第1話 冒険は未だ始まらず

あれから5日が経った。

何も進んでいない。

理想と現実との障壁に阻まれてしまった。

こうなった原因は2つ。



1つが胡散臭いこと。

俺という存在はこの世界にとってイレギュラーだ。

信用が一切ない。

そんな奴に金を払って情報を聞きたいとは思わないのは当然のこと。

それだけならまだしも、俺の5日間はもはや浮浪者の生活だ。

椅子に座って机に突っ伏して寝る。

ここだけ見ると学生のようだが、これを夜な夜なずっと行っている。

考えずともヤベーやつである。



もう1つはそもそも俺の存在が必要とされていないこと。

情報なんて不確かなものを欲しいと思う人が少ない。

戦闘で役に立たない癖に情報を教える奴の情報なんぞ信憑性も糞もない。

これらに気づくのに3日かかってしまったことも問題だがそれはまあいい。

もう後戻りは出来ない。

とにかく人に来てもらえる努力をしようとしたがもう遅い。

来る人来る人全て俺を避けていた。



この世界で、この町で、ギルド等の後ろ盾も無く始めるなんて土台無理な話だったんだ。

後ゲームと違ってちゃんと住民一人一人に意思があるのも問題だ。

ただ何よりもつらいのが浮浪者生活だ。

風よけもないし、座って寝るから腰がめちゃくちゃ痛い。

後5日で人が来ないと本当にどうしようもない。

せめて冒険を始めてから窮地に陥りたかったな…。



そんなことを考えていると声をかけられた。

「すいません、お話ししても大丈夫ですかー?。」

ギルドの受付嬢だ。

机と椅子を借りているからいい加減返さなきゃいけないのだろうか。

とにかく現状を打破する意味も込めて話をしないと。



「はい。大丈夫です。椅子と机に関してはもう少し貸していただければありがたいのですが…。」


「いえ返却の催促ではなくてですね。あのー大変言いにくいのですけどですね。えー…。」



こういう歯切れの悪さは大体俺が迷惑をかけてることが多い。

とにかくそうなったら情に訴えてでも仕事を貰わなくては。




「浮浪者と思われる方がいると連絡をうけてですね。まず、素性が分からない事にはどうしようもないので、お名前をお願いできますでしょうか。」




名前か。

自分の本名をそのままいってもこの世界じゃ仕方ないし、ゲームと同じ苗字だけにしよう。




「ミツイです。」


「ありがとうございます。えー一応住民票を借りてきたんですけども見当たらないんですよねー。すいませんがご実家はどちらですか?」




なるほどな、これはまずい。

何が問題かってそもそも突然この世界からやって来ました。なんて言って分かってもらえるだろうか。

いや、よそう。

そもそもこの世界の魔王は約2000年前に別の世界からやってきた設定、いや存在だ。

最悪な解釈をされると魔王軍の一味にされるかもしれない。

なんか適当に辻褄が合うようなことを言ってごまかそう。


「実はですね結構複雑な環境で育ちまして…。物心付いたら山に家族で暮らしてましてですね…。」


「…なるほど。」


見る目が明らかに変わった。

目の前の人が思った以上にヤバい奴だった時の目だ。

とにかく話を続ける。




「ちょっと理由は分かんないんですがまあそういうことでして、説明出来ないんですけども。要するにお金もほぼ待たずに町に出てきまして。」


「な、なるほど?変わった親御さんだったんですね。そういうことでしたらまあ住民票にないのも納得…出来ますね。一応はですが。」


よし、とりあえず信じてもらえた。


「そうなんですよ、すいません。まあそれで、山にこもってたわけなんですが、戦いは不慣れでして。ただ知識はたくさん持っているのでそれで情報提供を主とした何でも屋をしようと決意して降りてきました。」


