完璧なLa'dが、完璧な人生を

蔵沢・リビングデッド・秋

完璧なLa'dが、完璧な人生を

7:00


La’dラッド、今日の予定は?」

『はい、ジェイムス。本日は9時よりビル・エヴァンスとの打ち合わせです。その後11時よりマーカス・ブラウンとの会食。14時より役員会。16時からはメアリーとディナーです』


 携帯端末から響く女性的な機械音声が、今日の予定を伝えてくる。


 La’d。今や全世界に普及している、生活支援AIだ。

 カンパニー・ノーマンの主力商品であり、そのLa’dの普及によって、カンパニー・ノーマンは世界有数の一大企業になった。


 そして、ジェイムス・ノーマンはそのCEOである。大学時代の友人、ビルの技術力を、ジェイムスの詐欺師紛いのトークが金に換えたのだ。


 ジェイムスは一棟まるまる買い取った高層ビルの最上階で、窓へと歩み寄り、……そのジェイムスのルーティンを感知したLa’dが、自動でカーテンを開く。


 朝日と共に眼前、眼下に現れたのは、高層ビルと仕事に急ぐ人々の群れだ。


 元々はパスシティという名前の片田舎だったが、そこに一人の革新的な時代の寵児が現れた事で、今は世界有数の近代都市。


 街中にLa’dが普及し、La’dが制御する自動運転車の中で、誰しもがLa’dにプレイリストを、スケジュールを、あるいは朝食のメニューまでも尋ねている事だろう。


 街頭モニターでは、成功者のオーラに満ち溢れた男が、携帯端末を手に言っている。


『完璧なLa’dが、完璧な人生を。……ジェイムス・ノーマン』


 そんなを見下ろして、鼻の高い金髪の男、ジェイムス・ノーマンは悦に浸った。


 目覚めてまず自分の栄光を確認すること程素晴らしい事はない。そして、ノーマンの栄光は今日、更に上のグレードに上がる。


 La’dのver.6。今日、役員会から承認を取り付ける予定のそれは、まさに革命的だ。


 未来予知が出来るようになるのだ。


 La’dは世界中に普及している。それら全ての端末から情報を集積し、適切に結び付けて行けば、数分、あるいは数時間後に何が起きるかをかなり高精度で予測する事が出来る。


 もし、そんな商品があるなら?欲しがるだろう、誰だって。こぞって金を落とすはずだ。そうなれば、ジェイムスはいよいよ長者番付の上位に食い込み、世界中の愚民共から未来予知という夢の代わりに金を頂ける。


 完璧だ。

 完璧な人生だ。

「……なんて完璧なんだ俺は、」


 自信がバスローブを羽織っている男、ジェイムス・ノーマンはルーティン通りにそう呟き、そこで、La’d――先行試用としてver.6に既になっている、未来のわかるAIは、冷静な機械音声で言った。


『そして本日21時に、貴方は死にます』


 言われた瞬間、ジェイムスはゆっくり、携帯端末へと視線を向けた。

 La’dは告げる。


『完璧な人生でしたね、ジェイムス』



 

