ペット*キャラメリゼ

奈月遥

キャラメル味のポメラニアン

 わくんく! わくんく!

 窓の外が夕蜜ゆうみつ色にとろけてくると、ぼくのふさふさのしっぽは、自然を揺れてしまう。

 もうすぐ、大好きな朱理しゅりちゃんが中学校から帰ってくる。そしたら、ぼくをお散歩に連れて行ってくれるんだ!

 わくんく!

 ああ、もう、楽しみで仕方ない。

 朱理ちゃん、早く帰ってきて!

 かりかりと爪で床を鳴らして、玄関とリビングを行ったり来たりしてたら、お母さんが顔を覗かせて、くすりと笑われてしまった。

「キャラメルったら、待ちきれないんですね。あわてなくても、もうすぐ朱理が帰ってくるからね」

 わふわふ。

 わかってるよ、お母さん。朱理ちゃんがもうすぐ帰ってきてくれるから、こんなに楽しいんだもの!

 えへえへと、舌を出して火食ほばむ体温を逃がしながら、お母さんを見る。

 お母さんも好きだなぁ。優しいんだもん。優しいがほわほわと薫ってくる。お母さん、好きだなぁ。

 朱理ちゃんもお母さんも好きだけど、お父さんはジャーキーくれるから好きだし、灯理とうりくんは遠くまでお散歩してくれるから好きだし、うん、ぼくは家族のみんなが大好きだ!

 わくんく、わくんく。幸せだなぁ。

 お母さんの顔を見ながら、幸せに浸っていたら。

 ガチャリ、と玄関が開いた。

「ただいまー!」

 朱理ちゃんだ! 朱理ちゃんが帰ってきた!

 ぼくはくるりと体を回して、制服姿の朱理ちゃんに向かって走り出す。

 朱理ちゃーん!

 朱理ちゃんは飛びついたぼくを両手が捕まえて、ぴんと腕を伸ばして抱えてくれた。

「こら、キャラメル。制服に毛がついちゃうでしょ」

 わくんく。それってとっても素敵な気がする。

 中学校にぼくはついて行っちゃダメって怒られるけど、それってすごく心配なんだ。朱理ちゃんはぼくが守らなきゃ。

 ぼくの毛が制服についたら、その匂いで朱理ちゃんを守れるじゃないか。

 ぼくは身をよじって、なんとか朱理ちゃんの制服に体をこすりつけようと、がんばる!

「わ、キャラメル! あばれないで、もう! お母さん、キャラメルお願い!」

 あ、朱理ちゃん! どうしてぼくをお母さんに渡してしまうの!?

 やだやだ、朱理ちゃんはぼくが守るんだーい!

 お母さん、離してよぉ!

 そんな優しくなでなでされたって、ぼくはあきらめないんだから!

 リビングなんかに連れていかないで!

 わふぅ。あ、そこ、そこをブラッシングされるとすごく気持ちいい。もっとして。

 えへえへ。お母さんのブラッシングはいつも上手で嬉しいなぁ。

「そろそろ着替え終わった頃合いですかね。はい、キャラメル、お姉ちゃんのお部屋に行っていいですよ」

 わふ? もうブラッシング終わりなの?

 お母さんはブラシがからめとったぼくの毛をほぐしながら取り覗いてる。

 ほわほわした毛はぼくの自慢なのさ。

 ……はっ! 朱理ちゃん! そうだ、朱理ちゃんとお散歩行かなくちゃ!

 ぼくはリビングを出て、階段を駆け上がり、朱理ちゃんの部屋に飛び込む。

 朱理ちゃーん! お散歩ー! お散歩ー! わくんくー!

 ……朱理ちゃん?

 制服からズボンとパーカーに着替えた朱理ちゃんは、悲しそうな顔でうつむいてた。

 どうしたの、朱理ちゃん? なんでそんな顔してるの?

 なにかあったの? ぼくがいるよ、朱理ちゃん!

