第6話 薄汚れた古狸
自宅に戻った祖母が、応接間に入り部屋の電灯を灯すと、そこには出て行った時のままの姿で祖父がソファーに座っていた。
呆れる様に祖母が、
「あんたまだそこにいたの?」と、嫌悪感を露に言うと、「ああ」と祖父が小さい頷いた。
「全くよくも若い小娘が、あんたみたいに冴えない古狸に靡いたものよね!あたしだったら、お金積まれても嫌なものを…全く呆れてものも言えないわよ」と
云う祖母に祖父は俯いたまま、小声で
「お金を積まれても嫌なのは、若い頃からだろう…。」と、呟くと、
「はぁ⁈」と大きな声で聞き返す祖母に、
「何も知らないとでも…。」と、小声ながらも
はっきり問いかける祖父に、
「それで、これが仕返しだとでも?」と
開き直る様に問い返す祖母、
「いや…。そうでもない…。
元々、俺だってそう云う関係に甘んじて来た。
金を出してもらえる上に、喧しい事も言われない
お互いにしたい事を思う存分出来るんだ。
それに不足なんてなかったさ…。」
腕組みして脚を組み替えて祖母が俯いたままの祖父を斜めに見ながら、
「そうよね!お互いにwin winな関係よね!
あたしは好きの男と寝たい放題が出来るし、
そのおかげで、実家の家業の手伝いも
そのまま出来て、男も仕事も充実してやらせて
貰えた。
あなただって、あの小娘以外にもお相手は幾ら
だっていたんでしょう?
好きな事してたって言うんだったらお互い様ね」
と、切り替えすと、祖父が
「いや…俺は女はそうでもなかったよ」と
続けると、
「まあ、じゃ女じゃなくて男にでも興味がおあり
だったのかしら?」と嘲笑気味に返すと、
「そう云う事じゃない!そう云う事じゃないんだ!」
と、手を握り締め、語気を強める祖父に、
「いずれにせよ、今回の事はルール違反よね!
あんな小娘を巻き込んでどうするつもりなのよ!」
と、厳しく問いただす祖母に
「好きになったんだよ…。好きになっちまったんだよ!」と、再び語気をを強める祖父に、
「それはおめでとうございます。
機械以外に初めてトキメキを感じたのね〜
人生半ばにして漸く、人間の女が恋しく
なりましたか?」と嘲笑を続ける祖母に、
「それでもいいよ…。」
所詮理解は得られると投げ出した様に答えていた。
そんな祖父の態度に怒りをぶち撒ける様に祖母が、
「それが半世紀も生きてた男の言葉なの!
好きの嫌いのと、思春期の子どもじゃあるまいし、
そんな惚れた相手に認知はするけど、
離婚はしないなんて、よくも面と向かって言えた
ものね!」と胸ぐらに掴み掛かると、
「金がなきゃ生きていけないだろうが…。
卑怯者に成っても、食わしていかないと
ならない…。
半世紀生きてきたからこそ自分の分を弁えてるよ」
と、力無く答える祖父をどーんと突き放し、
「喰えない古狸よね…。あの子の前であんたが
そう言えばあたしが同情するのを織り込み済みで
そう言ったんでしょう⁈」
と、吐き捨てる様に言うと、祖父は
「ああ…。」と頷いていた。
そんな2人のやり取りを応接間のドアの前でじっと聞いていた人物がいた。
25歳になっていた私の父だった。
祖母の様子からして、もうすぐ応接間から出て来るのを察すると、音も無く近くのトイレの中に身を隠すと、その瞬間に予想した通りに祖母が応接間から出て来て、鬱憤をぶつける様にドヂャンと大きな音を立ててドアを閉めて、そのまま玄関の戸に向かい、外へ出ると、赤いアウディの車に乗って走り去って行った。
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