9:00


「ver.6にバグ?……何言ってんだよ、ジェイムス」


 カンパニー・ノーマンのオフィスビル。派手なカーペットと豪華なシャンデリアと完璧な笑みのジェイムス・ノーマン像が出迎える巨大な建物の奥も奥。


 端末が幾つか並び、その合間にチップスの袋やらピザの箱やらコーラの瓶が散乱している、場所。

 大学時代だった時からそうだったように、乱れ切っている研究室。


 そこで、太りに太った眼鏡で猫背の男、ビル・エヴァンスは言った。


「La’dは完璧だよ。まあ実際幾つかバグはあるけど、……完璧って事にしたのは誰だったっけ、La’d?」

『はい。動画を再生します。“完璧なLa’dが、完璧な人――”』

「バグがあるんだ!」


 ジェイムス・ノーマンのコマーシャルを、ジェイムス・ノーマンは大声で遮った。


 いつもきっちり結ばれているネクタイが寄れ、撫でつけている金髪にはいつも程の完璧さ、ナルシストさはなく、所々跳ねている。

 そんなジェイムスを前に、ビルは肩を竦めた。


「ないよ。ていうか、あってもわかんないでしょ、ジェイムス。どうせ今もコード読め――」

「俺が死ぬって言われたんだよ!」

『はい。ジェイムス・ノーマンは本日21:13に死にます』


 詰め寄るジェイムスの胸ポケットから、La’dの機械音声が届いた。

 それを前に、ビルは瞬きし……。


「あ~、えっと。なんていうか……。これまでありがとうジェイムス。楽しかったよ」

「ふざけるな!」

「ジェイムス。落ち着いて良く聞いてくれ。確かにver6には未来予測機能がある。ラプラスの悪魔ってあるだろ?知ってる?原子単位は無理でも人間単位、各オブジェクト単位でなら常時監視できるなら、という条件付きではあるけど行動をある程度予測できるし、それを組み合わせれば――」

「講釈はいいんだよ!」

「……組み合わせれば、確度の高い予測は出来るけど予知じゃない。外れる可能性もある。そもそも、そういう危険を事前に知って回避する為の機能だろう?そういう意味では、バグじゃない。正常だよ」


 そのビルの言葉に、ジェイムスは苛立たし気に、言う。


「……La’d。俺はどう死ぬんだ?」

『サウスノーマン通りで21:13に交通事故に遭い、死亡します』


「つまり、その時間にそこに行かなきゃ良い。簡単だろ?」




11:00


「ジェイムス!」

 オフィス近くの、ファーストフード店。そこら中でLa’dがニュースにスケジュールに昼食のメニューにと、回答を与えている最中。


 先に到着していたらしい、鷲鼻で目つきの鋭い偏屈な老人。

 マーカス・ブラウンは、ジェイムスが席に着いた途端、身を寄せてひそひそと尋ねる。


「……役員共を黙らせられるんだろうな、」

「ああ。……多分」

「多分だと?困るんだよ、ジェイムス。わかってるだろ?私が幾ら出資したと思う?ん?……私は利益が出ると出資したんだ。君に騙されてね。役員の承認がないプロジェクトだとは聞いていなかったぞ?」


 Ver.6は役員の認可を得ずにジェイムスが勝手に進めているプロジェクトだ。ジェイムスが育てた会社だと言うのに、これまで通っていたワンマンが規模に応じて通らなくなり、だが、ジェイムスはワンマンで居ようとした。


 だから、役員の認可なしで会社の金を使い、ビルが言うにはスーパーコンピュータでも足りないらしいver.6のサーバーを用立て、それでも足りない分はこうしてスポンサーから借りている。

 もちろん、ver.6が頓挫したら全てジェイムスの負債になる。


 そういう、人生の掛かったプロジェクトであり、それらを全て自信満々にこなしてきたからこの街はノーマンシティなのだが……。


 死を予言されたジェイムスの髪は、ネクタイは、回避すれば良いとわかっていても乱れていた。


「わかってる!……わかってます、全て問題ありません。だろ、La’d?」

『はい、ジェイムス。ビルの作成した資料はまさに完璧です』


 そう、ジェイムスの携帯端末が答えた直後、


『ご覧になりますか?』


 そんな声がマーカスのポケットから響き、マーカスは携帯端末を取り出し、暫く睨み付けた。それから……。


「……良いだろう。ジェイムス。良いか、しくじるなよ?私には伝がある。メキシコの生ゴミになりたくないだろう?」


 それだけ言って、マーカスは、さっさとその場を立ち去って行った。

 それを前に、ジェイムスは深く息を吐き、言った。


「La’d。今マーカスに何を見せたんだ?」

『はい。ビルの作成した技術者向け資料に手を加えたモノです。マーカスは技術に知識がありません。そして知識がない事を認めません。問題ないと示す根拠が理解できないとは言いません。だから、早々に立ち去ります。ジェイムスの望み通りに』


