空白行の使い方

 紙に印刷された小説とWEB小説というのは書き方に違いがあります。カクヨムはWEB小説ですから、WEB小説に合わせたフォーマットで書くべきだと思います。紙の小説とWEB小説の一番の違いは空白行ですね。WEB小説は空白行を適度に入れたほうが読みやすくなります。


 まずは紙の小説のフォーマットですが、場面転換や時間経過以外では、空白行を入れないのが一般的ですね。以下のような感じです。


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 KKノンフィクション小説大賞。午後二時からり行なわれている授賞式の壇上に、水瀬基行みなせもとゆきは車椅子であがっていた。

 水瀬は鳴かず飛ばずのまま三十代後半を迎えた三流作家だ。また、MYノンフィクション小説大賞も、ほぼ無名の小さな文芸コンクールにすぎない。にもかかわらず、駆けつけたマスコミ関係者の人数は百を超える。本のタイトルにもなったノーカラーが、世間に浸透して注目も浴びているからだろう。

 授賞式の進行役を担っているのは二十代半ばと思われる女性だった。女性はスタンドマイクの前に立ち、水瀬の作品を紹介している。

「水瀬先生の書く作品の特徴はやはりその文体ではないでしょうか。研ぎ澄まされた美しさがあります。しかし、今回大賞を受賞された作品の最たる特徴は文体ではありません。みなさんもご存じかと思いますが、前編だけで物語を終結しているところです」

 水瀬はその饒舌じょうぜつな書評をどこか他人事のように聞いていた。一花いちかとの暮らしをありのままにつづった『ノーカラー前編』。大賞に選ばれたという実感がいまいち湧かないのだ。

「かつて前編だけの作品が大賞を受賞したことは一度もありません。しかし、水瀬先生はそれをなし遂げました。私としてもとても嬉しく思います」

 ぼんやりと聞いていた水瀬は、ん? と思って女性に目をやった。

 今の「私としても」という言いまわしは人間だとすると不自然だ。背の高いスラリとした女性。勝手にそうとばかり思いこんでいたが、もしや人間ではなくヒューマノイドだろうか。

 こんな疑問を抱けるようになったのも、ノーカラーが浸透したおかげにほかならない。いや、正解には一花のおかげだ。

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 紙の小説だとこのほうが読みやすいのですが、WEB小説だと文字が詰まりすぎて読みにくいです。この文字が詰まり具合は、公開した小説を読んでもらえるか読まれないかにかなり影響するはずです。文字がぎっちり詰まっている作品というのは、WEB小説界では嫌われる傾向にあります。


 前述の例文は改行が入っているからまだ読めますが、改行すらも入っていないという作品をときどき見かけます。申しわけないなあとは思うのですが、そういった作品は内容の良し悪し以前に、読む意欲がわかずにブラウザバックしてしまいます。紙の小説だと文字が詰まっていても、普通に読めるんですけどね。


 とにかく、WEB小説では文字の詰めすぎは思いのほかイヤがられます。そこで空白行を適度に挟むのが主流になっています。以下のような感じですね。


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 KKノンフィクション小説大賞。午後二時からり行なわれている授賞式の壇上に、水瀬基行みなせもとゆきは車椅子であがっていた。


 水瀬は鳴かず飛ばずのまま三十代後半を迎えた三流作家だ。また、MYノンフィクション小説大賞も、ほぼ無名の小さな文芸コンクールにすぎない。にもかかわらず、駆けつけたマスコミ関係者の人数は百を超える。本のタイトルにもなったノーカラーが、世間に浸透して注目も浴びているからだろう。


 授賞式の進行役を担っているのは二十代半ばと思われる女性だった。女性はスタンドマイクの前に立ち、水瀬の作品を紹介している。


「水瀬先生の書く作品の特徴はやはりその文体ではないでしょうか。研ぎ澄まされた美しさがあります。しかし、今回大賞を受賞された作品の最たる特徴は文体ではありません。みなさんもご存じかと思いますが、前編だけで物語を終結しているところです」


 水瀬はその饒舌じょうぜつな書評をどこか他人事のように聞いていた。一花いちかとの暮らしをありのままにつづった『ノーカラー前編』。大賞に選ばれたという実感がいまいち湧かないのだ。