「戦闘適性は低い…というと採取や農耕で生きてきたのでしょうけど、それでモンスターの対処とかわかるものなんですか?」


「あー…。撤退するためにスライム等の生態を観察してきましたので色々教える知識ならあります。」




こんな質問を10問近くされた。

恐らくどういうことが出来るのか、そもそも優秀な人材なのかを調べているようだ。


「ありがとうございます。戦闘適性に関しては後で測れるお時間があれば審査いたします。それとは別に質問があります。」


「はいなんでしょう。」


「グリーンスライムも観察したのでしょうか。」


グリーンスライムはスライムよりは強いくらいの存在だ。

ただ、ちょっと強いくらいだろうと思って戦うと痛い目を見る、そんな存在だ。


「あの厄介さから対処方まで熟知しております。」


「でしたら、ギルドからの仕事をぜひ受けていただきたいのですが。」


「えっ、いや是非ともお願いします。」


「…ただですねちょっと依頼が難しくて誰もしたがらないような内容なんですよ。」


残飯処理みたいなもんか。仕事を貰えるだけでも充分有り難い。


「ただ報酬は割高です。5万シルバーまでなら払えると言っています。」


高い。かなり高い。

この町の報酬の平均値が9000シルバーだと考えるとめちゃくちゃ高い。

これでグリーンスライム絡みとなると内容が全く思いつかない。


「あのちなみに内容に関しては一体…。」


「グリーンスライムを仲間にしたいとのことです。」


そら高い。やりたがらないのも納得した。


「なんでもお孫さんが欲しがってとかで依頼を出したとか。…受けれそうですか?」


「…やります。出来なくはないので。」


「出来るんですか!?仲間にするのって確か色々な準備やらがいるとかで難しいと聞いているんですけど。」


「…正直賭けです。でもこれをしなきゃ一歩も進めないんです。」


「分かりました。では、詳しい説明をします。」




「では頑張ってください。」


「ありがとうございます。」


とりあえず話は終わった。

内容としては、3日後が孫の誕生日ということでプレゼントしたいとのことで、タイムリミットはその日まで。

5万シルバーから諸経費を差っ引いたのが最終的な報酬らしい。

ある程度は補填してくれるらしい。




モンスターを仲間にする難しさは嫌になるほどよく覚えている。

まずそのモンスターの好物を調べなくちゃいけない。

wikiを見れば分かるため楽にはなったが最初の何もわからないうちは本当にきつかった。

好物を割り出せても作業がただただ苦痛。

1人で仲間にしようとする場合、攻撃を避けつつ餌付けしないといけない。

ゲーム上の確率は10パーセント。

確率だけを見ると意外と簡単に聞こえるから何人もの人がリタイアしてしまった。

実態としてはソシャゲのガチャをするのにクエストを100周しなきゃいけないようなものと言われている。

一応確率を上げたり、簡略化することは可能だ。

確率はテイムに関しての本を読み、装備もテイムに特化してようやく25パーセント。

それから、味方1人に攻撃のヘイトを買ってもらうと餌付けするだけでいいから大分楽だ。

それでも、もとがかなり辛いしヘイト管理が難しく、結局あまり使われなくなってしまった。




仲間にする方法はさておきグリーンスライムの情報を整理しよう。

通常のスライムとの違いが色だけだと勘違いする人が多いが、戦い方が全然違う。

基本的に野草を体内に含んでおり、その野草の溶解液を吐き出すという攻撃を行う。

それが毒草であった場合厄介さが増す。

しかも薬草を飲み込んでいた場合体力が全回復する。

元々の体力の高さもあってかなり辛い。

好物は薬草だから調達は楽なのが救い。




さて、どうするか。

一応逃げまくれば攻撃に当たらずに仲間に出来る事には出来る。

しかし、1回あたりにかかる時間が1時間近くになるだろうことを考えると正直ただの苦行でしかない。

修行僧でもやりたがらないレベルの虚無作業だ。

だからあと1人欲しい。

でも、もう雇うほどのお金は残されていない。

…諸経費で依頼者に手伝ってもらうか?

