外吮山頂上決戦 終盤 その八
一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上
◇
雷撃を纏い地上へと降り立った天芭 大尉。
彼は神行法で残りの触手を躱し、瑠璃家宮の左半身側へと移動した。
「これで終わりです。
瑠璃家宮 殿下……」
『チュジィーーーッッ……』
天芭は流血を期待していたが、千切れ飛んだのは
そう、瑠璃家宮の左半身は既に石化していたのである。
「そう云う事ですか殿下。
行動不能になる迄の時間を稼ぐ為、左半身を既に石化させていたとはね。
然も、石化させた箇所は斬撃に対して最小限の損傷で済む。
涙ぐましい努力御苦労様と云いたい所ですが、そうは問屋が卸しません。
いえ
両膝横と腰横の四臂が側面を合わせ、縦方向に繋がり天芭の頭上へと伸びる。
続いて両肩横と頭上横の四臂が、先程の合体四臂先端へと更に合体。
最先端部が爪状に展開した。
この有り様を例えるならば、
そして爪の中心に現れたのは、
「この技は以前〈
如意輪観音・戦輪法の発展型ですから……。
そうですね、〘如意輪観音・戦輪法・
話は変わりますが、殿下の神体は今も南海の底に沈んでいるのでしょう?
海の中では湿っぽくて堪らないのではありませんか?
私が穴を開けて風通しを良くして差し上げますよ。
あっははははははははははははっ!」
『ガリガリガリッ、ガリィーーーーーーーーーイイイイィッ!』
天芭の勝ち誇る声と、瑠璃家宮を削り取る音が重なり合う。
頼みの綱である触手も、天芭の電撃によって機能不全に陥ったままだ。
このままだと瑠璃家宮の左半身は完全に削り取られてしまい、石化解除を待たず絶命するだろう。
まさに絶体絶命の状況だが、瑠璃家宮は微笑を浮かべたまま動かない。
勝利を確信した天芭が本性を現した。
「石化が進んで恨み言一つ吐けないとは、全くもって情けない。
ムー帝国真の盟主が聞いて呆れる。
お前の築いた地盤はこちらで引き継いでやるから、あの世で我々の勝利を見物しているがいい!」
瑠璃家宮を
『バスーーーーン!
ギュラーーーーーーーーッ!』
突然銃声が響き、
破壊の残滓には、
天芭はキョトンとした顔付きで、銃声のした方を
そこには、頭部全体を血に染める痛々しい容貌の人物が
その人物には毛髪が無く、耳も鼻も唇も見当たらない。
剥き出しの歯列を
一向に
理由は、瞼が無いからだ。
銃口から
紫煙が
その様子を見て、天芭は恐怖と憤怒の入り混じった声を挙げる。
「……何故だ、なぜ貴様が生きているんだ宮森ぃーーーーっ!」
ある事に気付き、地面を見る天芭。
視線の先には、先ほど彼自身の手で始末した宮森の死体がある。
その死体は左手でコルトM1911を握りしめ、確かに絶命していた。
天芭は記憶を辿り答えを探す。
精神的余裕が無くなったらしく、肉声が出てしまっていた。
「……あの死体は、左手に銃を構えている。
宮森は、私が見た限りでは右利きの筈だ……」
天芭は不信の念を露わにして、死体を触手の下から引き
幾分苦労するかと思われたが、
それもその筈、死体は胸部より上しかなく、右腕も既に千切られていた後だったからである。
切断した死体の頭部を手元に引き寄せた天芭は、あろう事か髪の毛を引っ張った。
頭部からズルリ、と抜けたのは髪の毛だけではない。
頭皮全体が剥けたのだ。
皮を被っていた頭部は骨格が滅茶苦茶に破壊されていたが、禿頭である事と、生来の
天芭はその下卑た顔に心当たりがあった。
「……武悪、だと。
武悪の死体を回収し……宮森の頭の皮を被せて替え玉に仕立てていたとは。
武悪は、多野に右手を切断されている……。
……だから替え玉は、左手で銃を構えていたのか。
我ながら
瞳孔が開いていたのは、既に死体だったからだな……。
……瑠璃家宮が触手で電気信号を流し、死体を操っていた。
違いに気付けなかった私は……間抜けだ。
それに、フフフ……。
……御丁寧に服まで着替えさせているとはな。
まさかあの瑠璃家宮が……宮森と武悪の服を触手で着替えさせていたのか?