 ぼくが部屋に入ってきたのに気づいた朱理ちゃんは、顔を曇らせたまま、ぼくを抱き上げて、ぎゅっとその顔をぼくの背中に押し付けた。

「キャラメル」

 わふ。ぼくはここにいるよ、朱理ちゃん。

「キャラメルは甘い匂いがするぅ」

 ふふん。それはぼくの自慢だからね。

 ぼくたち、ペットは、大切な人の心を癒し、満たすために、進化してきたんだもの。

「キャラメル~、聞いてよー」

 わふわふ。もちろん、聞くよ。

 朱理ちゃんの声なら、太陽が出ている間ずっとでも、太陽が出て来るまでずっとでも、いくらでも聞いていられるさ。

 どうしたんだい、朱理ちゃん。ぼくに話してごらん。

「吉田がまたにぃにのことバカにしたの~」

 朱理ちゃんが今にも泣きだしそうな声を出した。

 なんだって、灯理くんがバカにされただって?

 あんなに優しくて、朱理ちゃんにもぼくにも面倒見がよくて、おいしいご飯を作ってくれて、キレイな光を作れる灯理くんをバカにしたっていうのかい!

 そんなの、許せないよね! わかる! わかるよ、朱理ちゃん!

 話を聞いたら、そいつは灯理くんのことを、変なことをしてる、そんなことをしたって無駄だ、しゃかいふてきごうしゃだって言ったらしい。

 しゃかいふてきどうごうしゃ……どんな車だろう。電車のもっとすごいやつかな? あれ、でもそれだとほめ言葉のような……そうか! 機械みたいな人間って意味だな!

 あんなに優しい灯理くんのことを、機械みたいな心がない人間っていうなんて、なんて見る目がないんだ!

 そう言えば、吉田って聞いたことあるぞ。朱理ちゃんが小学校の時に、家に来たことがある男の子だな! あいつめ、今度会ったら、噛みついてやる!

「キャラメルも一緒に怒ってくれるの?」

 もちろんさ! 灯理くんをバカにして、朱理ちゃんを悲しませるなんて、ぜったいに許さないからね!

 朱理ちゃんのぼくを抱き締める腕の力が、もっと強くなった。

 ぼくは背中の方に頭を回して、朱理ちゃんほっぺを舐める。

 朱理ちゃん、ぼくがいるよ。だいじょうぶだよ。

 ぐりぐりと、朱理ちゃんの顔がぼくの背中の毛をこする。

 もしゃり。

 朱理ちゃんが、ぼくの毛を食べた。

「えへへ、キャラメル、あまーい」

 わくんく。

 そりゃ、甘いよ。ぼくはキャラメル味のポメラニアンだからね。

 わくんく、わくんく。

 朱理ちゃんの唾液で溶けた毛が少し溶けてべたついてる。

 お母さんにブラッシングしてもらったばかりだけど、全然かまいやしない。ううん、むしろ、ぼくたちペットは、こうして大好きな人に食べてもらうのが、とっても嬉しいんだ。

 だからぼくたちは、大好きな人を喜ばせられるように、食べられたらお菓子の味がするように進化してきたんだもの。

「キャラメル、おいしい。だいすき」

 わくんく。

 ぼくも朱理ちゃんが好きだよ。

 ぼくの毛を食べて、おいしいって笑ってくれるその満足そうな顔が大好きだよ。

 ぼくが、君の心を癒して、満たしているだって実感できるこの瞬間が、なによりもぼくを誇らしく満ち足りた気持ちにしてくれるだもの。

 ぼくは朱理ちゃんを守るよ。

 ぼくは朱理ちゃんの心がいつでも幸せであるようにと、ぼくを捧げるよ。

 だから、朱理ちゃんはいつでも幸せでいていいんだからね。

「えへへ。キャラメルでお腹いっぱいにしたら、晩ご飯食べられなくなって、お母さんに怒られちゃうかもね」

 えー、それはこまる。お母さん、怒るとこわいもん。

 灯理くんはさ、怒っても、なんだかかわいいけどさ。お母さんはこわいよ。すっごくこわいよ。

 ぶるぶる。想像したら、どうしたって体が震えてきちゃうよ。

「ふふ。じゃあ、キャラメル、お腹を空かせるために、今日はちょっと遠くまでお散歩いこっか。あ、にぃにの高校まで行っちゃう?」

 いいね、いいね! 朱理ちゃんとたくさんお散歩できるだなんて、幸せいっぱいだよ!

 わくんく!

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