3話 「不安の影」

「「センパイのことが……」」


「違うぞ千尋」


「…………」

 あれから数分、僕は足利先輩に演技を見てもらっている。映像を見る段階は終わり、今は映像に寄せに行ってる形だ。だが、なかなかお手本のように上手くいかない。

 まぁ、やってる日数が違いすぎるから当然といえば当然ではあるが。


「いいか、難しく考えるな。セリフの言い方はこの通りやればいい。後は、俺に向けて言ってることを意識するだけだ」


「意識……ですか?」

 耳慣れない言葉に思わず聞き返す。


「そうだな。会話が言葉のキャッチボールってのは聞いた事あるだろ?」

 確かそんな話を聞いたことがある様な……?


「会話はそもそも相手がいないと成り立たないよな?」


「はい」

 そりゃそうだ。1人だったらそれは「独り言」になっちまう。


「演劇でセリフが決められててもそれは同じなワケ。登場人物達にとってセリフは心から出てきた言葉だからな。その意識がまず頭にないといけない」


 なるほど。セリフを相手に向けて言うように意識しなきゃいけないのか。そして、感情も交えると。大変そうだ。


「初心者にありがちなセリフを読んでるだけに聞こえるのは、相手の事を考えてないから起こる訳だ」


「ひとりよがりって事ですか?」


「言い方はあまり感心しないが、大体正解だ。もしかすると、言い方は自分で決めた方がいいかもしれないな」

 どういうことだろう。自分の中って言われても何も思い浮かばないんだが……。


「え? 奈緒先輩のやつに合わせなくていいんですか?」

 当然僕は質問する。どうすればいいかわかんないから。


「そもそも演じる人間の性別が違うからな。台本に対して別の解釈をしてる場合もあるだろう」


「それは先輩方のせいなんじゃ……?」


「……」


「……」


「とにかく、思いつかないなら今回は奈緒のに合わせてみてくれ。俺は着替える」

 そう言って先輩はチャイナドレスを脱ぎにかかった。……逃げたか。


 *


 あれから何度か練習してみたが、全くできる気がしない。どんどん正解がわからなくなり、迷宮入りしてる気がする。


「どうすればいいんだよ……」


 一人で愚痴を零しても意味は無い。もう十分は経っている。急がなければ、本番が始まってしまう。


「あれ? 千尋? どうした?」

 先輩の声が聞こえてくる。丁度良かった。先輩にどうすればいいか聞くことができる。


「あの先輩……ッ!」


 振り向いた僕は言葉を失う。そこにはチャイナドレスの変態ではなく、制服を適度に着崩した運動部の男。シュウゴが居たからだ。ヘアセットも決め、メイクもバッチリだ。


「……」


「ん? どうした千尋? 何かおかしいか?」


「いや……その、すげぇかっこいいなと」


「お前もお世辞を言うようになったな」


「いやでも……」

 そういう僕の言葉を遮るように、先輩はわかったわかったと手を振る。


「それよりお前の方はどうなった?メイクもウィッグもつけてないな」


「あ、客入れ? に入ってる新一年の女子と先輩で何とかするみたいです」

 僕は直前までメイクをしないらしい。メイクしちまったら下手に顔を触れないからそっちの方がありがたいと言えばありがたいけれども。


「というよりその一年女子に代役任せなかったんですか?」


「ん? あぁ、ちょっとな」

 先輩は何か歯切れが悪く答える。怪しい。隠してそうだ。


「まぁお前も制服だし、俺も衣装着てるから1回マジ通しやってみるか」


「通し?」


「あー、時間がないから後で説明する。とにかくセリフと動きを合わせるぞ」


 後で聞いた話では、通しとは台本の流れを一度止めずにやってみる事らしい。「ぶっ通し」と似てると慧先輩は言っていた。

 今回は一シーンの通しだったらしく、六十分の通し稽古では本番さながらの物になるらしい。


「わかりました。いきます」

 息を吸って、僕は自分をケイコに変化させる。


「「シュウゴ先輩……」」


「「なんだケイコか……。どうしたんだ、図書館に来て。何の用だ?」」


 ここで少し溜めてた、映像では。


「「だって私、先輩が最近全然練習に来ないから心配して……」」


「「どうせアイツに言われて来たんだろ。もうほっといてくれ」」


 来た、最後のセリフ……! 噛まずに、落ち着いて。


「「そんなことありません! 私、先輩を本気で心配してるんです!」」


 一度切る、なぜならケイコは、ここで一世一代の告白を行うから。僕自身告白した事はないけれど、覚悟を決めるには少し沈黙が必要になる。

 何より先輩も映像でやってたし。


「「だって私……先輩の事が好きだから……!!」」


 ……。一瞬の静寂。先輩演じるシュウゴは、この後僕に怒鳴って帰らせる。それで僕の出番は終了。短いけれど、シュウゴに揺さぶりをかける役(慧先輩曰く)としてはかなり重要な役目だ。


「「すまない。今日は帰ってくれ」」


「「でも……!」」


「「帰れよ!!」」


「「……」」


 僕は先輩に背を向けて、右手側に帰ってゆく。最後に右手で顔を拭う。ケイコは泣いていなきゃダメだと感じたから。振ると同意のシュウゴの発言が、彼女に与えたダメージは計り知れない。(これも慧先輩曰く)