もしそうなら冗談にも程がある……。
……くだらん、実にくだらんぞ!
あっはははははははははははは……ん?
服……服だとっ⁈」
その意味を察した天芭は、中将が落としていた
残り少ない霊力を振り絞り成立させるは、金剛薩埵・豪剣法。
瑠璃家宮に止どめを刺すべく
その時点でほぼ全ての霊力を使い果たしたが、瑠璃家宮を完全に滅すべく命を削る天芭。
自らの手で握った剣に渾身の霊力を込め、
天芭が瑠璃家宮の左眼を狙い渾身の突きを繰り出した。
「
天芭の命そのものである、黄緑色の
⦅手応え有り。
完全に
目的を達した筈の天芭は、身に覚えの有る熱気と違和感を同時に覚える。
⦅剣は確かに、眼球から入り後頭部の頭蓋を突き破っていた。
だが眼球の位置が、違う……⦆
天芭の突き通した眼球は左眼ではなく……右眼だった。
剣で突き通されたその男は、
耳も鼻も唇も頭髪も瞼も無い、男。
血に
〈ミ゠ゴ〉に
血に塗れ涙を流し続ける男の熱気を感じ、天芭には敗北感が込み上げる。
今一歩の所で瑠璃家宮を討ち果たせず、まんまと踊らされた自分に――。
「矢張り、武悪の耐熱服を着たのは、神行法を使う為、か……」
井高上 大佐の
右頭部を貫かれた彼は既に意識を失い、都五鈷杵剣を飾り付けたまま後ろへと倒れる。
宮森の背後には既に石化している瑠璃家宮。
半身から触手を溢れさせた悪趣味な彫像から、微弱な霊力が発せられた。
それが天芭へと届く。
何の事はない、単なる生体活性の術式。
だが、天芭を屠るには事足りる。
「……おおおおおぉっ、おおおおおおぉぉぉーーーーーー⁉
と、融ける‼
私の、私の身体があああぁぁーーーーー……」
天芭の右胸に開いた
そう、宮森の放った銃弾は
そして、スプリングフィールドM1903の弾丸は
霊力を込めると、内部に仕込まれていた細胞融解素が反応して獲物を
天芭は宮森の頭蓋から慌てて剣を引き抜き、まだ細胞融解素に侵されていない部分ごと患部を
「はぐぅぅ……」
だがこれだけでは充分ではない。
細胞融解素が少しでも残っていれば全身が食い尽くされる。
天芭は火天・自在法の三密加持を行ない、左掌に炎を現出させた。
霊力を使い果たしている為に命を削って創った炎である。
天芭は黄緑色に輝く炎を右胸に押し付け、傷口を焼いた。
「くそぉぉぉっ……再び己の身体を焼く羽目になるとは!
……ぅぅぅっ、があああうああああぁうぅーーーーーーっ!
……はぁ、はぁ……消毒、完了……」
傷口を細胞融解素諸共に焼き塞いだ天芭は、比星 親子が籠もる掘っ立て小屋周囲の
掘っ立て小屋から誰かが……いや、
〈白髪の
「……よくもまあ、あれだけの長い時間これだけの異形化が出来たものよ。
瑠璃家宮の小坊主にしては上出来上出来。
じゃが、今はもう完全に石化して意識を
と云う訳で、討論はお主の勝ちじゃ。
天芭 史郎、望みの物を与えてやろうぞ……」
己に向けられた勝利宣言を聞いた天芭。
彼は緊張の糸が切れたのか、そのままうつ伏せに倒れ意識を失った――。
◇
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対象のデーヴァナーガリー文字は〔
外吮山頂上決戦 終盤 その八 了
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