オープンストーリー
@CHIN7
プロローグ
俺は25歳のいたって普通の社会人だ。
別に女性関係に良い意味でも悪い意味でも目立ったことはない
職場も課長が先輩や同僚達の士気を下げることしかしないような無能であること以外は辞める理由も見当たらない位のいい場所だ。
現状出世欲も無いから、この会社で特に目立つようなこともせずにゆったりと過ごす事も悪くないんじゃないかと思っている。
そんな欲はないがただ唯一俺が熱中しているものがある。
それが「オープンストーリー」というゲームだ。
内容としては勇者が魔王を倒すことで世界を平和にするというありふれた内容のゲームだ。
これ自体も敵味方双方のキャラの魅力があって好きだが、1度クリアすると解放される「一般モード」がこのゲームの一番面白い所だ。
このモードで操作するのは勇者ではなくこの世界のただのキャラの中のひとり。
そのキャラにどういう選択をさせるのかはプレイヤー次第という内容。
勇者の力無しに平和を作ったり、盗賊として富を築いたり、魔王の手下となって勇者を倒す事にしたりと無数の遊び方が存在する。
しかも、勇者プレイとは違い衣食住を提供してやらなきゃいけない。
このゲームは俺が大学1年の頃に発売されたのだが、このゲームに出会ってから今に至るまでやり続けてしまった。
プレイ時間はとうの昔には1000時間を超えている。
こんだけやりこんだせいで、寝ぼけてたまに手持ちの金ないけど依頼達成報酬で何とかなるだろうと駅に行ったりと現実でゲームのほうの価値観で考えてしまうことがあった。
社会人になったら流石に制限しようと思ってたのに後輩がこのゲームを気になって買ったらしく、色々教えてあげるという大義名分を得てしまったこともあって余計にのめり込んでしまった。
今日もそんな後輩とそのゲームについて色々な話をした。
「いろいろ試したけど、やっぱ金策で一番楽なのは巨大ムカデ討伐クエストだな。」
「えっアイツですか。無駄にグラフィック凝ってるせいで結構キツイんすよね。」
「分かる。でも戦う相手と考えると、突進のダメージは痛いけどそれしかしないくらい動きは単調だし体長いから適当に攻撃してもダメージが出る。しかも金になる素材を高い確率で落とすうえ、上位種共も全部似たような奴だからずっと使える金策ってわけだ。」
「ほうほうなるほど、ところでクエストってことらしいっすけど冒険者登録してないとダメなんすかね?」
「いや、クエストだと情報と達成金があるってだけ。別に討伐自体は出来る。まあ大まかな場所もわかんないから結構面倒だけど。」
「あーありがとうございます。始めたばっかなんであんまり分かんないすよねー。」
「そういや登録してないらしいけどどういう遊び方してんの?そのやり方でも無数の選択肢があるからマジで見当もつかない。」
「えーと、んー、いやーちょっと言うのが難しいんですよねー。」
滅茶苦茶歯切れ悪い返しだ。まあ恐らく初心者がよくやる尖った遊び方をして迷走しているんだろう。
でも、あんまりそういう所に助言すると初見としての面白さがなくなるし、そってしておこう。
「まあ始めたばっかだしな。色々やってみるのもいいもんだよ。トライアンドエラーしてる時がなんだかんだ言って楽しいし。」
こんな感じの覚えて置くと便利くらいの情報を主に教えている。
俺が現実に多くを求めないのはこのゲームをやってるだけで楽しいからだ。
発売から結構な時間がたっているにもかかわらず、今もアップデートがされている。
そのおかげで別のゲームをやっていても最終的にこのゲームに戻ってきている人が多い。
ガチ勢の方々の滅茶苦茶プレイやRTAも今も盛んに投稿されている。
家に帰って明日の仕事の準備も終わり、もう寝れるぞという状況になったらようやくゲームだ。
終わるタイミングをすぐに見失うゲームだから気付いたら3時なんてのはよくある。
今のうちに済ませとかないと力尽きてしまう。
だから、寝る準備をする必要があるわけだ。
最近は初心者の後輩のアドバイスのために一旦新しいキャラで始めている。
このゲームは何回も最初からやって一番安定する周回を見極める派と一つの周回をとにかく強くしていく派がいる。
どちらも楽しいわけだが自分が好きな方は強くしていく方が個人的には性にあっている。
しかしこの手のゲームで序盤を動きを決めていくかを決める時間もやはり楽しい。
