楠千尋裁判編

8話 「12人の論ずる部員たち 」 前編

 ……どうして、こんな事になってしまったのか。今僕の目の前に広がる光景は、阿鼻叫喚の地獄絵図。動かない足利先輩。ボロ雑巾のような新田。まだ泣きじゃくる奈緒先輩。そして、中央で正座し、なぜか首謀者として裁かれる僕。


「では、お前たちに判決を言い渡す」


 目の前に見える先生は、閻魔大王に見えた。


 *


 四月二十七日 火曜日 放課後


 新入生歓迎公演が終わって三日。足利先輩の、そういえばまだ自己紹介してなくね? という一声により、急遽新入生と先輩との交流会が行われることになった。

 いわゆる、歓迎会ってやつだ。まだほとんど知らない先輩もいたし、僕も是非参加したい。


 放課後に、演劇部のホールで集まった僕ら。このホールは、あの新入生歓迎公演をやった場所でもある。

 綺麗にセットは片付けられて、今は開放感のある広い部屋となっている。教室二〜三個分ぐらいか? それぐらいの広さで、全員で円になって座ると、結構スペースを持て余し気味だ。


 僕を入れて部員は十二人。見たことない人(主に女子)が何人かいるから、女子の方が人数は多い。


 一年は僕ら三人かな。そういえば雨宮さんに謝ってなかったと思い、彼女の方を見る。彼女の方も僕の視線に気づいたのか、手を振ってくれた。


 なんてことは無かった。まるで親の仇でも見るような目で僕を見ているではないか。


 え!? 何で!? 気に触るようなこと何もしてないぞ!? メッセージも送ってないし、迷惑行為もした記憶はない。だとしたら、なんで僕は雨宮さんに嫌われているんだ? 必死に考えようとしたところで、足利先輩が口を開く。


「えー、では。皆さんお集まりのようなので、これから、新入生歓迎会を始めたいと思います! 司会の部長、足利貴文です。よろしくねっ!」


 ムカつく声音で、先輩が告げる。その後もそのまま神経を逆撫でする声で、プログラムの説明を始めた。


「まずは、自己紹介! 俺たちは、お互いの事を知らなさすぎるのさ……。ということで、自己紹介やります。次は、レクリエーション。遊びながら、簡単に演劇部の基礎練習とかも伝えていくぞ!」


 テンションがイマイチ掴めない。他の部員を見る限り、イラついてる顔をしているので、やっぱりムカつくんだろう。


「そして最後に、エチュードをします!! はーくしゅー!!」


 反応はない。足利先輩は少しシュンとして自己紹介へ行った。……この人、司会進行向いてないんじゃないか?


