第1話 身近な達人

 時刻は夜19時過ぎ。

 客足がぼちぼち落ち着き始め、店内は仕事終わりのサラリーマンが何人かくつろいでる程度だ。

 俺は一息つき煙草に火を点け、腰を下ろして新聞を読み始めた。

「ふぅー……」


 今は夏真っ只中……。冷房が効いているのにも関わらず汗が頬を伝る。今年は例年に比べてやけに暑いな。地球が発情でもしてんのか? 笑えねぇ。

恵真えま、食器洗い終わったらもう少し冷房強くしてくれ」

 俺は隣で作業をしている金髪ショートヘアに向かって言った。

「あ、はい! わかりました!」

 彼女はうちで働き始めて3ヶ月のアルバイト、美波みなみ恵真えま。少々どんくさいところもあるが、20歳にしては真面目に仕事をしてくれとても助かっている。まぁ俺と1年しか変わらないんだけど……。耳もピアスだらけで面接の時は面白半分で雇ったが、想像以上の働きっぷりだ。

 これが噂に聞く社会人デビューってやつか……?

 そろそろ社員雇用の話でもしてみようかな。


 ガッシャーーーン!!

 ん!?

 俺は椅子から飛び上がりでかい音がした方へ目を向けると、そこには片手に布巾を持った恵真が1番驚いた顔をして立っている。どうやら片付け中のコーヒーカップを落としてしまったようだ……、本日2つ目の。

「ご、ごめんなさい大輔さぁん!! 今日だけでカップ2つも割ってしまいましたぁ!!」

 知ってる。残念ながら。

「今すぐ片付けます!!」

 そう言うとしゃがんで割れたカップの掃除を始めた。

「いや俺やるよ。指怪我しちゃうから恵真はカウンターで休んでていいよ」

「いやいや私が掃除します! 私が割ったんで……、イタッ!」

「ほら言わんこっちゃない。早く消毒して手当しろ」

 恵真は涙目でうつむいている。責任を感じているのか、指が痛くて泣いているのかはわからん。

「はい……、ごめんなさい……」

 と、こんな感じで根は真面目なんだがドジの塊みたいな奴。そのうちこの店からコーヒーカップがなくなってしまうのではないだろうか。それはちょっと勘弁してほしい。

 俺はカップの破片をビニール袋に入れながら自分の指を手当する恵真の手が目に入った。……こいつの指、絆創膏だらけだな。

 ……はっ!? こ、こいつ俺がいない時にも割りまくっているというのか!? このままではカップの入荷をする俺とカップを割りまくる恵真で戦争が始まってしまう! くそっ! どうしろっていうんだ!

 ……てのは冗談で。

「大丈夫か? 今日はもう客も少ないし早めに上がっていいぞ」

「えっ!? あ、そうですよね……1日に2つも食器を割る女なんて必要ないですよね。短い間でしたがありがとうございました……」

 カップを落とした時以上の驚きの表情を見せ立ち上がった。

 いやその傷確実に2つ以上割ってるよね、とはもちろん言えない。

「そうじゃねぇよ。その傷で仕事してたらいつまで経っても治んねぇだろ? 少しでも早く治せよ。 明日からの作業にも響くだろうし」

 正直その手で続行されたら二次災害が鮮明に見える。

「だ、大輔さん……!! ありがとうございます!!」

 目から涙を滝のように吹き出しながら抱き着いてきた。

 っ!? ……おいおいまじか。客が何人かこちら見てクスクス笑っている。勘弁してく、あおっぱい柔らか。


 カランカラン

 と、その時入口のベルが乱暴に鳴り響いた。

 入ってきたのは高校生くらいの男女5人程。大きな声で雑談しながら彼らは奥の方のテーブル席に座った。

「おい! 客が来たらさっさと水くらい出せよ!」

 まだ学生のクセに酒を飲んでいるのか俺が何百メートルも先にいるような声量で叫びだした。他の客も何人かめんどくさそうな顔をしている。てか居酒屋行ってから喫茶店来るってどういうこと? ママにどういう教育受けて来たの?

 おい、と言おうとした直前に今まで俺の胸で泣いていた恵真が突然馬鹿どもの方に振り向き怒鳴りだした。

「おいてめぇら!! 大輔さんに向かってなんて口の利き方してんだよ!! 順番にこっち来いよ。全員半殺しにしてやる!」

 ええこわっ。どうした急にこいつ。キレると口悪くなるタイプなの? 普段から喧嘩してるタイプなの? 戦えるタイプなの?

