外吮山頂上決戦 序盤 その五

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 千手観音・増臂法で増し加えた造腕マルチアームを振りかざし、〈ダゴン益男〉を迎撃せんとする天芭 大尉。


ダゴン益男〉の繰り出す水刃ハイドロブレードは、天芭 頭上横、両膝横の造腕マルチアームが構えている戦輪チャクラムであえなく防がれた。


 ようやく念願叶った天芭は、増加した四臂で獲物を捕まえに掛かる。

 千手、と迄はいかないが獲物を捕獲した天芭。

 獲物は脱出を試みるも、造腕マルチアームで四肢をガッチリと掴まれ逃れられない。


「くそっ、奴に掴まれた!」


「捕まえましたよ〈ダゴン益男〉。

 綺麗に盛り合わせてあげますから、心配は御無用です」


 焦りと恐怖を見せる〈ダゴン益男〉。

 天芭は笑みを浮かべ、両手の戦輪チャクラムで彼を捌きに掛かる。


『バスーーーーン!』


ダゴン益男〉に戦輪チャクラムを宛てがおうとした瞬間、天芭 左側面の造腕マルチアーム全てが瓦解がかいした。


 上空へと突き抜ける30-06サーティ・オー・シックス細胞融解弾の残滓ざんし


 天芭と〈ダゴン益男〉のほぼ真下では、瑠璃家宮の構えるスプリングフィールドM1903が硝煙しょうえんを吐き出していた。


 瑠璃家宮による援護射撃で半端な自由を得た〈ダゴン益男〉。

 すかさず右腕と右脚の水刃ハイドロブレードを閃かせ、自身の左腕と左脚を掴んでいた造腕マルチアームを斬り裂いた。


 遂に完全な自由を手に入れた〈ダゴン益男〉。

 残り二臂となった造腕マルチアームを処理しつつ、右かかと落としの形で水刃ハイドロブレードを天芭に食らわせる。


 微細なから水を噴き出し瞬時に物体を斬断する水刃ハイドロブレード

 只その斬れ味を持続させる為には、身体の水分が失われる欠点も抱えていた。


 だが今の〈ダゴン益男〉は全身が水で覆われている為、この欠点も帳消し。

 水刃ハイドロブレードは存分に斬れ味を発揮できる。


⦅惜しい所で瑠璃家宮からの狙撃……。

 地上では、雑仏の弱点が知れて対処され始めたな。

 それにしても、〈ダゴン益男〉と密着しているこの状態で狙って来るとは。

 然も狙いは正確無比。

異魚〉の音波放射でこちらの位置を探知しているのだろうが、瑠璃家宮の読みもあなどれない。

 となると正攻法は危険。

 一旦間合いを取るべきだな……⦆


ダゴン益男〉の踵落としは阿閦如来・障壁法で防がれるも、天芭の霊力は確実に削られる。

 障壁バリアに守られているとは云え、無駄な消耗は避けたい天芭。

 戦輪法と造腕法の三密加持をやり直しその場を離脱。

 緩急を付けた飛行で、瑠璃家宮に的を絞らせない。


 新たな三密加持に入る天芭。


 両掌を広げて伏せ、両親指の側面を付けて並べる。

 両親指は僅かに曲げ、中指、薬指、小指は緩やかに曲げた。

 人差し指は第二関節から深く曲げ、先端同士を付けるは日天印。


 天芭は『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アニチャヤ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、〘日天にってん焦光法しょうこうほう〙を成立せる。


 天芭へと三度目の突進を仕掛ける〈ダゴン益男〉が異変を察知した。


⦅熱い……。

 周囲は水で覆ってある筈だが、何故こんなに……。

 まさか、覆っている水を熱しているのか⁈⦆


 日天・焦光法とは、電磁波を照射して対象を加熱する秘術。

 早い話が電子レンジだ。


 流石の〈ダゴン益男〉もされてはたまらぬと、瑠璃家宮の許に引き返す他ない。


ダゴン益男〉が地上へ戻る途中、天芭は装填した戦輪チャクラム八枚を彼に向け一斉投擲する。

 しかし〈異魚〉が展開した音波探信の恩恵を受けている彼は、後ろを振り返らずに全て躱しおおせた。

 命中しなかった戦輪チャクラムは、全て明後日の方向へと飛び去る……。


 天芭はめげずに新たな戦輪チャクラムを装填。

 焦光法を維持して瑠璃家宮 達の居る地上へと向かった。

 地上では〈ミ゠ゴ幻魔〉の弱点が露見してしまい、瑠璃家宮 陣営を牽制していた〈ミ゠ゴ幻魔〉が一掃されたからである。

 又、瑠璃家宮が川から持って来た水を沸騰させる為でもあった。


 蔵主と多野からの銃撃を受ける天芭だったが、弾道を見切っている彼は易々と接近。

 瑠璃家宮 達に思い切り肉薄して乱戦へと持ち込む。


 天芭の接近には勿論理由が有った。


 味方へ誤射する懸念けねんが有る為、瑠璃家宮 陣営は銃器を使いにくい。

 又、天芭にしてみれば放射している電磁波を減衰げんすいさせる事なく水を熱する事が出来、瑠璃家宮 達自体もじかにチン出来る。

 まさに一石三鳥いっせきさんちょうの妙案だった。


〈ミ゠ゴ幻魔〉の残骸が散らばる中、天芭の接近を許した瑠璃家宮 達は慌てている。


 蔵主と〈ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードで斬り掛かるも、天芭は戦輪チャクラムを備えた八臂を細かく制御して完璧に受け流した。

 それもその筈、〈ダゴン益男〉が身に纏っていた水は高温になり過ぎたので、既に瑠璃家宮が取り去っている。

 それにともない、水刃ハイドロブレードの斬れ味が抑えられてしまったのだ。


 焦光法でジワジワと体細胞をあぶられる瑠璃家宮 達に、更なる悲報がもたらされる。


「そ、そんな⁈

 頼子っ!」


「ああぁ、これはまずいですぅ……」


「頼子 君⁉」


「斃れたか……」


 瑠璃家宮 達に悲壮感が漂うのとは正反対に、天芭の面相には満面の笑みが浮かぶ。


「あらあら、〈ハイドラ頼子〉の方には包丁目ほうちょうめが入ったようですね。

 貴方方も、中将さんの包丁の冴えに魅せられましたか?

 じきに〈ハイドラ頼子〉の御造おつくりが完成するでしょう。

 それよりも、人様の心配より御自分達の心配をなさったらどうです?

 このままだと貴方方、御煮付おにつけになってしまいますよ」


 天芭の焦光法で熱せられる身体とは裏腹に、〈ハイドラ頼子〉の悲報は、瑠璃家宮 達の心胆しんたんをこれでもかと寒からしめた――。





 外吮山頂上決戦 序盤 その五 了

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