最初から始める場合選ばれるキャラの得意不得意はランダムのため、リセマラする人も多い。
ただそのキャラクターとは一期一会みたいな事を思ってしまうせいでリセマラに少し抵抗が出てしまうため毎回どんな使えん奴でも始めてしまう。
とはいうものの今回のキャラは特にひどい。
武器の適性が大体20段階中2。
魔法に至っては1という酷さだ。
この世界で一体何やってたらこんなクソステータスになるのか。
まあでも別に序盤が安定すれば大して問題はない。
しかし、ふと思った事がある。
もし、自分がこのゲームに入ってしまったならこんなステータスなのではないか。
この現代社会で武器の適正なんてあっても役に立つことは少ない。
学生の頃も剣道の授業はなかったから本当に経験が微塵もない。
それこそ小学校の頃に傘を剣代わりにして遊んでたくらいだ。
そんなことを考えているとこのキャラに親近感が湧いてくる。
せっかくだからとこのキャラの名前は自分の名前である「ミツイ」にした。
自分の名前を付けるのも小学校の時以来だ。
童心に帰って昔の生活を思い出しみる。
学校が終われば誰かと遊ばず家に帰って宿題を終わらせてゲームをする。
やっていることは昔から変わっていなかった。
でも明確に今と違う部分がある。
未来への希望だ。
どうなるかも全く分からない未来への期待があったのだ。
しかし、今俺が生きているこの時間がその期待していた未来なはずなんだ。
昔と何も変わっていないじゃないか。
そんなことを思い始めてしまった。
涙が出る。
惨めに思えてしまう。
今まで今の生活に不満を感じたことはない。
けれど昔のことを思い出してしまった今ではこれでよかったのだろうかと思ってしまう。
後悔するようなことはしていない。
でもやっておけばよかったんじゃないかと何度も思うことはあった。
後悔しておけばよかったとは思わないが少なくとも、保身に走らなきゃよかったとは思う。
そんなことを思ってしまったらもうゲームどころではない。
今日はもう寝よう。
とにかく寝て忘れようと布団に入る。
しかし全然寝付けない。
色々とネガティブな事を考えてしまう。
過去は変えられないのだからこんなことを考えても仕方ない。
仕方ないのは分かっている。
分かってはいるのに悲しくなってしまう。
そしてついにこんな事を思ってしまった。
「人生をやり直したい。それこそ過去に戻るよりずっと楽しそうなゲームの世界がいいなぁ」
こんな現実逃避をするくらいには精神がやられてしまっているらしい。
結局寝付いたのは1時間くらいかかってしまった。
目が覚めた。
昨日のことが噓のようなスッキリした目覚めだ。
しかし、何かがおかしい。
地面が固い。
どうやら土の上にいるようだ。
布団の上で寝ていたのに、何で外にいるんだ。
とにかく起きてみよう。
見渡す限り木しかない。
当然ながらこんな場所に来たことはない。
しかし、見たことはある。
矛盾しているように聞こえるがそんなことはない。
いわゆる親の顔より見た光景という場所だ。
だが、そんなはずはない。
見慣れた場所ではあるが自分の目で直接見たことはない。
いや、見れるはずがない場所なんだ。
ここは「オープンストーリー」のリスポーン地点に酷似している。
なぜこんなことになっているのかまるで分からない。
そして夢の世界でないということも無情にも理解できてしまう。
今この状況をいやでも理解してしまう。
ようするに何らかの方法で今俺はここにいるのだ。
何らかの方法はもうどうでもいい。
しかし、こうなればせめてもの救いを祈ることしかできない。
この世界がゲームの世界ににているだけの違う世界でありませんように。
もし、そうなってしまえば、なにも分からないまま野垂れ死ぬかもしれない。
とにかく、町があるだろう方向に向けて歩き続ける。
もしこの世界が「オープンストーリー」だというならこっちにあるはずだ。
そうして3分歩き続けて無事に町についた。
良かった、とりあえずはどうすることもできず死を待つのみという最悪の事態は避けられたらしい。
町の様子もよく見た景色であるためほぼ間違いなくゲームの世界だと思ってもいいだろう。
とりあえず安心して腰を下ろした。
安全を確保したから自分の容姿と持ち物を確認する。
服は布のシャツとズボンに革の靴。
ゲームの初期装備って感じの服だ。
持ち物は1000シルバー、、だけ。
普通あるはずの短剣や弓矢を持ってないときた。
…モンスター倒せないのでは?
