦力は俺に美雪、そして奈緒と一年三人か。割と分が悪いな」


「何でですか?」


 何故そんなことを言うのかイマイチわからん。部長副部長もいるし、新田も割と喋れる。分が悪いとは言いきれないんじゃねぇか?


「あ? そんなの庇うのがお前だからに決まってんだろ」


「うわっ! チヒロ落ち着きなって! 味方で争っても意味ないよ!!」


「ガルルルルル……」


 余りにも失礼すぎる。僕じゃなかったら手が出てたぞ。本当に頼りたくない。だったら何で僕の方に入ったのか。そんな考えを見透かしたかのように、足利先輩が告げる。


「まぁ惜しい人材だって言うのと、部長としてあそこで雨宮に言いくるめられる訳にはいかなかったからな。それに……」


 足利先輩は一度切る。だいたいこの後はカッコつける言葉が来ると僕は予想している。短い関係ながらもそれぐらいはわかるようになってきた。


『不利な方が、おもしれぇだろ?』


 まぁ、言ってる人間がカッコいいのもあるが、確かに決まってるよな。僕側に回るのが不利ってのが気に食わないが。


「さて、とにかく決めるぞ。先鋒は奈緒、お前だ」


「? なんでですか?」


 理由を求める奈緒先輩。


「相手はまず一本欲しいはずだ。でも切り札を切る訳にはいかない。すなわち、十中八九口が上手い慧が来る。それに奈緒をぶつけてまともな論争に持ち込ませない戦法だ」


「……結局私は何すればいいんですか?」


「お前が思ってることをそのまま言えばいい。それで負けることはない」


 分析力は相変わらず凄いんだよな、この人。作戦とか立てさせたらいい参謀になれる気がする。性格悪いし。軍師向きだよな。知力九十六ってとこか……。周瑜ぐらいありそうだ。


「次鋒は美雪。お前だ。理由はわかるな?」


「えぇ。先取点取っても取られてもいいように、でしょ?」


「正解だ。勝ってるなら流れを持ち込めるし、負けてるならその流れを断ち切る。副部長のお前に任せる」


 次鋒も決定。いい感じだ。


「それから後は、間延びするからカットする。論争中に解説挟むけど、当人には事前に伝えてあるからな。安心しろよ」


 誰に向けているのかわからない足利先輩の声。僕ら以外に誰か見てる人がいるのか?姿は見えないが……。


「よし! 決まったぞ! そっちはどうだ? 終わりましたかー?」


 足利先輩が煽るように声をかける。多分、焦らせて適当に決めさせる気だろう。本当にとことん意地が悪い。


「お待たせしました。退部届けは用意してますか?」


 それに対し、煽り返す雨宮。ムカつくが、その佇まいには少し気圧される。立派という二文字が頭をふとよぎる、そんな姿だった。


「言うねぇ一年坊。まぁこの決着は論で競おうや」


「そうですね。いい戦いにしましょう。

 順序はこのホワイトボードに貼りましょう」


 どこからか用意されたホワイトボード。手際が良いな。と思ったが、裏面に歓迎会のプログラムが貼ってあったから、回転させただけのようだ。


 ……初めはいい感じだったんだけどな。僕のせいとはいえ、こんな事になるなんて。

 だけど、ここで退部するわけにはいかない。また負け犬に逆戻りだ。それは何としても避けたい。


「よし!」


 自分に喝を入れ、奮い立たせる。さぁ来い!誰が相手でも論破してやる!!


 ホワイトボードには、こう貼られてあった。


 先鋒 吉田奈緒 対 一条明


 ……え?足利先輩?予想と違うぞ?

 そう思って先輩を見ると、他のみんなもそう思っていたのか、視線が集まっていた。

 もう既に死にそうな顔をしている。


「千尋……すまん」


「畜生がぁぁぁああぁああ!!」


 全てを諦めたかのように、僕に謝罪する先輩。奈緒先輩なんか涙目だ。勝てると言われて挑んだ相手が見た目も言動も一番怖い一条先輩とか、僕でも泣く。


 重たい足取りを感じさせながら、奈緒先輩が論場へと向かう。これも、長テーブルを向かい合わせただけの作りだ。しかし誰が準備してるんだ? 手際がさっきから良すぎるぞ。


 ……そんな風に現実逃避していても、結果は無情なわけで。

 奈緒先輩は見るも無惨に、一条先輩にボッコボコにされていた。言葉で記すことは、僕には余りにも残酷すぎてできない。想像にお任せする。


 今奈緒先輩は、大谷さんの胸に縋りついて泣いている。正直その姿も先輩としてどうかと思うが、あれだけ怖い目にあったなら仕方ないとも思う。


「これで一敗ね。流れが悪いけどまだ想定内でしょ? 貴文」


 次に戦うのは美雪先輩。その顔は頼もしく、アホ軍師を信じきっている。三年間の積み重ねがそうさせるているのか。この人は何を積んだんだろう。金か? 物か?


「正直お前が頼りだ。美雪、仕切り直してくれ」


 バカ軍師は力なく言う。この人、もう諦めてるだろ。今にも灰になってしまいそうだ。……僕の進退かかってんだけど。しっかりしてくれよ。


『了解よ、参謀様。仰せのままに』


 そう言って対戦表のあるホワイトボードに歩き出す先輩。髪を翻すその姿は今日一番かっこよかった。もしかしたら何とかなるかもしれない。


 対する向かい側から歩いてくるのは慧先輩。正直僕自身の手で論破したかったから、悔しい。けど、ここで負けると後がないので任せよう。頼むぞ、美雪先輩。最初は僕が頼られたけど、今度は僕が頼る番だ。


「先輩! 頑張ってください!!」


 その声に後ろを向いたまま拳を握る先輩。かっこよすぎて惚れそうだ。現に足利先輩はうっとりと見つめている。

 何やってんだ。この人はさっさと次の策を考えるべきだろ。


「慧くんが歩いてくるってことは、相手は君かな?」


「そうですね、お手柔らかにお願いします」


 お互いに含みのある言い方をしながら、二人は対戦表を捲る。当然、そこにはあるべき名が書かれていた。


 第二試合 五代美雪 対 小此木慧


 こうして、第二試合の火蓋は切って落とされた。

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