そもそもこんな依頼をわざわざ出してくるあたり面倒なだけだ。

来てはくれないだろう。




そんなことを考えながら夕食のパンを食べる。

お金は半分しか残っていない。

この依頼を達成出来ないと誰からの信用も得られず、餓死する。

…この世界で死ぬとどうなるのだろう。

元の世界に帰れるのだろうか。

それとも…。

例えどっちであろうとも今の俺にとって死ぬことは選択肢にはない。

ここではせめて無謀までは行かない程度の冒険をしたい。

この世界までやらない後悔をしたくない。




とにもかくにも明日から行動を開始する。

今日はもう遅い。

一応色々と考えはしたがやはり後1人は欲しい。

後払いでもいいから協力してくれる人を探す。

問題としては印象が最悪の人にこんな面倒な依頼を手伝ってと言われて手伝ってくれる人がどれだけいるのか。




半日頑張ってみたものの結果は散々なものだった。

やはり今までの行いが相当マイナスだったらしい。

話しかけようとすると露骨に逃げられるし、話せてもとにかく無理と言われる。

流石に面と向かって罵倒はされなかったが、それでもなかなか辛い。

シンプルに精神が疲弊して来る。

こうまで避けられることがここまできついとは。

無視が立派ないじめになることがよく分かった。

しかし、手伝ってくれる人がいないという事実が一番こころに来る。

1人でこんな作業をしたくないがとにかくしてこなきゃいけない。

諸経費で薬草を10本1000シルバーで買ってきた。

頭の悪い計算をすれば10回やれば1回は成功するだろう。

なお現実的には65パーセントと7割もない。

だから現実逃避的な行動ではある。

これで仲間にできたらいいなーと楽観的な考えである。

そうでもしないととにかくメンタルを保てない。




というわけで1回やって来た。

やはりというかなんというか辛い。

ただでさえ最近運動もしてこなかったせいで回避するだけで精一杯だった。

敵の攻撃を頑張って避けて近づいて頑張って避けて近づいて…。

本当に苦行だった。

1回薬草を与えることには成功しても1割を引けるはずもなく。

一応30分しかかからなかったから当初の予想よりは半分の負担で済んだ。

それで楽になるかっていうと当然そんなことはなく。

せめて後1人は欲しい。




もう1回挑戦しに行こうと思い準備をし始めていたが何やら騒がしい。

騒ぎを聞いて興味の方が勝ってしまったために様子を見にいく。

王国の馬車だ。

要人を乗せるか、島流しされた貴族か借金を返済しなきゃいけない屑へのラストチャンスとしてここまで連れてこられたかのどれかだ。

まあたいていの場合は一番最後のケースな訳だが。


「降りろ。」


かなり雑に降ろされたその男はかなり貧相に見える。

実際は俺よりも高価な装備をしていて、最低限の武器も残されており戦えなくは無いだけ十分といったところだろう。

しかし、顔が絶望に満ちている。

恐らくどうしようもない現実に途方に暮れることしかできないようなどうしようもない奴なんだろう。




馬車は男を降ろすとすぐに3つ先の国へと帰っていった。

貴族でも王族でもないただのおっさんだと分かるとみんな離れていった。

男もふらふらとギルドへと入っていく。

首に冒険者の印があったから、金を稼げはするのだろう。

しかし、結局予定金額にまるで届かずにすぐに王国の徴税担当に連れていかれるのだろう。

結局はここに来たのも金を稼ぐラストチャンスという名の嫌がらせに過ぎない。




こんな風にならないようにだけは俺は気を付けて生きてきた。

気をつけることも糞もなく、ただただ普通に生きてきた。

こんな奴に同情するような事は無い、完全なる自業自得でしかない。

そうやってきたしこれからもそうするつもりだった。

だが今の俺は果たしてこの男に対してこんな物言いができるような立場にいるのか。

後2日で仲間に出来ないと今を生きるために借金をさせられる。

目の前の男と同じような生活に片足突っ込んでしまう。

男も俺も藁にも縋りたい気分だ。

そしてお互いがそれぞれの藁だ。

所詮藁でしかない。

それでも縋らなきゃいけない。

断る理由はお互いにない。

いや、お互いに出来ない。

こいつが、この人が、どんな人か。

最低限の常識は持っているのか。

そんなものを吟味することは出来ない。

とにかく懐柔しなきゃいけない。

そう決心し、俺はギルドへと足を踏み入れた。

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オープンストーリー @CHIN7

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