何かの間違いで素手の攻撃力が高いのかと思って木を殴るも、ひびははいらないし手は痛いしで最悪だ。
まぁこれといって身体的な強化はされていないのだろう。
魔法に至っては現状確かめようがない。
使えないものは戦力として考えない。
このざまではスライムすら倒せない。
武器屋なら一番安い剣が800シルバーだろうから最悪冒険者として生活することは出来なくもない。
しかし、そんなことができない理由がある。
まず、食料がいる。
この世界がゲームの世界であろうとなかろうととにかくお腹がすいてきた。
衣食住の衣と住は何とでもなるが、食だけは我慢しようがない。
食料の最低値は1日50シルバーのパン2個。
10日で資金が尽きてしまう。
そんな状態で8日分の食料費を使いまともに使ったこともない剣を買ったりしたらどうなるかなんてのはすぐにわかる。
今生きる事を主に考えるのであれば手がないこともない。
この町から少し離れた場所にかなり大きな、果実がなる木がある。
そこの木の下に拠点を構えて落ちてきた実を食べたり売ったりしていけば節制は必要にはなるけれど、生きていくぶんには大丈夫だ。
だがしかし、それでいいのだろうか。
ゲームをプレイしているのなら安定することの大切さはよく分かっている。
でも、そんな安定択はあまりにもつまらない。
安定択は安全であることと同時に逃げることでもある。
それに、だ。
昨日の夜のことも思い出す。
惨めになって、変えたいと思っても怖くて、今この状況を変えたいと思っても変えれなくて。
勇気がなかった。
勇気を出すにはもう遅かった、いや勇気を出すことからも逃げた。
でも、せめて、この世界では。
こうなると夢でないことを願い始めた。
これが現実であってくれ。
この世界で、せめてもの勇気を。
逃げることなく勇気を出させてくれ。
俺は、ようやく一歩を踏み出した。
文字通りでもあり、比喩としてでもある。
さて、色々な葛藤から解き放たれたわけだが、何をしていくのかを決める必要がある。
まず、この世界が「オープンストーリー」であることの確信を持ちたい。
とにかく似たような別の世界でない事を確かめる必要がある。
方法自体は様々だが今回は看板を見て判断する。
「ここは伊地のまち
北 仁のまち
東 商業区兼住宅区
南 港場
西 農村区
中央 ギルド」
単純な看板をではあるが分かりやすい。
ここが俺がよく知る場所であることがよく分かった。
判断したのは伊地のまちなどの単純な名前、そして港場だ。
この世界では港は区が付かない。
理由は区と呼べるほどの発展をしていないということ。
それに関しての理由は今は関係ないものとして。
港場という場所はこのゲームのプレイヤーくらいしか使わない。
一応苗字としてあるくらいだ。
これは充分な判断材料といえる。
そうなるとやりたいと思っていたことが出来る。
この世界の知識はちゃんとあるということがよく分かった。
つまり一般的に知られてない事を知っている。
だから、何でも屋みたいな事をしたい。
モンスターの退治というよりも、情報やアドバイスを主に活動する。
戦う事は出来なくても、人に知識を与えてのサポートは出来る。
後輩に教える立場だったこともあって最近改めて勉強してたし、自信はある。
これなら無謀ではないしこの世界に馴染みが無いものだから冒険でもある。
10日以内に一人でも来れば何とでもなる。
希望も充分にある。
とりあえずギルドの人達に頼んで最低限の設備を貰った。
机と椅子と旗があれば1人くらいは来てくれるだろう。
一応営業妨害にならないようにと、そこそこ離れたギルドが運営するアイテム屋や鍛冶屋の近くに置かせて貰った。
ここから俺の「オープンストーリー」が、俺の物語が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます