5話 「舞台の中心で、愛を叫ぶ」
シュウゴとカイの言い合いが一頻り終了し、舞台上には沈黙が訪れていた。全体から漂うやるせなさ、これを払拭する起爆剤が必要だ。
そこに、僕演じるケイコが全てぶっ壊す。舞台全体から見たからこそ、流れがより鮮明に理解できる。台本だけじゃ、きっとここまで気づけなかっただろう。
……行かなければ。そんな思いとは裏腹に、僕の脚はこの後に及んでなお動かない。あれだけ覚悟を決めたはずなのに、実際に舞台に立つとなると、ここまで恐怖心が大きくなるんだ。
僕はふと客席にいるアイツを見る。アイツは客席から、この様子にはらはらと戸惑っている。あれは……、舞台への心配か? それとも僕か?
思わず、失笑が零れる。拍子抜けしてしまった。お前に心配されるなんて、僕もヤキが回ったもんだ。おかげで緊張と恐怖はどこかに消えちまった。
新田、お前はクソ野郎だし、嫌いだけど、今回ばかりは感謝してやる。……お前なんかに言葉はいらねぇよな。この借りは、これから舞台で返してやる。
僕は覚悟をもう一度、固く決め、舞台へ向けて走り出した。
まず感じたのは、光の熱さ。
日に焼けそうな熱が私の顔を覆い尽くす。
そして、一気に私へと集まる大量の目線。例えるなら、交差点で急に踊り出した人へ向ける目に似ていた。まぁ私はそんな事やらないけど。
舞台上の先輩も私を見る。ただ一人を覗いて、観客と先輩の感情はリンクしている。
この女は誰だ(男だけど)。この雰囲気をぶち壊すつもりか。目線はそう言っている。
ケイコは明らかに浮いている。それでいい。
走って舞台に入ることで、最後に残っていた緊張と不安は置き去りにしてきた。
後は簡単、舞台の中心で、愛を叫ぶだけだ。
肩で息をしながら、私はシュウゴ先輩に近づく。少しづつ、探るように。
「「シュウゴ先輩……」」
「「なんだケイコか……。どうしたんだ、図書館に来て。何の用だ?」」
先輩は私を拒絶するように答える。早く消えてくれ、そう言っている。でも……。
「「だって私、先輩が最近全然練習に来ないから心配して……」」
私は、先輩の事が心配で堪らない。なんで部活に来ないんだろう。サボってばかりなんだろう。
「「どうせアイツに言われて来たんだろ。もうほっといてくれ」」
アイツって誰?ユウスケ先輩の事かな。ユウスケ先輩も、シュウゴ先輩の事探してたよ。
「「そんなことありません! 私、先輩を本気で心配してるんです!」」
理由なんか一つしかない。先輩を気にかけるのだって。私は、だって、私は……、
「「だって私……先輩の事が好きだから……!!」」
真っ直ぐに、顔は真っ赤に、私は先輩へと想いを伝える。先輩はゆっくりと、私の言葉を飲み込んでいく。とても悲しそうな、怒ったような、複雑な表情で。
「「すまない。今日は帰ってくれ」」
一言、先輩が告げる。冷たく、低い声音は、私の全てを拒絶している。今度ははっきりとわかる。だけど、引き下がるわけにはいかない。
「「でも……!」」
「「帰れよ!!」」
先輩の怒声に、私は身を竦ませる。少し俯き、涙が流れる顔を上げ、先輩に一礼する。
そして、そのまま図書室を去った。
舞台から出た僕は緊張、吐き気、不安その他もろもろ全部詰め込んだぐっちゃぐちゃな感情に苛まれていた。
……もう僕が舞台にできることはない。しかし、僕は何かをやりきった達成感のような、初めての感覚を味わっていた。心の中にじんわりと染み込むような、言い換えようのない嬉しさ、くすぐったさが僕を包む。
自然と零れてしまった笑みに、僕は笑って返事した。
舞台上は、シュウゴが力なく項垂れている。悩むような、諦めたような複雑な表情で地面を睨みつける。
シュウゴに声を掛ける人はいない。当然だ。カイも言ってたように、ここからはシュウゴが選ばなきゃいけない。逃げるのか、戦うのか。
……僕は選んだ。後は、シュウゴが選ぶだけだ。
僕はこの台本のラストを知らない。じっくり読み込む時間もなかったけど、なんとなく、ケイコはこの選択を知ってはいけないような気がしたから。
男子って、特に女子には格好悪い自分を見られたく無い生き物だもんな。僕が男だからこそ、女子の役で活かす事ができた。
……もういいよな、皆。さっきのむず痒い感情よりも、疲労からくる吐き気や気持ち悪さが勝ってしまって。後は……先輩方に任せて……。
倒れて薄れゆく意識の中、立ち始めるシュウゴが、やけに目に映った。
*
「……ろ。」
「……ひろ。」
「千尋! 大丈夫か!?」
何度か名前を呼ばれて、ようやく目を覚ます。あれ、ここは? なんで僕は女装してんだ?
