銅像集会でまた会おう。

中樫恵太

銅像集会でまた会おう。

 ――待ち合わせにされること数百回、遂に僕は、怒りという名の意志を持った。


 *


 銅像って知ってる?

 そりゃ知ってるよね、だってだれでも見たことあるもんね。

 駅とか、公園とかに置いてあるアレさ。でっかいし、目立つから、よく待ち合わせ場所にしてるよね。


 今日は三回……かな? 朝昼晩に一回づつ、律儀に待ち合わせしてたよ。


 まずは高校生のカップル二人。朝から一緒に登校してた。


 昼は主婦二人、夫の愚痴かな?話が弾みそうだね。


 夜は大学生二人、これから飲み会だろうか。すべて忘れたそうな顔してる。


 そんな君たちに言いたい事がある。

 銅像は待ち合わせ場所なんかじゃない。あそこに立ってるのは、その場所に貢献した偉人、つまり偉い人だよ。君たちが想像もできないような凄いことを沢山した人達なんだよ。


 まぁこれ全部、後ろの解説に載ってるんだけどね。待ち合わせ場所にする癖に、君たちその銅像の解説文読んだことある?ないよね?

 ずっとスマホ見てるよね。知ってるよ。視点高いから。


 僕、といってもこの銅像の人とは別なんだけど、この人もこの県に凄いことを成し遂げたらしい。

 戦国時代ら辺かな? ここを有数の交易都市にしたんだって。凄いよね。一人から貿易始めるなんて。それって今じゃ大金持ちじゃん。解説に、もっと詳しく書いてるよ。


 どう? 興味持った? ちょっと人物を知るだけでも、銅像に対してありがたみが出てきたんじゃない? でてきた? なら待ち合わせ場所にはしない方がいいよ。バチあたりだから。


 そんなこんなで何週間もこうして人を眺めてる。人は色んな顔をしてる。絶望、希望、後悔、安堵。顔だけで、大体の感情は読み取れる。何でかはわからないけどね。


 人の顔とか動き方を見てると、僕とあんまり変わらないんじゃないかって思う。結局、色と喋るかの違いでしょ?そんなの、今の世界じゃなんとかできるんじゃないかな?


 色は塗ればいいし、喋りたいならスマホを使えばいい。銅像にも権利をください。


 え? 何が言いたいかって? よく聞いてくれました。

 実はね、ちょっと前の深夜、鳥が僕の肩に止まったんだよ。そして言ったんだ。


「来る神奈月の夜、銅像集会があるから来ませんか?」ってね。

 銅像集会? 僕は思わず聞き返したよ。わかんないからさ。


 鳥は一言、「貴方様と同じ境遇の者が集まるのですよ」だって。さっぱりだよね。銅像が動いたらホラーじゃんか。

 まぁでも、面白そうだったから行くことにしたんだ。幸い、これから改修工事で、一時撤去される予定だったし。


 場所は出雲で開かれる。年一回の銅像集会。移動に関しては、聞かないでほしいかな。銅像にだって、プライバシーはあります。黙秘します。


 海越え山越え谷越えて、たどり着いた出雲。良いね、いい景色だよ。人と駅しか見てこなかった僕にはとても心に響く。


 綺麗だなぁ、なんて。人間みたいな事呟いて、僕は夜を待った。辺りが暗くなるにつれて、少しずつ聞こえてくる地響き。人にこれでバレないって、嘘みたいだね。


 夜の暗さに、映える松明の炎。照らされる光は、時に美しく、時に恐ろしく僕らを照らす。さっき急に笑顔のおじさんの銅像が浮かび上がったから本気で驚いちゃったよ。中身は気弱そうな女の子で、逆に申し訳なくなってしまったよ。ごめんね。


 会場は大賑わいだった。すごかったよ。茶色、緑と青が混ざった色の物。

 少しボロボロの物、そして落書きされてたり、手とか足とか無いものがあったり。様々な銅像たちが、全てを忘れて楽しんでた。中でも背中に何か背負って、本を読んでる像がいっぱいあったよ。みんな怒ってた。棄てられたって。