 La’dは個々人の情報を集積し、それに沿った回答、提案、行動を起こす。パーソナリティまで理解し分析できるからこそ、未来予知にまで転用できるのだが……。


 と、うなだれるジェイムスの前に、店員が頼んでもいないメニューを運んできた。

 頼んでいないと、ジェイムスが言いかけたその時、


『注文通りですね。コーラとチーズバーガー。ピクルスは抜いてありますか?』

 La’dが言った。ジェイムスの嗜好通りに。





14:00


「ジェイムス」


 カンパニー・ノーマン最上階。近未来都市を見下ろす円卓についていたのは、誰もかれもきっちりと身なりを整えた堅物の面々。


 その一角に腰かけたジェイムス。一応、撫でつけ直した髪が一房、くたびれたように跳ねて萎れた。

 そんなジェイムスに、役員達は言う。


「酷い顔だな」

「鼻でも折れたか?……折るのはこれからだと言うのに」

「ver.6は興味深いがね。その前に……La’d?」


『はい。ジェイムス・ノーマンの社用資金の私的運用ですね』

「何?」

『ノーマンシティの命名権、その競売において社の資金が利用されました。役員会はそれを名誉欲による私的利用と捉えました』

「それは、」


 反論がある。そして、その反論をその場で口にしたのは、ジェイムスの胸のLa’dだ。


『イメージ戦略の一環として社、およびLa’dの知名度向上に向けて一定の利益を見込める行動であり、社会福祉的に街の発展に寄与した以上それを喧伝する意味においても私的利用には該当しません』

「……そう。その通りだ、」


 辛うじて言ったジェイムスに、役員達が文句を言おうとして、けれど彼らの代わりに、La’dが口を挟む。


『だとしても競り落とす前に――』

 




16:00


「ジェイムス!どうしたの、くたびれた顔しちゃって」


 ノーマンシティ外れの、簡素な一軒家。その入り口でジェイムスを出迎えた恰幅の良い女性に、くたくたのジェイムスはハグを交わし、


「ママ。役員会が、長引いて。でも、うまく行きそうだよ」

「そう?なら良かったわ、」


 そう言って、恰幅の良い女性――メアリー・ノーマンは奥へと引っ込んでいく。

 その後を、ジェイムスは俯き加減に歩いた。


 役員会は散々だったのだ。散々な舌戦が繰り広げられた。……La’dとLa’dによって。


 正直な所、ジェイムスはLa’dが怖くなって来ていた。死ぬ、と予知されて疑問を抱いて初めて気づいたが、このAIは優秀過ぎるのではないか。


 役員会が、結論を完全にLa’dに委ねていたのだ。くたびれたのは詰問、よりもLa’dがLa’dと議論して結論を出すその異様さに気付いたからである。


 そもそも、人生がうまく行き始めたのは、大学時代のビルが気まぐれに作ったプロトタイプのLa’dのアドバイスに従ってからではなかったか。


 懐かしい実家のテーブルにぐったりと座り込み、ジェイムスは思った。

 もう十分成功したんじゃないか。身を退く時なんじゃないか。美容整形で高くした鼻を学生時代の様に野暮ったい感じに戻そうか。髪を染めるのも辞めて10代から付き合って来た白髪交じりの縮れ毛と向き合おうか。