「かつて前編だけの作品が大賞を受賞したことは一度もありません。しかし、水瀬先生はそれをなし遂げました。私としてもとても嬉しく思います」


 ぼんやりと聞いていた水瀬は、ん? と思って女性に目をやった。


 今の「私としても」という言いまわしは人間だとすると不自然だ。背の高いスラリとした女性。勝手にそうとばかり思いこんでいたが、もしや人間ではなくヒューマノイドだろうか。


 こんな疑問を抱けるようになったのも、ノーカラーが浸透したおかげにほかならない。いや、正解には一花のおかげだ。

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 紙の小説をよく読む人は、空白行に違和感があると思います。でも、WEB小説は空白行を入れたほうが格段に読みやすくなるんです。空白行の入れ方は人それぞれですが、読みやすさを考えて空白行を入れてみてください。


 また、空白行が多すぎるのもよくないです。(例文を変えます)


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 ぼんやりと聞いていた水瀬は、ん? と思って女性に目をやった。



 今の「私としても」という言いまわしは人間だとすると不自然だ。背の高いスラリとした女性。勝手にそうとばかり思いこんでいたが、もしや人間ではなくヒューマノイドだろうか。



 こんな疑問を抱けるようになったのも、ノーカラーが浸透したおかげにほかならない。いや、正解には一花いちかのおかげだ。







 彼女は今頃どうしているだろうか。







 水瀬は一花を案じながら視線を頭上に向けた。そこにあるのは授賞式会場のひどく殺風景な天井だった。



 ノーカラーを定めるまで人の心は変化した。人が変わってきっと世界もよくなった。だが、世界を変えた彼女は――。



 天井に目を向けたまま心の中で呟く。







 一花、帰ってこい。







 いつかこの思いは彼女に届くだろうか。

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 空白行を入れたほうが読みやすくはなりますが、これはやりすぎですね。読みにくさはないかもしれませんが、空白行を入れすぎると、意識高い系やポエムと揶揄されたりします。なにか雰囲気をだすためかもしれませんが、どうしても狙いすぎ感が出てしまいます。


 部分的に空白行多めにするのは問題ありませんし、作品によっては空白行多めのほうがよかったりもします。でも、意味なく空白行を増やすのは注意が必要です。


 それから空白行の入れすぎだけでなく、改行の入れすぎもよくないです。(例文を変えます)


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 これも背中を丸めて窓際で執筆したのだろうか。

 そんなことを考えながら、あとがきのページを開く。

 そこに目を通した途端、一花の思考は停止した。


「これ……」


 句点を含めてもたった十二文字のあとがきだった。

 飾った言葉でも凝った言葉でもない。

 ありふれた言葉が短く一文で綴られていた。

 一花はそのあとがきを二度三度と繰り返し読んだ。

 これは一花にくだされた最後の命令に違いない。

 いや、マスターは命令という言葉を嫌っていた。

 これは一花に託された最後の願いでありメッセージだ。

 マスターはどんな気持ちでこの言葉を残したのだろうか。

 今となっては知る由よしもないが、一花を信じていなければ残せない言葉だ。

 このメッセージを無視することはできない。

 信じてくれたマスターを裏切るわけにいかない。

 一花は顔をあげて凛に向き直った。


「私を地球に連れて帰っていただけますか」

――――――――――


 以上のように句点(。)ごとに改行を入れている作品をときどき見かけます。これも読みにくさを感じますね。ぶちぶち文章を切られてしまうと、目をたくさん動かさないといけなくなります。文字を追うのに疲れが出るんです。


 PCだとまだ読めますが、スマホだと相当読みにくいです。試しにスマホで表示してみてください。読みにくいというのがわかってもらえると思います。


 ある部分だけに意図的に改行をたくさん入れるのはいいと思いますが、全体的にそうしてしまうとやっぱり読みにくいと思います。


 ただ、読みにくさって個人の感覚なんですよね。僕は読みにくく感じるのですが、一般的にはどうなんでしょう。んー……わかりません。笑


 とにかく、WEB小説というのは空白行を調整して読みやすくするのも大切です。空白行を意識して書いてみてください。


 それと、作品のテイストによって、空白行を多め、少なめと調整するのもありです。堅い物語は空白行少なめ、ポップな物語は多め。短編は少なめ、長編は多め。みたいな感じで臨機応変に対等してもいいかもしれません。知らんけど。



<続く>





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