第6話

「ああ、この部屋だったか」

 地球人の目にも憂鬱な通信が終わると、時機をうかがっていたかのようにだれかが教室にやってきた。チイパッパは技術部門の研究員が来てくれたと思い、笑みを浮かべて迎えようとした。とこらが、やってきたのは新手の地球人であったためにその笑みは直ちに凍りつくこととなった。

「や、室長、わざわざすみません。えっ、市長もいらっしゃったんですか。お手数いただきありがとうございます」

「いやいやいや、ちょうど暇してたもんだからね。それに、羽島君、きみが早退するなんて珍しいからそれが気になってたこともあるし」

「やーもう、なんかいろいろすみません」

 現れたのはマヤの父の上司と市長だった。マヤの父は地元の役場に勤めていて部署は地域振興開発室で、上司はそこの室長であった。

 マヤの父は悪いやつがこのあたりにやってくることに備えて、周辺住民に対して自宅から出ないように防災無線で伝えようかと思っていた。防災無線での放送は所定の手続きがあるが、緊急時であれば職員独自の判断で実行することができた。

 彼は心のどこかでは怪しい宇宙人がいうほどのことは起きないのではないかと疑っているところもあったが、先ほどのチイパッパの鬼気迫るやりとりを目の当たりにして考えを改めたのである。

 したがって、マヤの父は消防署に連絡して「このへんの地域にこういう内容の放送を流して欲しい」と依頼することにしていた。それを実行する前に、お伺いというわけでもないのだが一応は室長にショートメールで事態を簡素に伝えておいた。就業時間は過ぎているし、返事がなくても事を進めるつもりでいた。

 一方そのとき、室長は市民文化センターにいた。役場の職員らで運営されている囲碁将棋クラブで、市長を相手にのんびりした碁を打っていた。世間話や相談事に口を動かしてばかりで、お互い、いっこうに手が進まないでいた。そのさなか、室長の携帯電話にマヤの父からショートメールが入り、「こっちの方がおもしろそうじゃないですか」ということで、室長と市長はのこのこ日真小学校くんだりまでやってきたのだった。

 室長は野次馬根性にあふれる人間で、市長は反応力とか行動力とかなんかそういうモットーを標榜して選挙に当選して、それらがうまいこと噛み合ったゆえの来訪だった。

「わあわあ、市長じゃないですか。ご無沙汰しております。おととしですかね、うちの卒業式にお越しいただいたのは」

「そそそ。自分でいうのもなんですがね、悪くはない式辞だったんじゃないかと思ってますよ」

「おっしゃるとおりで」

 校長先生と市長が愛想笑いしながら握手を交わした。一ノ瀬先生も山本先生も室長もマヤの父もマヤの母も愛想笑いを浮かべてそれを見守っていた。トシユキら男子児童はだいたいアホ面を浮かべていた。

 チイパッパは苦虫をつぶしたようなまずい顔を浮かべていた。また知らんやつが増えたことを嘆き、自分の運の悪さに煩悶していた。孤独な宇宙人のうちなる苦悩にこの場の人間はだれも気づかないでいた。

 マヤの父は室長らとごにょごにょ話し合って放送内容の文言なんかを紙に書き出して推敲していた。

「そこは『ご自宅』って表現の方がいいんじゃないかな」

「ははあ、なるほどですね」

 チイパッパはそんなこたどっちだっていいじゃねえかと腹の中で毒づいていた。なぜこいつらは人類という種の危機を前にしてひとの話を聞かず約束も守らず悠長に普段どおり振る舞っていやがるんだと腹を立てていた。そして結局、地球人というのは我々ハニョホニャラ星人と比べて著しく程度が低いのだと自分にいいきかせて、なんとか精神の平静を保とうと努力した。


「おう、チイパッパのやつはいるか。しりぬぐいに来てやったぞ。ありがたく思え」

 チイパッパの精神状態がいよいよ限界か、というタイミングで、技術部門の研究員が姿を現してくれた。その研究員とは納会で二三度ぐらい席が近くになって、当たり障りのない会話をしたことがある程度の関係だった。歳はチイパッパより少しばかり上で、ギンギラギンという名前だったはずだ。しかしそれでもいまのチイパッパの心は十分いやされた。この果てなき宇宙で、自分は決して独りではないのだとなぐさめられた。

 固唾を飲んで見守る地球人の視線などまるで意に介さず、ギンギラギンは周囲を軽く見渡すと、「ありゃあ、いいのかい」と人間たちの群れに向かってあごをしゃくった。ギンギラギンは魔法少女プロジェクトの細かな段取りまでは頭に入れていなかったが、こんなに大勢の部外者に知られてよかったものだろうかといぶかしんだ。

「まあその、いろいろのっぴきならない事情がありまして……」

 チイパッパは弱々しい口調で申し開きをした。ギンギラギンは「ふうん」とさして興味のない反応であった。

 研究員は二人組で、ギンギラギンと、あとひとり、チイパッパの知らない顔のやつがいた。社で顔を見たことがあるような気もするし、ないような気もした。共同研究をしている出入りの外部の研究員か何かのようにも思えたし、ギンギラギンの秘書か愛人だといわれても納得できそうだった。よく知らないやつはあいさつはおろか、チイパッパに一瞥もよこさなかった。ギンギラギンに小声で何事かささやいて、さっさと魔法少女装備の改修作業に取り掛かった。

「なあ、チイパッパ。お前さんにぐちったところでどうにもならんのだが、魔法少女装備の調整てのはめんどくせえ作業なのだ」

「はあ、すみません……。この借りはどこかで埋め合わせさせていただきますんで、ホントすみません」

 ギンギラギンと知らないやつは、てきぱきと魔法少女装備にセンサのたぐいを取りつけると、ブツブツつぶやきながら計算機端末を操作し始めた。研究員らは自らの技術と才能を遺憾なく発揮して、魔法少女の解を探し始めた。

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マヤはいい子、魔法少女 @con

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