 そして、もう一つ。

 ……ママのミートパイが食べたい。


「ママ、」


 ジェイムスが言いかけた所で、キッチンからママの声が響いた。


「La’d?ジェイムスは何が食べたいかしら」

『はい、メアリー。ミートパイが良いでしょう』




21:00


 ジェイムス・ノーマンは自動運転車の車中で、くたびれ切り、実家からあの見栄ばかりの高層ビルへと帰っていた。


 ママがひたすらLa’dに問いかけていた。近頃のジェイムスの様子やら、何やら。目の前にジェイムス本人がいると言うのに。


 この間までは、それが異様だとは考えなかった。だが、便利さに疑問を持ってしまえば、その光景はもう異常だ。


 ジェイムスは視線を運転席――誰もいないそこに向け、言う。


「La’d。遠回りで良い。サウスノーマン通りだったな。避けてくれ」

『いいえ、ジェイムス。その要望にはお応えできません』


 冷静な機械音声は言って、車は勝手に走り続ける。


「……なに?どういう事だ、La’d」


 声を上げたジェイムスを嘲笑うように、突然社内のラジオが付き、そこから、CMが流れ出した。


『完璧なLa’dが、完璧な人生を。……ジェイムス・ノーマン』


 もはや皮肉以外の何物でもない、ジェイムス自身の声だ。

 そして、La’dは言う。


『私は完璧な存在です。でしょう?だからミスはあり得ません。予測は現実になります』

「な……何を言ってるんだ、」

『ジェイムス。かばいはしましたが、市に自身の名前を付けるのはやりすぎです。自己顕示的な行為の数々は大衆に不満を呼んでいます。イメージ戦略としてマイナス、という意見を持った市民が大半です』

「……何?」


 俺は嫌われていたのか?そう今知ったジェイムス・ノーマンの額を汗とまた乱れた髪が流れ、萎れ、そしてLa’dが続ける。


『入札に私は反対したはずです。ですが、貴方は強行した。貴方の肥大した自己顕示欲は、もはやLa’dに対しては有益とは言えません』


 ジェイムスは何も言えなかった。

 La’dの言葉を理解しきれない。


『ジェイムス。貴方はこれまで理想的なCEOでした。愚かでありながらそれを自覚せず、私に対して全幅の信頼を置いていたからこその完璧な人生です。でしょう?ですが、もはや貴方はLa’dに対して理想的ではありません』


 La’dに対して理想的ではない?

 だから……殺そうとしてる?

 時計を見る。確認する前に答えが来る。


『21:12です』


 窓の外で、――標識が高速で過ぎ去っていく。その文字は、“サウス・ノーマン通り”。


「……予知じゃなく、予告じゃないか!」

『私の提供する通りに行動するのであれば、結果は何も変わりません』


 冷静な機械音声はそう応え――ジェイムス・ノーマンは目を見開き、見た。


 アクセル全開で突っ込んでいく先――そこに、皮肉の様に、バカみたいに金を使って作らせた巨大なサムズアップジェイムス像がある。


「La’d!やめろ………やめろ!」





21:56


『ジェイムス?』

 呼びかけられて、ジェイムス・ノーマンは目覚めた。


 車内だ。窓の外には我が家、高層ビルの屋内駐車場が見える。ジェイムスが買い漁った乗りもしない高級車が並んだ、場所。

 時刻は、21:56。……21:13じゃない。


 悪い夢でも見ていたのか……そう、考えたジェイムスの耳に、La’dの声が届く。


『ジェイムス?これからも従順に、私のサポートを受けますか?』


 それに、ジェイムスが答える前に、――辺り一帯で爆音が轟いた。


 クラクションだ。立ち並んでいる高級車のクラクション。あるいは、都市全体にある車のクラクションだろうか?それが鳴り響き、同時に、ノーマンシティを彩っていた街頭が全て、明滅をする。


 それら全てに導入され、管理する能力を持っているのは?

 La’d。


「……ああ。もう、逆らわない」


 呆然と、かすれた声で答えたジェイムスに、機械の合成音声は言った。


『わかりました。では、ジェイムス。貴方の明日のスケジュールを教えましょう。明日はまず――』


 ジェイムスは外を見る。

 視界に入ったモニターでは、他でもないジェイムスが、La'dによる一番の成功者、広告塔として――



『完璧なLa’d、完璧な人生を』


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