6話 「僕に明日はない」
四月二十六日 月曜日
「足利ぁぁぁぁー!! 責任とれよおぉおぉおおぉ!!」
明けた月曜日の放課後。今日一日、僕は地獄のような時間を過ごした。あのときのカーテンコールの映像が、誰かによって学内のコミュニティに拡散されてしまっていたらしい。
土日の二日をかけて広まったそれは、もうどうにもできないことを意味していた。新田にsnsで言われて僕も気づいたが、足利先輩への連絡手段が無かったので、今日詰問するしかなかったのだ。
……しばらく僕は、これでいじられ続けるだろう。今朝も授業から休み時間まで全ての時間でクラスメイトにジロジロ見られていた。不快な事この上ない。新田のクズ野郎はニヤニヤして助け船すら出さない。
やっぱりアイツは糞だ。状況を完全に楽しんでやる。いずれ復讐してやるぞ。僕は心に誓う。足利先輩と新田には痛い目を見せてやる。
さて、何で僕が序盤に足利と叫んでいたのか疑問に持つ方もいるだろう。いるよね?
HRが終わって、下校になったから、足利先輩に詰め寄ろうと思うんだ。そりゃ、こんな事をした元凶なんだから、責任をとってもらうぞ。
さっき叫んだとき一瞬校内がザワついた気がするが、気のせいだろう。深く関わっちゃいけない気がする。
僕は、僕の幸せの為に動かさせてもらいます。
という訳で僕は今、校内を全力ダッシュして足利先輩を探しているんだが、一向に見つからない。まず最初に演劇部の棟に行ったけど、まだ来てなかった。
三年生は受験だしまだHRか? それとも教室に残ってんのか? とにかく三年の教室棟へ向かう。
そうだ、誰かに聞けばいいんだ。困ったときは人頼みだよな。ちょうど角に一人女子生徒がいるし、聞いてみることにする。
「あ、えっと、すいません」
息切れしながらも、何とか普通に聞く僕。我ながら完璧だな。
「はい? ひっ……。な、何でしょうか?」
振り返った途端、明らかに壁を作られた気がするぞ。まぁいい。挫けるな。
「聞きたいことあるんだけど、いい?」
「い、今ですか? 何でしょうか?」
早く去れと言わんばかりの態度、さすがの僕も傷つくぞ……。
「三年生の足利先輩ってどこにいるか知ってる?」
「!! ヤッパリアノフタリ……」
「ありがとう、助かったよ。あと一つ言っておくと僕と先輩には何も無いよ」
危ねぇ、また変な所へ脚を踏み入れるところだった。僕は自分に都合が悪すぎるものは蓋をする。今の僕には、あの女子生徒の発言は、もしかすると精神を崩壊させる事になりかねない。
足早に立ち去り、観念して三階へ向かう。早く見つかってくれ。
「足利先輩。どこにいやがる……」
運動不足の僕は、一階の演劇部棟から、三階の三年生教室へ向かうだけで息が上がる。肩を上下させながら登りきると、見知った腹の立つ、そして妙に安心する声が聞こえてきた。
「それでよ。センコーの顔と来たらよぉ! マジで傑作だぜ?」
「寝らなきゃよかったわ! 写真とっとけよ!」
「バカ言え! 授業中だわ。無理に決まってんだろ!」
多分、大した価値のない雑談だろう。なら、僕が殴り込んでも大丈夫なはずだ。
「足利先輩! 探しましたよ!」
ガラガラと音を立てて、扉を開ける。足利先輩と、もう二人。先輩は背中を向け、もう二人はこっちを見ている。二人は一瞬驚いた顔をして、すぐにニヤつき始めた。ムカつく顔だ。
「おい貴文、彼女来たぞ」
「相手してやれよ」
「あ? 俺に彼女なんかいねぇつってんだろ。ったく、誰だ?」
二人の発言に首を傾げつつも、こっちを見る先輩。
目が合った。驚いた顔の先輩。僕は走って距離を詰める。すぐに状況を理解した先輩。僕が入ってきた扉と逆の方向へと走り始める。
「逃がすかよ!」
机を挟んで向かい合う僕ら。僕は睨み、先輩はなぜか笑ってる。
「待て、落ち着け、千尋。早まるな」
思いっきり慌てた口調で、先輩が言う。何言ってんだこの人は。
「うるさいですよ、話すことはありません。ただぶん殴ります」
「問答無用かよ!?」
「なんだなんだ? 修羅場か? 貴文? 罪作りだな」
他二人は完全に外野モードだ。状況を楽しんでる。
「うるせぇぞ外野! 黙ってろ!」
先輩は怒鳴るが、虚勢にしか見えない。
「うわ、ヒステリーですよ田中さん」
「嫌ですわね、高木さん。きっといつも彼女さんにもあんな態度ですことよ」
「黙れっつってんだよ!! 無駄にキャラ立てようとすんじゃねぇ!!」
もう茶番はこの程度でいい。僕は諭すように先輩へ語りかける。これでも怒りは抑えてる方だ。
「先輩、覚悟は決まりましたか? 顔は役者らしいんで辞めときますけど、どこがいいとか希望あります?」
「もう俺を殴ることは決定なのかよ……」
当たり前だろ。その無責任な発言に、思わず怒声が飛び出す。
「人の学校生活めちゃくちゃにしやがって……。まだ四月だぞ!? もう僕は何やってもいじられんだぞ!! どうしてくれる!?」
授業中に座っているだけでも視線を感じるのに、指名されたときはもう地獄だ。嫌でも耳に入る嘲笑。顔を見合わせるクラスメイト。周りの全てが僕の神経を逆撫でする。
その気持ちがわかるのか。怒りのボルテージは更に上がっていく。
「落ち着くんだ! 人の噂は七十五日、七月には収まってる!」
左右と移動すると、先輩は僕と逆方向へ動く。ちょこざいな!
「うるせぇ! もう他校にまで広まってんだぞ! 駅前とかまともに歩けねぇよ!」
人を奈落に落としやがって。半端なことじゃ許さねぇぞ。
「え? 他校にも広まってんの?ラッキー。」
「何がラッキーだ! 悪化してるわ!!」
「待て待て千尋! 他校まで届いたんなら俺は殴られる言われはない!」
そう言って先輩は出口へ向かおうとする。逃がすかよ!!
外野二人は「鏡コントかよ」と突っ込んでいた。無駄に上手いこと言いやがって!
「違う! 逃げない! カバンを取るだけだ!」
「カバン!? それがなんだよ!」
「とにかく渡せ! 今から説明する!」
あまりに真剣な先輩の態度に気圧されて、思わず僕はカバンを投げてしまった。
しまった、武器を渡してしまった。こっちは机と椅子で何とかなるか……?
椅子を構えながら先輩の出方を伺うと、リュックを開け、何かを探している。
「何やってんですか? 先輩、往生際が悪いですよ」
「うるせぇ、えぇっと、これか? 違うな……」
僕の事などどうでもいいように先輩はリュックを漁る。どうでもいいけど、中身きったねぇな。掃除とかしないんだろうか。
探すこと数分、先輩はようやくお目当ての物を見つけた。
「あったあった。これだ、これ。
まだ見せる予定じゃなかったけど仕方ねぇ。見せてやるよ。俺の計画をな」
そう言って先輩が出してきたものは、一冊のノート。タイトルに「劇ノート」と書かれていた。
このノートが、後に僕の運命を右往左往させる存在になる事は、まだ知る由もない。
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