「OK、まぁこんなもんだろう」


「なんか含みがある言い方ですね」


「俺の妥協点はギリ届いてる。それだけ。あと、腕で隠すのは左手な」


「何でです?」


 先輩は少し息を吐いて、僕に問い直す。


「逆に何でお前は顔を覆わなかった?」


「……口元とか見えないからですか?」


「八割正解。上手かみて、あぁ、客席から見て右側に去るなら右手を使って目を隠すとお客さんに顔が見えなくなるよな?」


 なるほどな、目元以外は演技しなければいけないってことか。それもそれで難しい。


「勉強になります」


「千尋はまだそこまで深く考えなくていいけど、お客さんにどう見えるかは凄く大事だぞ。後は舞台がどう進むか考えながら演じてみろ」


「わかりました。ありがとうございます」


「じゃ、俺は袖に戻っとく。何かあったら近くの先輩に聞け。声出すと舞台に聞こえるから小声でな」


「はい」


 先輩は音を立てないように下手?側へ走っていった。器用だな。


「あ、そうだ千尋」


 足利先輩が急に戻ってきた。音しなかったから驚いた……。


「な、何ですか?」


「お前さ、結構面白い演劇の才能あるかもよ」


 え?

 僕が、才能……?


「どうした?」


「いや、その、えっと……」


 上手く言葉が出てこない。初めて言われた言葉だった。今日初めて会った人だから、いつもの僕を知らなくて、そういう言葉が出てくるのかと思った。


「ありがとう……ございます……」


「それはできれば上演終わってから言って欲しいな。……困ったら俺を見ろよ!」


 いい笑顔で笑い、先輩はグッと親指を立てる仕草をする。

 そして、向こう側へ消えていった。


 僕もセリフを確認しねぇと。


「あ、いましたよ。先輩。あの子ですよね」


「そうねぇ」


 台本を開いたところ、女子二人の声が聞こえてきた。カツラとメイク用のポーチの様なものを持っている。


「あ、あの、よろしく……お願いします。新入生の楠千尋です」


「よろしくね、あたしは雨宮楽乃あめみや らくの。あなたと同じ一年生」


 長いポニーテールの女子が言う。話し方から、少し勝気そうなのが伝わってくる。


 ……まずいな、名前からして、多分同じクラスの女子だ。雨宮と楠だから席は直列で離れているけれど、気づいてないとも言いきれない。困ったぞ。


「私は山川愛衣やまかわ あい。二年生で主にメイクと音響のスタッフワークを中心にやってるわ」


 こちらは少しおっとりとした印象。優しそうだ。セミロングの髪が、歩くとゆらゆら揺れている。


「よろしくお願いします」


「じゃ、さっそくやっていくわね。千尋ちゃん」


 一瞬顔が引き攣るが、すぐに戻す。足利先輩……さては僕が女装してると言ってないな。

 女子二人によって、僕にメイクが施されていく。鏡を持っていてと言われてたので、女子二人が向けて欲しい角度に向ける事しかしていない。

 見る見るうちに綺麗になっていく僕。これは、どんな気持ちでいればいいんだろう?喜んでいいものか。


「ねぇ千尋ちゃん」


「は、はいぃ!?」

 メイクも確認作業に入ったところ、急に声を掛けられて裏返ってしまった。恥ずかしい。


「千尋ちゃんって経験者?」


「え?」

 経験者ってなんの事だろう? 俳優のか?そんなものあるわけない。あったら僕はこんな格好していない。


「い、いや、ないよ」


「……そう」

 少し雨宮さんが怖い顔をした気がする。雨宮さん、経験者なんだろうか。


「雨宮さん、もしかして経験者?」


「! ……そうよ、経験者。児童劇団やってたの」


 ……。沈黙が続く。やっぱり女子と会話するのは慣れない。今ならまだ許されるか?本当は女装だと言ってしまおうか。


「悔しいけど、今回は私じゃできなかった。だけど、千尋ちゃん。あなたに負けない。まだ勝負は始まったばかりだから」


 そう言って先輩と雨宮さんは去っていった。雨宮さん、先輩にライバル出現ねぇ、と茶化されていたけれど、僕にはあの目に凄みを感じてしまった。

 ……どうしよう。余計言い出しづらくなってしまった。多分、怒るだろうな……。


「「それでは、どうぞ演劇部の公演、One day after schoolを、お楽しみください!!」」


 美雪先輩の、よく通る声が消え、代わりに拍手が聞こえる。いよいよ舞台が始まる。

 僕は、自分の身体が震えているのを感じてしまった。これで、何とか、なるのか……?


 震えはどんどん大きくなってゆく。今まで感じたことの無い、それでいてどこか覚えのある何かかが、僕の胸に芽生えた。





 あとがき


 劇中劇のセリフは、「」を二つつけることで視覚的な差別化をしてます。「」二つが劇中劇以外で出てきたら、キャラクターはかっこつけてると思っていただければ。

 ?チャイナ先輩にしか使われない?さぁ、どうなるんでしょうか?

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