第十節 大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び
大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び その一
一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上
◇
掘っ立て小屋周囲の
先程まで戦闘していた者達はその殆どが意識を失っており、正気を保っているのは多野 教授ただひとりである。
「……この霧は、播衛門 殿の仕業か。
いかん……意識が……」
多野が眠りに落ちたのを確認すると、外吮山頂上周囲の
真夏の
そこへ辿り着く者達の姿が在った。
人数は三人。
共に帝国陸軍の軍服を着込み、それぞれが面を着けている。
中心に居るのは中肉中背の男性。
面で顔を隠してはいるが、明るい金髪なので西洋人である事は間違いないだろう。
その人物の面は、
[註*
他にも
翁面の向かって右隣りには、小柄な体格の
面も身体付きも女性で、面の
やや腰が曲がっている事からも、面と同じく老齢の女性なのかも知れない。
[註*
翁面の向かって左隣には、
七福神の
常に膝を曲げており極度の猫背。
胴の長さに対して手足が異常に長く、背筋を伸ばせば六尺(約一八一・八一八センチメートル)を軽く超えるだろう。
毛髪には所々白髪が混じっているが、時折り『ぷ~ん、ぷんぷ~ん』などと呟いており、年齢の不詳具合に
[註*
ユーモラスな造形は、ひょっとこ(
一行を代表していると思われる翁面の人物が申し出た。
「コンニチハ、比星 播衛門サン。
ワタシハ外法衆ノ翁ト申シマス。
以後、御見知リ置キヲ。
コチラハ同僚ノ【
今回ノ闘イ、天芭 隊長達ガ勝利シタ様子。
早速デ悪イノデスガ、約束ノ品ヲ頂イテモ宜シイデショウカ?」
明らかに英語
対する〈白髪の
「お主らの隊長さんがこの場に倒れとると云うに、ちとせっかちが過ぎるぞ。
まあいいわい。
ほれ……」
〈白髪の
そこから、一冊の書物が現出する。
書物の四隅は金属で補強されており、背表紙からは盗難防止の鎖が、表紙には閲覧制限用の錠前まで設えられていた。
表紙の材質は滑らかな光沢を放つ皮らしき物体で、闇が
また現在の気温と湿度の為か、薄らと湿っている。
特筆すべきはその
それを視認するだけで免疫の無い者は不安に陥り、読む前から神経を
物々しい
「オォ、コノ手触リハ〘
マサシク〈
然モ、気温ガ高イ所為カ表紙ガ汗ヲ掻イテイマス。
本物ノ証拠デス。
確カニ受領シマシタ。
有リ難ウ御座イマス。
瑠璃家宮 殿下御一行ハ、皆サン眠ッテオイデノヨウデスネ。
大変都合ガ良イ。
コノ際、瑠璃家宮 殿下御一行ノ細胞採取ヲ……」
「欲張るでない。
彼奴らに手を出すと、規則違反と
「……冗談デスヨ。
本気ニシナイデ下サイ播衛門サン。
デハ、事後処理ニ入ラセテ頂キマス」
ふたりの交渉が終わると、嘯吹が
「ぷ~ん。
武悪しんじゃったぷ~ん。
嘯吹かなしいぷ~ん……。
翁、武悪なおせるかぷ~ん?」
「ドウデショウネ……。
取リ敢エズハ遺体ヲ集メテ下サイ。
コノ暑サデス。
細胞ガ駄目ニナルノモ早イデショウ。
望ミヲ繋グ為ニモ、早イニ越シタ事ハアリマセン」
翁の言葉を聞くや否や、三密加持を執り行なう嘯吹。
左手は人差し指、中指、小指を真っ直ぐに伸ばし、親指と薬指は曲げて先端を付ける。
右手は拳の形から人差し指のみを立て、第一関節、第二関節ともに深く曲げる形の
『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・センダラヤ・ソワカ』との
嘯吹が武悪の遺骸を拾うと、その遺骸は一瞬にして
凍ったのである。
凍った遺骸を次々に袋へ放り込んで行く嘯吹。
「腐っちゃまずいから、凍光法でカチンコチんぷ~ん。
ヒンヤリ涼しくて、今の季節にピッタリだぷ~ん♪」
月天・凍光法は、対象の分子を振動させる日天・焦光法と真逆の性質を持つ。
対象の分子運動を抑制し、凍らせる秘術なのだ。
一般に広く
月光の当たっている箇所は、当たっていない箇所よりも僅かだが温度が低くなるのだ。
月光が物体の温度を低下させる事の証明なのだが、何故か詳しい研究がなされない。
又、月光が日光の反射なら、昼間でも明るく輝く筈。
しかし乍ら、昼間の月は太陽のように強く輝いてはいない。
以上の事を踏まえると、月光は日光の反射ではなく、自発光している可能性がある。
詰まりは、現在確立しているあらゆる学問に、邪神崇拝者達の嘘が紛れ込んでいると云う事だ。
◇
大昇〈食屍鬼(グール)〉後篇 結び その一 了
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