(参加作品その9)毒蟲は土に蠢く (児島らせつ様)

   

『毒蟲は土に蠢く』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886209094


【コンテスト】第12回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞

【一次選考通過数/応募総数】25作品/86作品



(私からの一言)

 小説投稿サイト開催のコンテストではなく、一般公募の応募作品です。

 18万文字で全18話。総文字数からして、WEB小説によくあるラノベ換算ではなく、一般的な文庫本の一冊分ですね。各話およそ1万文字というのも、WEB連載にしてはかなり長めでしょう。

 なるほど、いかにも公募小説の体裁だと感じました。


 肝心の中身に関しては、プロローグらしき第一話から良い雰囲気です。伝奇風味の加味された古き良き推理小説という感じで始まり、前半部で事件の背景となりそうな過去を描いた後、現代の事件発生を後半部で描くのが第一話。

 そこから事件前日に話を戻して、第二話以降が進んでいきますが、第二話でいきなり登場人物の一人が推理能力の高さを披露するので、読んでいて「ああ、このキャラが探偵役なのだな」という安心感を抱きます。


 文章力もとても高いという印象です。そもそも「文章力」という言葉自体が曖昧ですが、この作品に関しては「高い」と言い切っても大丈夫でしょう。

 語り手の心情と結びついた風景描写……といってしまうと当たり前の話かもしれませんが、いざ書き手になってみると、この『当たり前』を実践するのが案外難しい。その点しっかりと出来ている作品であり、本格的な文芸作品だと感じました。


 内容的にも文章的にも、紙の本を買って読む感覚です。「読む」側から見ればそんな感想になりますが、いざ「書く」側の立場を想像すると、こういう小説を書くためにはプロ作家並みの取材が必要だろう、と考えさせられました。


 特にこの作品は推理小説なので、余計に「取材が必要」というレベルで、雑多な知識が必要なのかもしれません。読んでいる途中で「衒学趣味」という言葉が頭に浮かび、子供の頃に読んだヴァン・ダインの作風を思い出しました。

 一つの例ですが、衒学趣味というのは、本格ミステリを書く上で有効な手段になり得るのですよね。一見事件とは関係ないような、余計な情報かもしれない雑多な記述が多ければ、その中に重要な手がかりや伏線を埋もれさせることが出来ますから。

 でも本当に「余計な情報」ばかりではなく、あくまでも「かもしれない」であって、中には本当に重要な手がかりや伏線もある。そんなパターンです。


 この作品の話に戻ると、特に伝奇要素があるせいで、歴史的な知識などは「余計な情報」には成り得ない。たとえ事件の謎解きには必要なくても、物語の背景として重要な意味を持ってくる。

 つまり本格ミステリとして手がかりなどを埋もれさせるためにも、伝奇小説としての本編を進めるためにも、本当に下調べをたくさんしなければ書けないはずの作風であり……。

 これを素人作品として眠らせるのは勿体ない、とつくづく感じました。こういう作品こそ、紙の本として本屋で販売すべきです。

 このレベルでも受賞できずに切り捨てられるのですから、一般公募は本当に厳しいですね。


 肝心の物語内容に話を戻すと、読み進めるうちに印象が二転三転する作品でした。

 あくまでも私の個人的な印象ですが、最初は「伝奇風味で味付けした本格派の謎解き小説」と感じていたのに、途中からは「謎解きミステリ小説の体裁を借りた伝奇小説」というように主従が反転しました。しかし、どちらも間違いであり、最後の解決編では「伝奇小説としても謎解き小説としても素晴らしい! 両者が上手く融合している!」という感想に変わりました。

 

 個人的に、世の中には、伏線や手がかりが不十分でも「本格」を謳っているミステリ作品がたくさんあると感じるのですが、その点でも、この作品は合格点! パチッとパズルのピースがはまる快感を味わえます。

 本当に素晴らしい作品でした。

   

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