7 侵食

 五月中旬から、夢日記の書かれたノートを持ち歩くようになった。

 夜や昼寝の時だけでなく、電車の中や仕事の合間などちょっとした仮眠でも夢を見るようになり、ノートを持ち歩かないと記録が追い付けないからだ。

 電車の中でも、休憩室の中でも、目を閉じるとすっと夢の中に入ってしまう。

 今までは夢を見ようと自分から働きかけることが常だったが、気付けばその制御はできなくなっていた。

「夢をみよう」として見ているのでなく、「夢に引きずり込まれる」感覚が上回った。

 集中力が切れやすくなり、気を抜くとすぐにうとうとしてしまい、夢を見てしまう。


 夢の内容にも、明らかな変化が見られた。

 読んだ小説や見たドラマに影響されて見るファンシーな夢や、記憶から再構築されるエイソードっぽい夢がめっきり減り、何故か妙に現実めいた夢が続いた。


 電車でうたたねしていると、電車に乗車している夢を見たことがあった。

 手すりに捕まって、車窓の外に流れる景色を眺めていた。目の前の席に座っている若い女性はスマホでライブを観ている。ぼんやりと車内のディスプレイを見上げると、帰りの路線とは全然違う路線が表示され、「ちょっ」と思わず声に出してしまい、大慌てで次の駅で降りた――

 ここで携帯の乗り換えアラームの振動でパッと目が覚め、さっき降りたのでは……?と、自分がまだ電車の中にいる事実に軽く混乱した。

 目がさめてきて、今まで見ていたのは夢だったのだと分かった。それでも小魚の骨が喉に引っかかっているような気持ち悪さが少し残った。


 夜寝ている時に、自分が寝ている寝室の中にいる夢を頻繁に見た。

 現実と同じく、布団の中で寝ている状態から始まる夢がほとんどで、寝返りをうったり、床に落ちかかっている毛布を引き戻そうとしたり、または寝ぼけまなこのままふらふらトイレへ向かったりした。

 夢の中の部屋は、内装から散らかし方まで現実の自分の部屋とそっくりで、朝起き上がってみると、毛布を引き上げたり、トイレに行ったりした行動は夢だったのか、とノートを前に頭を悩ませた。

 明晰夢と自覚できる夢はほぼ見られなくなり、私を舞い上がらせていた夢の主導権は、いつの間にか消え去っていた。

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