第7話 悪党の急所

車に乗って走り去って行った祖母が行った場所は、

灯台のある港の埠頭だった。

灯台が暗い海を照らす中で、車から降りた祖母は、

メンソールの長いタバコをふかしながら、

じっと暗い海の方を見つめながら、

「これって…報いなの…。」とひとり心地に呟くと、

火の付いているタバコをポイと足元に捨てると、

赤いハイヒールで踏み付けて、タバコの火を消していた。

そして「どうすりゃあいいのよ…。」

と呟くと、もういない人を思いながら、

気が付けば47歳になっていた自分を

自分で抱きしめながら、20年前のここでのことを

思い出していた。


背の高い兄(佐原健司、当時30歳)に後ろから

抱きしめられながら、27歳の佐原高子は

その腕の中でいつもの様に甘えていた。

そんな高子に兄の健司が、

「なぁお前…、あいつと結婚しろよ。」と突然

耳元で囁いてきた。

健司の腕をぎゅっと握りながら、

「冗談でしょう…。」と、軽く笑い飛ばす高子に、

「いや…、本気だ。ずっと考えてたと。」

変わらぬ落ち着いた口調で話す健司に、

「あたしその気ないから」と

突き放す様に言う高子に、

「俺たちは兄妹だ…。だけど、愛人で別れたくない。

 でも、結婚も公にも出来ない仲だ…。

 その内、どっちかが飽きて、自然に別れるなら

 それが一番だとも思ったが、どうやらそんな感じ

 でもない…。

 家の仕事も、お前の身体も、どっちも俺には

 必要で離したくない。

 だが、人間生きる以上には体面ってのも

 必要になるし、上手く折り合いをつけなきゃ

 ならない…。

 正直、俺らのこと怪しんでる奴らなら幾らでも

 いる。

 面白おかしく喋るなら恰好の話題だろう⁈

 なあ高子」と問いかけてくる兄に、

「うん」と素直に頷く高子。

「大体、お前があからさま過ぎるからいけないん

 だぞ!

 何処でも構わず、まとわりついてきやがって」

と、呆れた様に腕の中からポーンと突き放す健司に

「兄さん!止めてよ」

すかさず健司の腕にまとわりつく高子。

その腕を引き離そうとしながら、

「それそれ!今のソレだよ!

 それが困るってんだ!」と、

一瞬嫌悪感を覗かせながらも、困った様に

頭を掻く健司に、

「だったらどうしろって言うのよ!」と、

縋り付いてくる高子に、

「だから結婚しろって言ってるだろ」と、

幼い子を説き伏せる様に見つめる健司に、

「あたしを捨てないでよ…。」と目を伏せる高子の

顔を指で持ち上げ、値踏みする様に見つめる健司が、

「悪いこと程くせになる。それがお前に飽きない

 理由だよ」と、話す健司に

「愛してないの?」と聞く高子。

突然吹き出す様に笑った健司が、

「ほんとにお前、気が強い割にはロマンチスト

 だよな?

 愛だの恋だの、女って奴はなんでそんなもんに

 振り回されるんだ?

 利害って奴の方がよっぽど相手を縛り付け

 には恰好なものなのにさ」と、

近くのベンチに座ってるタバコをふかしはじめる健司。その隣にどっかり座った高子が

「兄さんがリアリストだって事は知ってる」と

ソッポを向いて云うと、

そんな高子の肩に腕回した健司が、

「そりゃそうだろうな?

 それが分かんなきゃ、よっぽどどうかしてるぜ」と

高子のこめかみに軽くキスしてきた。

なされるがままの高子が、

「どうしてこんな悪党好きになったんだろう…。」

と呟くと、

「それはお前、お前も悪いことがくせになっちまってるからだろ?」と、なされるがままの高子の

胸を揉みしだきながら、

「お前は俺にとっちゃ最強の女だぜ。

 会社の帳簿も握られてる。

 外に出されちゃヤバイことを悉く握られてるん

 だからな」と、高子の手を取って自分の股間に

当てがうと、

「どうだ?悪党の急所を握ってる気分は?

 興奮するだろう…。」と、

高子の耳を舐めわしながら囁くと、

「だからお前とするのがやめられないんだよ。

 他の女じゃ、こんな興奮味合わせくれないからな」と高子の唇を塞いだ。


20年経った今でも、その時の生々しい興奮が

身体をよぎってくる高子。

その時にベンチに脚を投げ出しながら座って、

宙を仰いでいた。




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一人前のヒーロー @suiyue116

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