と思ってカツラを取ろうとすると、慌てて誰かに止められた。
「なにやってんだ?」
シュウゴ……じゃない、足利先輩だった。
「あ……いや……寝ぼけてました」
バツが悪いやら恥ずかしいやらで、どもることしかできない。
「大物だな、お前は」
先輩も反応に困る様子だ。
そりゃまぁそうだろう。
目を覚ました僕は、あれから舞台の顛末を聞いた。舞台は無事に終わり、一度皆引っ込んだ所、僕がぶっ倒れて気絶していると思い、慌てて起こしたという。すごく長く寝てた気がしたが、時間的には十五分程らしい。
気を張ってたからか。自分の新たな特徴に脱帽だ。
「んじゃ、千尋も起きたし、行くぞ」
「行くって? どこに行くんですか?」
思わず聞き返してしまう。僕の出番はもう無いはずなんだが。
「決まってるだろ? カーテンコールだよ」
「カーテンコール?」
「あぁー、知らねぇよな。一言で言うと舞台終了の挨拶ってヤツだ」
ん? 僕はもう一度女装で出るって事か?
「え!? 嫌ですよ! 今度こそ女装だってバレますよ!!」
僕は一秒でも早くこの制服を脱ぎたかった。これ以上恥を晒してたまるか。
「大丈夫バレねぇバレねぇ。客は主人公の俺しか見ねぇよ」
先輩の口車に乗る訳にはいかない。僕のこれからの学校生活がかかってるんだ。
「いやでもその……」
「つか、舞台に上がったのにカーテンコールに出ない方が目立つぞ?」
「ぐううう……」
クソ……本当にあぁ言えばこう言う……。
「唸ってないでさぁ行くぞ」
軽快なBGMと共に、先輩に引きずられ、僕は舞台に連れていかれた。
終わりない拍手と焼けるような光に囲まれ、僕は舞台にもう一度立つ。
今になって気づいたけど、スカートってこんなに心もとない物なのか……。膝丈ぐらいだけど、スースーするし、落ち着かない。
これを着て舞台に立ってたなんて考えると、 恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
とりあえず先輩が礼をしたから僕もそれに続く。一層拍手が大きくなり、顔を上げると先輩が手で拍手を止める。そしてマイクが渡され、話し始めた。
「えー。お集まりの皆様、勧誘活動や見学に忙しい中、本日は演劇部に脚を運んでいただき、誠にありがとうございます」
「どうですか皆さん? 新入生、集まりましたか? 我々の方は微妙な所です。もう一人二人いると、もうじき引退する我々も後顧の憂いが無くなるってもんです」
会場は苦笑に包まれる。僕はさっぱり面白いと思わないが、内輪ウケだろうな。
こうしてカーテンコールの場に立ってると、自分もやり遂げたんじゃないかという感覚がする。明日からの僕は、昨日とは違う生活が待っているだろう。
「才能だったり、やる気だったり、そう言った力のある人材を見つけなきゃいけないのは、どの部も同じです」
先輩の謎トークをボーっと聞いていると、ある時、違和感を覚えた。
ん? なんだ? 僕の直感が、何か嫌な雰囲気を感じとる。取り返しのつかないような、爆弾が爆発する寸前のような。そんな予感がする。
「えー、では少しその期待の新人に話をお願いしましょう。ケイコ役! 楠千尋くん!!」
爆弾が、爆発した。会場全体に流れる疑問符。数秒の空白の後、一斉に僕を見る。明かりはより一層僕を強く照らす。
ザワつく観客を見ながら、僕は正気に戻った。
あー終わった。終わりましたわ、僕の学校生活が。いろいろあって忘れてたけど、足利先輩は、勝手な人だったわ。
マイクを持ちながら、僕はそんな事を考えていた。
――この舞台の主人公は、間違いなくシュウゴである。演じる足利貴文の力量から見ても納得できる。しかし、もう一人、印象に残った人物はやはりマネージャーのケイコであろう。
でたらめな発声、曲がった姿勢、技術的には特筆すべき点はどこにもないが、彼女、否、彼の恐ろしさはその点ではない。まるでシュウゴの選択を知らないような演技である。台本の読み込みが甘いのか、全く読んでいないのか、それとも読んでいてそんな演技ができるのかはわからないが、大きな成長性を感じさせる。
しかし、女子役を男子がやる必要性は、私は感じない。何か意図があるのだろうか?
(新入生歓迎公演、感想の中より一部抜粋)
あとがき
新入生歓迎公演編は終了です。ここまでお読み頂きありがとうございます。次から部内の掘り下げを少しやって、新章に入ります。
ちなみに、この5話で気づいた人もいるかもしれませんが、各話のサブタイトルは有名、名作の映画や小説、漫画などをもじったものになってます。三年ほど前に大河ドラマでやってましたね。気になったら元ネタを探してみてください。
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