大昇〈食屍鬼(グール)〉前篇 結び その三

 一九一九年七月 高野山地下 外法衆本部





〈白髪の食屍鬼グール〉と天芭 大尉との交渉が始まった。


『初めまして比星 播衛門さん。

 外法衆の隊長を務める、天芭 史郎と申します。

 以後、御見知り置きを』


『比星 播衛門じゃ。

 単刀直入に伝える。

 今日より暫くの後、重井沢の外吮山に瑠璃家宮 一派が来るで、彼奴らを撃退して欲しい。

 なお、外吮山に入ったら頂上へは徒歩で向かって貰う。

 現地に行くと判ると思うが、飛行術式を制限する障壁を張っておるで注意せよ。

 頂上に着く迄は、お主達が暇せんように趣向を凝らした持て成しを用意しとるで、存分に楽しんでくれ。

 それと、そちらの戦闘参加人数は三人迄とさせて貰う。

 外法衆総出で掛かったら勝負にならんでな。

 そちらが勝利した場合は戦利品を進呈する。

 お主達の欲する物は解っておる積もりじゃ。

 ここ迄で何か質問は有るかの?』


『……戦利品の具体的な名前を仰って下さい。

 それをもって判断します』


〈白髪の食屍鬼グール〉は益々もっていやらしい顔になり、試すような口調で天芭に返答した。


『賞品はの、【死霊秘法しりょうひほう】じゃ。

 どうじゃ、欲しかろう?』


『貴方が亡くなられた時に私も〈死霊秘法〉の捜索に当たったのですが、とうとう見付からず仕舞いでした。

 それもその筈、貴方は生きてらしたんですからね。

 見付からない訳です。

 確かにこちらとしては願ってもない話ですが、どうも都合が良すぎますね。

 何か裏が有るのでは?』


『実はな、〈ミ゠ゴ〉の胞子を提供して欲しいのじゃよ。

 そちらが〈ミ゠ゴ〉を手に入れた事は知っておる』


 警戒の念を滲ませる天芭。

 精神感応テレパシーを使った通信なので、〈白髪の食屍鬼グール〉にもそれが伝わってしまう。


『色々と御知りのようですね。

 こちらが〈ミ゠ゴ〉の胞子を提供したとして、それに対しての見返りは?』


『〈死霊秘法〉だけでは不十分じゃから、幻魔を召喚して進ぜよう』


『ほう、幻魔の召喚ですか。

 大変面白そうですが、どこで観られるのです?』


『帝居じゃ。

 儂が幻魔を率い、帝居を襲撃して見せようぞ』


〈白髪の食屍鬼グール〉の思念を充分に値踏みしてから口を開く天芭。


『……いいでしょう。

 貴方の御誘いに乗ってあげます。

〈ミ゠ゴ〉の胞子は、三日もあれば用意できると思います。

 準隊員達には言っておくので、都合が宜しい時に取りにいらして下さい』


『交渉成立じゃな。

 恩に着るぞ、天芭 隊長。

 外吮山ではそちらも部隊を動かすじゃろうが、瑠璃家宮 一派が想定外の動きをした時はこちらからも知らせる。

 他に訊きたい事は有るか?』


 天芭は、治療光にさらされている自らの顔を撫でてみた。

 そこには、痛みと敗北の感触が有り有りとのさばっている。


 期待を込めて〈白髪の食屍鬼グール〉に問い質す天芭。


『瑠璃家宮の子飼いに、宮森 遼一と云う書生崩れが居た筈。

 彼は外吮山に来そうですか?』


『宮森 遼一……。

 そ奴めの事も可能な限り調べた。

 瑠璃家宮が囲っておる女……誰じゃったかの?』


『綾、ですか?』


『そうそう、その綾じゃ。

 宮森とやらは、綾とその孕み子の持衰じさいらしくての。

 多野の老い耄れに見初みそめられて、九頭竜会に入会したようじゃな。

 持衰として大成たいせいさせる為にも、瑠璃家宮の小坊主や綾とは行動を共にさせる筈。

 儂らの帝居襲撃を生き延びたならば、その宮森とやらも必ずようぞ』


『そうですか。

 ふふふ、楽しみですね。

 では播衛門さん、外吮山の頂上で御会いしましょう……』


 天芭の承諾を得た〈白髪の食屍鬼グール〉は、霊力を集中し次元孔ポータルを生成した。


『邪魔したな、天芭 隊長に玉藻 殿。

 お主達の武運をねごうておるぞ……』


〈白髪の食屍鬼グール〉は不敵な笑みを浮かべ、次元孔ポータルの中に消えた。


〈白髪の食屍鬼グール〉の退場を見届けた玉藻は、負傷した準隊員達を下がらせた後、天芭の考えを聞く。


『天芭 隊長、人員には誰を選ぶ積もりか?

 まあ、ひとりは隊長自身であろうがの』


『はい。

 先ずは私です。

 それと、瑠璃家宮 一派には〈ダゴンとハイドラ〉が居ますからね。

 格闘術に長け、様々な状況に対応できる【中将ちゅうじょう】さんがいいでしょう』


『最後のひとりは、妾が立候補しても良いかの?』


 玉藻の自薦じせんに暫し考え込む天芭だったが、出て来た答えは彼女の願いにはわなかった。


『申し訳ありません。

 玉藻さんには、ここの防衛を御願いしたいと思います』


『では、他に連れて行きたい者がおるのか?』


『はい。

〈ミ゠ゴ〉研究の成果を見る良い機会ですので、【武悪ぶあく】さんに頼もうかと。

 玉藻さん、至急 武悪さんに連絡を取って下さい。

〈ミ゠ゴ〉研究の進捗しんちょく状況を確認したいのです』


『承知した。

 ふふっ、武悪の奴は喜ぶじゃろうな……』


 他の正隊員と連絡を取るべく、通信室へと移動する玉藻。


 それを見届けた天芭は、来たる闘いに胸を躍らせる。


⦅瑠璃家宮 一派を一網打尽いちもうだじんにするいい機会が巡って来たじゃないか。

 必ずや雪辱せつじょくを果たしてみせる。

 待っていろ、宮森 遼一……⦆


 瑠璃家宮 一派と外法衆。

 そして、播衛門を名乗る〈白髪の食屍鬼グール〉と彼をける〈影〉。

 それぞれの思惑が絡み合い導かれるは、決戦の舞台である外吮山。


 天芭は宮森への復讐を誓い、治療繭に包まれ眠る。


 彼の見る夢は何処どこまでも残虐で、何時いつまでも酷薄こくはくであった――。





 大昇〈食屍鬼(グール)〉前篇 結び その三 了

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