 ちょっと歩いて、あのときの鳥さんが居たから話しかけたんだ。「やぁ! お招きありがとう! 鳥さん。ここは何をする所なのかな?」


 鳥さんは答える。

「何でもやりなされ。ここは一夜の夢の集い。貴方様の怒りも疑問もすべてぶつけなさるとよかろう」だって。なんだか小難しい感じ。煙に巻かれた気がするよ。


 せっかくだから、楽しんでみようかな。誰かに話しかけようとしたんだけど、常連さん? も結構いるみたいでグループができちゃってた。今から入れてもらうのは難しいよね。うーん、どうしよう。


 宛もなく歩き回っていると、道端で蹲るボロボロの銅像があった。僕は話しかけてみることにしたんだ。「ねぇ、お像さん。どうして貴方は泣いているの?」

 お像さんは答えない。あれ? 聞き方がまずかったのかな?


 気を取り直して、もう一度。

「すみません、像さん。どうして貴方は泣いているのですか?」


 像さんは顔を上げ、僕の方に向く。

「私の姿を見てください。私は二ヶ月後で取り壊されてしまうんです」

 僕はうんうんと頷く。


「ですから今回が、最期の銅像集会なのです。ですがこの景色を見ていると、懐かしさとこれで最期のなのかと悲しくなってしまって……」


 なるほどなるほど。それは大変だ。僕はうんうんと頷き、なんて声を掛けるか迷う。

 どうしようかな? 頑張れ? また会える? どれもこれも、軽いような気がして、僕は黙ってしまった。


 像さんは僕が困っていると思ったのかな?

「すみませんね、こんな楽しい一時にこんな事を言ってしまって。申し訳ない。老兵は静かに去ることにします」

 そう言って、立ち去ろうとしてしまった。


「待ってください!!」

 今まで出したことのないような声が出てしまった。像さんは驚いたように振り返る。僕の言葉を待ってるんだ。


「あの、えっと、僕はまだ生まれて間もないので、あんまりいい事は言えないんですけど」


 像さんはうんうんと頷く。さっきと立場が違うみたいだ。


「多分、人と僕らに境なんてないんだと思うんです。僕らはもともと、人から産まれました。だから、その、僕は……」

 言いたい事の続きがわからなくて、言葉に詰まる。でも、それだけじゃない物が、僕の冷たい心に溢れていた。


 像さんは「ありがとう、もう大丈夫」と言った。満足そうな顔をしている気がするよ。良かった。そして最後に、もう一度ありがとうと言って、去っていってしまった。


 なんだかその背中が、ボロボロだったけど、それ以外にも悲しそうで、僕は叫んだ。

「また銅像集会で、会いましょう!!」

 像さんは立ち止まったけど、すぐにまた歩き出したんだ。

 背中はさっきと、違って見えた。


 *


 年が明けて、一月。凍える寒さに、駅を歩く人の足は速い。待ち合わせも、僕のような、外の寒い場所よりも、あったかい、駅の中になってしまったみたいだ。ヒヨコのオブジェめ……。


 なんだかんだ不満を持ってた僕だけど、誰にも見向きもされないってことは、なかなかに辛いものがある。むかんしんがいちばんこわい。この前の銅像集会で学んだよ。僕は成長するからね!


 昼になったけど、相変わらずの冷え込みだ。僕は寒さを感じないけど、通る人の様子から、冷えてるんだと感じる事ができる。大変だねぇ、人間は。


 すると、少し向こうから、小さい子がトコトコと歩いてきた。かわいらしいね。

 駅に用があるのかな? って思ったけど、僕の近くで止まって、クルクルと回ってる。いいね、君は将来有望だ。偉人になれるよ。


 しばらくそうしてたかな? お父さんとお母さんに呼ばれて、走って行っちゃった。

 その背中が、なんだか懐かしく感じちゃった。不思議だね。初めて会ったのに。


 昼なのに、カラスがカァーと鳴く。僕の毎日は、まだ続く。

 いつか僕も、あのときの彼のように壊されるんだろうか? ふと、そんな事を考えた。


 次にくる銅像集会は、まだ先だ。今のうちに、話のタネを探さなきゃ。

 冬の季節の人を見るのは大変だけど、悪くない気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銅像集会でまた会おう。 中樫恵太 @keita-nagagashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