「えーじゃあまず自己紹介しまーす。三年からでーす。はい美雪」


「えっ私!?」

 急に振られた美雪先輩は戸惑いつつも凛とした声で自己紹介した。


「三年の五代美雪です。副部長です。私たち三年はもう引退だけど、短い間よろしくね」


 拍手が聞こえる。どうやら美雪先輩はかなり人望があるようだ。礼と共に、少し長めの髪が揺れる。


 僕のイメージだと、女装肯定派だったからどうしてもまともな目で見ることができなかったからな。失敬失敬。


「はいOK。普通すぎてつまらねぇ。じゃ、次ー、一条姉」


「一条明。三年。以上」


 ……。


「はいOK。もうちょっとユーモアあった方がいいんじゃねぇ?」


「黙れ、足利」

 一条先輩は、結構怖そうだ。ショートカットで、目もどことなく冷たい気がする。僕にだけかもしれないけど。


「はいはいっと。怖い怖い。次は二年だな。名前だけだとつまんねぇからなんか言えよ」


 急な無茶振りに露骨に嫌そうな顔の二年生。僕でもいきなり言われたら嫌だから気持ちはわかる。

 渋々と言った様子で、慧先輩が話し始めた。この人なら地雷は踏まないだろう。妙な安心感がある。


「えー、二年の小此木慧です。最近の悩みは、彼女と上手くいってないことかな?」


「ブッ殺す!!」


「うわっ! 落ち着きなよチヒロ!」


 前言撤回。こいつは生かしちゃおけねぇ邪悪そのものだ。今すぐその姿を消さなきゃ、僕が発狂してしまう。

 羽交い締めにする新田から逃れようとするも、動かない。


「うるせぇ新田! 離せよ! 僕がどうなってもいいのか!?」


「どうにもならないよ! チヒロには関係ないでしょうが!」


「馬鹿野郎! 僕の精神的衛生の面からデッドだ! 協力しろ! 腐れ縁だろ!!」


「こういう時だけ腐れ縁になるんだ……」


「おーい一年、うるせぇぞ。次進まねぇだろうが」


「足利先輩、先輩ならわかってくれますよね! 先輩はこういうことを許さない人ですよね!?」


 先輩に注意されるが、逆に説得し返す。この人は身勝手な人間、僕と同族で他人の幸せを喜べない人間のはずだ。心は通じ合ってる。


「気持ちはわからんでもない」


「なら!」


「だけどな、千尋」


 先輩は一度切り、一呼吸して、優しい目で僕に言った。


「お前が苦しむ顔の方が見てておもしれぇや」


「このクズ野郎が!!」


 前言撤回。こいつも人類悪だ。なんなら状況を楽しんでる分、慧先輩よりも質が悪い。

 クソ、三対一か。分が悪い。


「とにかく落ち着きなよ! 女子の目見てみなよ! ゴミを見る目してるよ!!」


 新田にそう言われ、周りの事を意識していなかった事に気づく。

 軽く見回すと、皆僕を汚物でも見るような眼をしていた。


「見苦しい……」


 誰かが呟いた一言に、僕は打ちのめされ、ノックアウトしてしまった。丁度先輩と僕の席は反対だったので、真ん中ら辺に座り込んだ事になる。


「ようやく納まったか……」


「新田、コイツは女関係のトラウマがあるのか?」


「そこまではわかりませんが、ある時期からこんな感じになったような」


「……ったく、時間がねぇってのによ。慧も、あんまり惚気んじゃねぇぞ」


「え……はーい」

 広いホールは静寂に包まれ、誰も何も言わない。そこだけお通夜のようだ。

 その空気に耐えかねたのか、足利先輩が口を開こうとした途端……。


「はいっ」


 件の女子、雨宮さんが勢いよく手を挙げた。


「……えっと、何かな? 雨宮?」


 話の出鼻をくじかれ、足利先輩が少し不機嫌そうに聞く。


「まず、一年の雨宮楽乃です。児童劇団出身です。よろしくお願いします」


「で?」


 露骨な態度に怯まない雨宮さん。凄いな。


「この男はここに居ていいんですか?」


 ……僕を指さしてとんでもない事を言い出した。

 空気が凍った気がする。


「何言ってるんだ? こいつは入部届けを出した。それなら、部員だろう」


「でも嫌々なんですよね。したくもない女装させられて。なら辞めるのが普通なんじゃ?」


「……オイ被告人、何か発言は?」


 誰が被告人だ。


「えっと、言っとくが僕は辞めるつもりないぞ。せっかく目標持ったんだから続けたい」


 本心を言う。何も悪くないし、真っ当な意見だと思う。完璧な回答だ。しかし、それは雨宮さんのお気に召すものではなかったようで。


「なんでアンタがそんな気なの……? 女装して女子に近づく変態のくせに!!」


 烈火のごとく怒りを顕にする雨宮さん。

 なんて酷い誤解だ。まさか、公演の後からずっとそう思い込んでいたのか?


「ちょっと待ってくれ! 僕は変態じゃない! どっちかと言うとこの部長の方がチャイナドレスを自分から着る変態だ! 訂正を求めます!!」


 僕の弁明に足利先輩含め皆首を傾げる。ただ一人、美雪先輩だけ頷いていた。新田?視界外です。


「今先輩は関係ないでしょ! 話を逸らさないで!!」


 いきなり怒ってるぞこの女。何だか僕も腹が立ってきた。なんでここまで言われなきゃいけないんだ。


「……だったらどうしてほしいんだよ?」


「アンタの退部を求めます」


「はぁ? 根拠は?」


「さっきの小此木先輩への態度が全てだと思うけど?」


「態度? 何も問題ないだろ? 自分が発狂するか相手を狩るかなら誰だって後者を選ぶ。」


「ワケわかんないこと言わないで。

 それに、演劇は信頼関係が演技の出来に直結するわけ。そんな中で、先輩に対してあんな態度を取るあんたと舞台はできないわ」


「知ったことか、だったらお前が辞めるんだな。相手を消す前に、自分から身を引いたらどうなんだ?」


 お互い一触即発。怒りの沸点ここに極まれりだな。雨宮ももう手が出てきそうだ。


「じゃあ、裁判しようじゃねぇか」

 足利先輩が急にぶっ込んできた。何言ってるんだろうこの人。


「千尋がうちの部に必要か必要じゃないか。千尋を被告人として、退部側が検察役、残留側が弁護士役をやろう。これならエチュードっぽいし、白黒はっきり決着が着く」


「審判はどうするんですか? あと、三勝三敗になった時の最終戦は?」


 雨宮の質問、確かに僕を覗いたら十二人だから一人余らない。そして、六人六人で別れたら三勝三敗だと最終的に決められないということだ。


「いらない、これはエチュードの練習も兼ねてるから、反論できなかったら負けだ。そして、三勝三敗になったら代表のお前らで最終討論しろ」


「ぐっ……わかりました」


 雨宮は不満そうだが、言い返す言葉が無いのか引き下がった。すなわち僕と雨宮は二戦ずつする事になる。


「じゃあ、これでいいな。全員、検事か弁護選んでー」


「貴文、ランダムにしないの?」


 今度は美雪先輩が聞く。


「しない。エチュード練習でもあるが、そもそもお互いの蟠りを無くすためのものだからな。これで納得できない立場だったら意味が無い」


「いや、それもあるんだけど、楠くんの味方になる人がいるの?って話。」


 足利先輩は大きく口を開けて閉じない。完全に失念していた顔だ。どうしてくれるんだ。人数差はかなり痛いぞ!


 そんなこんなで始まった僕の進退をかけた裁判。頼む、なんとか勝たせてくれ……!!足利先輩、貴方が頼りだ……!

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