3 増殖

 夢日記をつけ始めて一か月経ったあたりから、夢を見る頻度が増え始めた。

 夢を見よう、内容を覚えようとする意識に引っ張られるように、夢の数は週一回から、三、四回までに増え、覚えているディテールも増えた。

 それに比例するように、夢の内容もよりはっきりと、鮮明なビジョンを持つようになった。

 言葉で形容しにくいが、壊れかけのアナログテレビから流れていた雑音交じりで途切れ途切れの映像が、機体をバンバン叩いているうちにふっと直り、音も映像もきっちりハマるような感覚に近かった。


 日記の数が十に近付いたあたりで、夢は「色」と「音」に欠けるものだと気付いた。

【花畑に立つ夢を見た】

【夢の中でその人は話した】

 そういった夢を振りかえるとしよう。

 花は何色だった?その人はどんな声で話してた?

 問われれば「色とりどりの花があった」とか、「その人はその人の声で話してたんじゃない?」と、なんとなく答えていただろう。

 しかし実際に夢の詳細を書き出そうとして、初めてそれらの情報が抜け落ちていることに気付いた。

 明暗はあれど、色はない。どんなに鮮明に思えるものでもモノクロの範疇から出ない。

 夢に出てくる生き物はめったに音や声を出さない。まったく無音というわけではないが、言葉を交わすやり取りのほとんどは「音声」ではなく、「意識」としてテレパシーのように受け取られる。

 夢は色や音に富んだものではなく、花畑の色や知人の声など実際に知っていることで、それらの情報は自分の記憶から抽出され、夢の一部として付け足されたのだ、という結論にたどり着いた。

 誰かに披露できるほどではないが、そういった小さな気付きはなかなかに面白く、夢日記を続けるモチベーションになった。

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