大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 楽しそうに武悪の遺骸を拾い集める嘯吹を尻目に、翁は媼に指示を出す。


「媼サンハ、天芭 隊長ト中将サンノ治療ヲ御願イシマスネ」


「解ったよ翁さん。

 はあ、それにしても酷くやられたもんだ。

 確かに、この数相手じゃ天芭 隊長もきつかったろうね。

 嘯吹さん、凍光法をこっちに回しておくれ」


「もう、媼が自分でやってくれぷ~ん。

 めんどくさいぷ~ん」


「あたしゃもう年なんだ。

 少しくらい手伝ってくれてもいいだろうに。

 それに、あんたは術の練習も必要だよ。

 後で武悪さんの死骸集め手伝ってやるからこっち来な」


「解ったぷ~ん。

 やればいいんでしょやればぷ~ん。

 そうれ、ぷぷんぷ~~ん♪」


 老齢の女声で嘯吹をき付けた媼は、凍光法の発動と調整を任せる。

 自身は薬師如来・平癒法、韋駄天・神行法の三密加持を行ない、天芭 大尉の火傷治療を開始した。


「流石は天芭 隊長。

 毒素が広がる前に傷口を綺麗に焼いてるね。

〈ミ゠ゴ〉による侵食はなさそうだ。

 そこは大丈夫なんだけど……銃創と火傷の方は霊創れいそうになってる。

 銃創の方は敵にやられたんだろうけど、天芭 隊長がまた自分の身体を焼く羽目になるとは。

 全く、何の因果いんがかね……。

 どちらにせよ、霊創はあたしの術だけじゃ全治できない。

 また治療繭ちりょうけんの中に逆戻りだね……」


 天芭の応急手当を終えた媼と嘯吹は、少し離れた場所に倒れていた中将の許へと向かう。


 中将は腕拉ぎ十字固めから三角絞さんかくじめに移行した状態で失神しており、〈ハイドラ頼子〉は陸揚げされた蝦蛄しゃこよろしく泡を吹いて倒れていた。


 だが中将も無事ではなく、〈ハイドラ頼子〉の拳を受け続けた両脚は至る所が骨折。

 骨が皮膚を突き破っている箇所さえ在った。


[註*三角絞さんかくじめ=松葉絡まつばがらみ、トライアングルチョークなどとも呼ばれる。

 相手の頸部と片腕を両脚で挟み、相手の頸動脈を絞める技。

 仕掛ける体勢によって幾つかの種類がある。

 作中で中将が〈ハイドラ頼子〉に掛けているのは、『肩絞かたじめ』と呼ばれる型]


「中将さん、あんたも良く頑張った。

 筋肉が硬直して動けないんだろ。

 頑張った証拠さね。

 いま治療してやるから待ってな」


 媼の回復術は外法衆の中でもズバ抜けており、その並外れた回復術で正隊員にまで成り上がったのである。

 その秘術が、〘薬師如来・平癒法・瞬療活しゅんりょうかつ〙だ。


 平癒法の使用は想像にかたくないだろうが、そこに神行法と凍光法を加えるのがこの秘術のきもなのである。


 神行法を使う理由は、対象の細胞増殖を極限まで高速化させる為。

 但し、そのまま神行法を掛けてしまっては熱で細胞が壊れてしまう。

 そこで凍光法を使い、細胞が破壊されない限り限りの温度を保って増殖させるのだ。


 この秘術は、霊創以外の外傷、遺伝病以外の疾患を極短時間で治療できる為、彼女の存在は今や外法衆の守りのかなめとなっている。


 中将の両脚は、媼(と嘯吹)の秘術によって瞬く間に治癒した。


 治療が終わると中将が目を覚まし、状況を察して同僚に礼を述べる。


かたじけない媼 殿」


「嘯吹も手伝ったぷ~ん。

 嘯吹にもお礼してぷんぷん♪」


「……忝い嘯吹」


 中将は立ち上がり、未だ失神している〈ハイドラ頼子〉を一瞥いちべつして別れの言葉を贈った。


「夫婦共々美しかったぞ。

 また死合しあえる日を楽しみにしている……」


 倒れている宮森へと近付いた中将は、彼の眼窩に突き刺さっている都五鈷杵剣すべごこしょけんを回収した。


「……この男、最後の最後まで瑠璃家宮を守るとは、余程の信奉者しんぽうしゃか大変な曲者くせものだったとみえる。

 どちらであろうと、死んでしまってはもう楽しめないがな……」


 大事な宝物を失ったが如き残念な面持ちで宮森を一瞥した中将は、意識を失った天芭をかついでその場を去る。


 両人の治療を済ませた媼は、武悪の死骸集めを手伝い回収作業を終わらせた。


 翁は仕事の進捗しんちょく具合を確かめ、再度〈白髪の食屍鬼グール〉に話し掛ける。


「ココニ来ル途中ニ地下牢ガ在リマシタ。

 ソコニ入レラレテイタ囚人達とハ、本当ニ貰ッテ良イノデスネ?」


「ああいいとも。

 あ奴がおると酒代がかさんで堪らんわ。

〈死霊秘法〉のおまけじゃ、他の囚人と一緒に持ってけ持ってけ!」


かさがさネ有リ難ウ御座イマス。

 コチラデ有効活用サセテ頂キマスネ」


「後、アプトン……鎧を着た体格のいい〈食屍鬼〉の事じゃ。

 あ奴も持って行ってくれ。

 後で儂が改造したい」


「改造!

 ワタシモヤッテミタイデス!

 一ツ御指南ノ程ヲ!」


 改造、と云う言葉で意気投合してしまったふたり。

 図らずも話が弾んでしまう。


「翁と言ったの。

 其方は儂と随分気が合うようじゃ。

 一つ、共同研究でもしてみんか?」


「イイデスネ。

 天芭 隊長ガ意識ヲ取リ戻シ次第相談シテミマス!」


「では宜しく頼む。

 共同研究はそちらの目的の為にも大変有用じゃからの。

 損はせん筈じゃて……」


 表情こそ面に隠れて視えないが、翁の声色はウキウキルンルンを隠せない。


「ソレニシテモ、今回ハ良イ取リ引キガ出来マシタ。

 又ノ御利用ヲ御待チシテオリマス」


「ふぇっふぇ。

 まるで商売人みたいな言葉を吐きよるわ。

 して翁よ、本業はなんじゃ?」


「貴方ト同ジ、カドウカハ判リマセンガ、医者デス。

 コレデモ、祖先ハ日本人ナノデスヨ……」


「ほう、奇遇じゃな」


 ふたりの会話も弾んで来た所だったが、翁も帰り支度に掛かる。


「ソレデハ播衛門サン、御娘オムスメサント御孫サンニ宜シク……」


「御娘じゃのうて、娘御むすめごじゃぞ。

 憶えておけ……」


「オウ!

 ワタシトシタ事ガ間違エテシマイマシタ。

 日本語ハ難シイデスネ。

 デハ、ワタシ共ハコレデ……」


 最後は片言かたこと日本語あるあるで締めた翁は、同僚達と連れ立ち外吮山頂上を後にした――。





 大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び その二 了

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