#014: 言葉の届け方


 昔の職場に3ヵ国語を操る先輩がいた。

 とても穏やかでユーモアがあって、どんな人にも公平に接する人だった。

 分からないことがあって質問すると、理路整然と必要な情報を過不足なく提供してくれる頼りになる先輩。


 その先輩は日本語、英語、スペイン語の3カ国語を話すことができる人だった。母国語が日本語で英語ができる人は珍しくない。でも仕事でスペイン語を使っている人と一緒に仕事をするのはその先輩が初めてだった。


 言葉というのは不思議なもので伝える相手の習慣や性質に合わせた方が断然伝わりやすい。例えば、日本語ならば丁寧に、英語ならばはっきりと、スペイン語ならば情熱的にという感じだ。


 その先輩が電話でスペイン語を話しているのを何度か聞いたことがあるが、普段の穏やかで丁寧な日本語の喋り方とはまるで違っていた。

 声はいつもより大きく、抑揚に富み、時折身振り手振りまでもが付く。スペイン語が話せない私には話の内容はさっぱり分からなかったが、普段の喋り方とあまりに違っていたので喧嘩をしているようにさえ聞こえた。


 先輩が受話器を置いたタイミングで私は「何か問題発生ですか?」と声をかけた。先輩はキョトンとした表情で「何で?」と返してきたので「喧嘩っぽい口調に聞こえたので」と伝えると、「いたって普通の会話だったんだけど」と少し戸惑っていた。


 その後も何度か似たような場面に遭遇し観察を続けて辿り着いた結論が「話す言語によって性格が変わる(変える)」ということだった。

 私はこのことを直接先輩に伝えたが本人は「そうかな? 意識したことないけど」とのこと。経験から一番伝わりやすい方法を無意識のうちに選んでいたのだろうか。さすが仕事のできる先輩だ。


 ビジネスシーンでのプレゼンや企画書、日常的に発生する連絡や報告。無駄なく効率的にかつ正確に相手に伝えなければならない場面は多い。

 伝えたい相手がある程度絞り込めるのであれば先ずはその相手をよく知ることは遠回りのようで圧倒的な近道となる。相手を知ることで省ける説明や慣れ親しんだ表現などが特定でき、効率的なコミュニケーションが可能となる。


 その絞り込み要因の最たるものは、どの言語でのコミュニケーションであるかということだ。これは外国語に限ったことではなく、経済用語、技術用語、医療用語からネット用語やオタク用語にいたるまで特定の世界でのみ通じる言語が含まれる。相手に正確に伝わり、すんなりと耳に入る言葉を選べば伝えたいことは相手に届き易くなる。


 コミュニケーションに苦手意識があったり伝えたいことが相手にちゃんと伝わらなかった経験がある人は、まずは相手のことを知ることから始めてみるのはどうだろうか。相手のことを良く知り、伝える方法を賢く選べばきっと今までより上手く伝わるはずだ。

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独り言 蒼井アリス @kaoruholly

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