ウサギとカメとサル

田村サブロウ

掌編小説

 とある森林での一幕。


 友人同士のサルとカメが会話に花を咲かせていた。


「おいカメ。ウサギに競争で負けたんだって?」


「うん、そうだよサル君。君は耳が早いね」


「なんで負けたんだよ。一度は勝てたじゃないか」


「一回目の競争の時は運が良かっただけだよ。ウサギが油断して道中で居眠りしてくれたから。正攻法で競争になったら僕に勝ち目が無いのは当然だよ」


 自嘲ぎみにカメはため息をつき、笑う。


 すっかり負けを受け入れたカメの様子に、サルは不満げに口をへの字にした。


「お前、やり方次第じゃ普通に本気のウサギにも勝てると思うんだけどな」


「どうやって?」


「真っ向勝負で勝てないなら、知恵を使えばいい。コウラにこもった状態でカーリングみたいに地面を滑ったり、コウラのまま回転しながら相手に体当たりしたり、やり方はいくらでもある」


「それ、人間の世界のレースゲームの話でしょ? 普通のカメの僕じゃそんなのムリだよ」


「とにかくだ! 見るからに負け犬根性丸出しなお前の態度は、友達として気に入らん! いっちょオレが知恵を使うってことの手本を見せてやる」


 そう言って、サルは森の木々の中を駆け抜けて消えていった。


 一体サルが何をする気なのか、カメはかいもく見当がつかずに首をかしげた。




 * * *




 次の日。


 カメは泥と草で満ちた湿原に来ていた。


 サルがウサギと足の速さくらべで勝負するというウワサを聞きつけたからだ。


 周りには小動物を中心に、いろいろな動物が野次馬に来ている。リス、犬、キジ、アイガモ、すっぽん、豚、牛、にわとり。


「素の足の速さならウサギの方が上だよな。おれはウサギにかけるぜ」


「オレはサルだな。あいつ、桃太郎とかいう侍といろいろ修羅場をくぐり抜けた知恵者らしいぜ。今回もなにかやらかしてくれるだろうよ」


 周囲の前評判は意外にも五分五分で、カメは自分の友人であるサルがすごい人だったのだと実感する。


 しかしそれでもなお、ウサギに勝てるとは思えない。


 ウサギの得意分野たる足の速さで、サルが勝つビジョンが浮かんでこない。


「いちについて、よーい!」


 ウサギとサルがスタート体勢に入る。


 緊張して見守る動物たち。


「コケコッコー!!」


 鶏の鳴き声を合図に、サルとウサギが走り出した。


 サルとウサギは己の脚力をフル稼働させて走る。


 ウサギのほうが優勢。サルとの距離がどんどん遠ざかる。


 先をゆくウサギがゴールとして指定された丘まであと半分の距離まできた、ちょうどその時。


 異変が起こる。ウサギが突然、コースから外れて脇道を走り出したのだ。


 ウサギが目指しているその方角にはにんじんがあった。


「あれ? ひょっとして、知恵を使えってそういう……あっ」


 言葉を口にした瞬間、ほかの動物たちに凝視され、カメは自分が失言したことに気づいた。


 ウサギがにんじんを夢中になって食べている間、サルはまんまとゴールの丘に先着した。


 勝負はサルの勝ちだ。


 サルは自分の栄光を信じ切った笑顔で、カメに向かって走って近づいていく。


 カメ以外の動物たちが殺気立っていることに、かけらも気づかないまま。


「おーい、カメ! どうだ! 知恵を使えば実力が上の相手でもざっとこんなもんよ!」


「サル、先に謝っておくよ。ごめん。体を大事にしてね」


「ん? なんでだ、カメ。……あれ? どうしてみんな、オレをそんな卑怯者を見るような目で見てるんだ? ちょ、待って! 顔が怖いよ!? 待って、許して! やめてええぇぇぇぇぇーー!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウサギとカメとサル 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