「はぁ……? なんだよそれ、お前客に向かってどういう態度とってんだよ……? 舐めてっと殺すよ?」

 5人グループのリーダーっぽい奴が怒りで顔を真っ赤にしながらそう答えた。

 すると今までカウンター席で静かに本を読みながらくつろいでいた50代くらいの客が口を開いた。

「マスター。私はね、仕事を終えてこの店でコーヒーを飲むのが大好きなんだ。本当に至福のひと時だよ。いつもおいしいコーヒーをありがとう。……でもね、今日はあの子たちに唯一の楽しみを奪われた。マスター、『注文』……いいかな? 後は言わなくてもわかりますよね?」

 この人、喋り方はとても穏やかなのに目が笑ってない。

「……、毎度あり」

 俺は『注文』を受け、微笑しながら目の前の客におかわりのコーヒーを淹れた。

 ポットを静かに置き、俺は奴らに初めて口を開いた。

「お前等全員表出ろ」

 奴らは全員一瞬体がこわばり(恵真も)、対象を恵真から俺へと変えた。 

「てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ……?」


 『注文』。それはこの店独自の隠語だ。普通に「注文いいですかー?」と言う客ももちろんいるが、便利屋目的で来店した客は目を見ればわかる。事態が深刻な場合のみに限るがな。

 実は便利屋のサービスは堂々と行っている訳ではないのだ。何人かの客からSNSなどを通じて広まったのだろう。なので面白がって言ってくる客も少なくない。ただ店の商品を注文するだけでいいから気軽にできるのだろう。でも俺はそれでいい。


 不良共と俺は外に出て、細い路地を通り店の裏へと回った。ちなみに恵真もぷんすか怒りながら俺の後をついてきている。

「大輔さん! こいつら私にやらせてくださいよ! 2秒で終わらせて私のマスターに雑言を浴びせた事を永遠に後悔させてやる!」

 まじかよすげぇな。てかこいつ喧嘩慣れてるな、やはり見た目は裏切らなかったか……。じゃあ俺はベンチに座って少し様子を見ますか。あとあなたのマスターではないです。

 と、怒りが限界に達したのか不良リーダーが恵真の顔面を狙い拳を振り上げた。

 恵真は挑発していたため僅かに反応が遅れた……、と思っていたが即座に構え不良リーダーの拳を右腕で弾いた。

「は……?」

 へぇ……空手か、しかもかなりの腕だ。少なくとも段以上であることは確かだ。

 そのまま相手の体を右足で空中へ蹴り飛ばし、自分もジャンプして顔面に踵落としをお見舞いした。

 不良リーダーの頭が地面に食い込み鈍い音を上げた。

 筋力も人並み以上か。

「どうですか大輔さん! やりました! 仇取りましたよ!」

「お前やべーな」

 残りの不良グループは息をのみながら後退りした。女の1人は腰が抜けたのか四つん這いになりながら逃げていき、もう1人はしゃがみ込んでいる。

「なんだよこいつ……!!」

 恵真はこちらに勝利の笑みを向けているが、その後ろで不良グループの1人がポケットからナイフを取り出し、声を荒げダッシュして恵真の背中に向かって突き立てた。

「え」


「おいおい、女の子に刃物は御法度だろ? しまえよ」

 俺はそいつの手首を握り絞め、恵真とナイフの距離僅か1センチでギリギリ止めた。

 恵真はゆっくりこちらに振り向き恐怖の表情を浮かべているが言葉は出てこない。

 俺はさらに相手の手首を強く握り絞めた。すると「ゴキッ」と、関節の外れる音がした。

「ぎゃああああああ!!」

「あ、すまん。でもそーゆーことするからだろ?」

 痛そうなのでゆっくり手を離した。しゃがみ込んでいた女も、隣で見ていた残りの不良も、関節ぶらぶら野郎も一目散に逃げて行った。

 はぁー……、結局逃げるんなら最初から辞めておけばいいのに。あ、ポケットから100円落ちた、あとで貰おう。

「だ、大輔さん……」

 すると今まで黙っていた恵真がめちゃ驚いた顔をしつつ、震えた声でこう言った。

「なんか近接格闘やってたんすか……?」

 いや驚いたのはこっちなんだけどな。暴言から喧嘩慣れしているとは思ったが正直ここまでとは。

「んー……ヒミツ!」

「えーー!! なんでですか! 教えてくださいよ」

 恵真はじたばたしながら子供の様に駄々をこねた。

「そんな事よりこいつどうするよ?」

「はい?」

 俺は足元を見て、恵真が一撃で仕留めた完全に伸びてる不良リーダーを指差した。

「あ、忘れてた」


 この後、このクソ野郎を2人で抱えて近くの交番へ届けた。

 最悪だ、結局自営業でも残業じゃねーか!!

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ようこそ便利屋喫茶店へ くろらべる。 @Kurolavel

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