4話 「君に捧ぐ物語」
「それでは、どうぞ演劇部の公演、one day after schoolをお楽しみください!!」」
……どうしよう。いよいよ始まりだ。部屋の明かりが消え、視界が真っ暗になる。怖い。
胸の鼓動が高鳴り、動悸が激しくなる。顔や全身が火を吹くように熱く、嫌な汗が滲み出る。
少し過呼吸気味になってしまっている。まだまだ僕の出番は先のはずなのに、緊張で足や身体に力が入らない。
情けなくも、地面に座り込んでしまった。腰は抜けてないが、立つことができない。
もし失敗したら、というより女装がバレたらどうなるんだろう。昨日までとは劇的に、何かが変わってしまうんじゃないか。それは、もう僕にマトモな学生生活を送らせない事を意味している気がする。
いじり倒されるんだろうか、それとも嘲笑? そういった目で見られる事が怖くて、嫌で、僕は人前に立つ事から逃げてきた。
正直、今回の事は調子に乗っていたんだろう。初めて、頼られてしまったから。今までの利用しようとする頼りなんかじゃなくて、真摯に、自分の力を求められた。それに応えたいって思ってしまった。
……何が自分を変えたいだよ。これで失敗したらどうなるか考えなかったのか。何が簡単な事じゃないだよ。何もわかってなかったくせに。
逃げたい。でも逃げられない。もう劇は始まってしまっている。ここで逃げるのは、今日一日の期待、信頼、全て裏切ってしまうような気がした。
とっくに明かりはつき、劇は始まっていたが、僕は動けないままだった。
舞台では慧先輩演じるサッカー部のユウスケが、同じ部活のシュウゴを探しに図書館に来た所から始まる。初めはシュウゴは奥に引っ込んで姿を現さない。
ユウスケが来るまでシュウゴは、図書館に居る女子達に軽薄な態度で接していた。
観客はその少し情けない姿に笑っていたが、ユウスケがもう一度グラウンドに戻ってから、展開が変わり始める。
シュウゴがなぜ図書館に居たのか。そこに至る心情が話され始めた。
「「俺さ、今じゃこんなもんだけど、サッカーが結構得意だった。小中じゃ凄かったから、高校も推薦で行ったけど、そこでは何も歯が立たなかった」」
「「多分、体格とか成長期の差で勝ってただけで、俺自身は大したことはなかったんだよ」」
「「そこで限界を知って、今までの気持ちが萎えちまった」」
――この心情の流れは、よくある天才と驕った凡人の挫折の発言で、脚本的に光るものは存在しない。
だが、それを観客の情に訴えかけるように感じるのは、ひとえに足利貴文の演技力のなせる技と言っていい。彼自身に大きな挫折があったからこそ、説得力が観客も感じられるのだろうと推測できる。
(新入生歓迎公演、感想の中より一部抜粋)
足利先輩の、シュウゴの言葉が、自分にも届く。先輩は言っていた。「困ったら、俺を見ろ」って。
「「なぁ教えてくれよ、応援してくれる家族にどう言えばいい? こんな俺に憧れちまってる母校の後輩達に、何て言えばいい?」」
年期の差はあるが、シュウゴと今の僕に大差はない。期待されている人間の、誰にも言えない本音。人はそんなにプレッシャーに強い生き物じゃない。
シュウゴは、そんな期待と自信を現実に打ち砕かれてしまった。先輩は僕に、シュウゴという役を通して何かを伝えようとしている。探せ。先輩が言いたいことを。
「「ユウスケは中学校じゃスタメンにもならなかったヤツだった。俺はアイツに上から接した。
だが見ろよ、今じゃ立場は逆転、俺はお荷物。方やユウスケは期待のエース。……どうしてこうなっちまったんだろう」」
ずっと続くシュウゴのセリフ。だが、観客は、誰も飽きずに次のセリフを待っている。シュウゴの後悔が、全ての客を引きつけている。
「「滑稽だろ。アイツは俺なんかに上から接しないんだよ。完璧に負けだ。オレの。そもそも勝ち負けとか考えてるのも、俺だけなんだろうな」」
シュウゴは僕に、未来を見せてるんじゃないか。僕に選択を選ばせている。お前はこの期待をどうする?負けるのか?それとも勝つのか。
「「……じゃあアナタはどうするの?」」
ここで急に、美雪先輩演じるカイが声を掛ける。
「「……あ? 知らねぇよ。何も知らねえヤツが知ったような口利くな」」
「「じゃあ何でアナタは私達に言ったの?」」
「「あ?」」
シュウゴの虚勢に、凛と立ち向かうカイ。
「「誰かに聞いて欲しかったんでしょ? 誰かに言って、楽になりたかったんでしょ」」
シュウゴは静かに聞く。カイは続ける。
「「悲劇のヒロイン気取るなよ。才能で勝てないなら努力しろよ」」
「「……!」」
カイの発言にダメージを受けるシュウゴ。
僕は、先輩がよく見えるように移動した。
カイは僕にとっての足利先輩なんだろう。自分で道を選ばせる。挫折は諦めるための口実でしかなくて、勿論そこはゴールじゃなくて、そこからどうリスタートするのが大事なんだ。
そして、僕はこれからシュウゴに思いを伝える。そこで、自分の「道」をシュウゴに、足利先輩に、この部に見せなければいけない。
そしてそれが、シュウゴに自分の道を選ばせるキッカケになるんだろう。
この告白のシーンの一番大きな意味はそれだと思う。
ただ台本通りに読んだら、全く意味の無い浮いたシーンになるはずだ。
先輩の言ってた、「舞台の進み方を考える」ってこういう事だろ。
なら僕は、シュウゴを揺さぶる。それだけでいい。だけど、告白する感情はそのままにしなきゃいけない。難しいけど、やってやる。
僕は舞台に続く幕の近くへ向かう。いつの間にか歩けている。もう動悸も汗も退いている。身体の火照りは、心地よい。
胸の中にあった恐れは、もうどこかへ霧散していた。
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