大昇〈食屍鬼(グール)〉前篇 結び その二

 一九一九年七月 高野山地下 外法衆げほうしゅう本部





〈白髪の食屍鬼グール〉による帝居襲撃の数日前、高野山地下の外法衆本部は、闖入者ちんにゅうしゃの出現により浮き足立っていた。


 準隊員達が闖入者を取り囲み、即座に三密加持を行なう。


 左手は掌を上に向け腹の前に横たえ、人差し指、薬指、小指は真っ直ぐに伸ばし、中指は第二関節から深く曲げ、中指の第一関節の上に親指を乗せる。

 右手は親指を手前に立てて左手の指の先に掌底を位置させ、中指、薬指、小指は真っ直ぐに伸ばし、親指は第一関節を曲げ、人差し指は第二関節のみを曲げて直角にする形状の密印ムドラー


『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アギャナウエイ・ソワカ――』と真言マントラが唱えられると、〘火天かてん自在法じざいほう〙が成立する。

 火天・自在法は文字通り火炎攻撃の秘術で、攻撃魔術の代表格だ。


 準隊員達の前方に火炎の縄が伸び、闖入者をひっ捕らえようとのたうつ。

 しかし火炎を纏って暴れる蛇は、闖入者が展開した次元孔ポータルに吸い込まれ消失して行った。


「忙しいところ大歓迎してもろうてすまんの。

 儂の名は比星 播衛門と云う。

 ここを仕切っとるのは誰じゃ?」


「何だと!」


〈白髪の食屍鬼グール〉の無礼な物言いに対し準隊員達が気色けしきばむが、〈白髪の食屍鬼グール〉は事も無げに続ける。


「ここは外法衆本部じゃが、お主達は外法衆ではない。

 じゃから外法衆の誰でも良いぞ。

 出せと言うておる」


「この化け物めが!」


「外法衆ではないなどと馬鹿にしおって……死ねえ!」


 火天・自在法が効かなかった事から、今度は肉弾戦を得意とする血気盛んな若い準隊員ふたりが、〈白髪の食屍鬼グール〉に殴り掛かる。

 だが〈白髪の食屍鬼グール〉は人間とは思えない俊敏さで打撃を躱し、ふたりに痛烈な腹打ちボディブローを見舞った。


「ぐぶっ!」


「がべっ⁈」


 食らった隊員達は呻き声すら満足に上げる事が叶わず、腹を押さえてその場にくずおれるばかりだ。


「手加減はしておる。

 死にゃあせんよ……」


〈白髪の食屍鬼グール〉の挑発に、他の準隊員達は怒り心頭。

 各々おのおの格闘戦を挑むも返り討ちにされる。

 忸怩じくじたる思いで床に転がる準隊員達だったが、通路の奥から現れた人物に気付くと俄然がぜん活気付いた。


 その人物は帝国陸軍の軍服を着た女性で、身長は日本人女性の平均と云った所。

 しかし、すらりとした肢体の割には豊かな胸と尻の持ち主らしく、いかに軍服を着込もうとそれを隠せていない。


 加えて彼女からは、あらがいがたい程の怪しい色気が漂っていた。

 男性準隊員のみならず、女性準隊員も活気付いた理由の一つと推察される。


 彼女は女性をかたどった能面を付けているが、一般に小面こおもておとと呼ばれる類の物ではない。

 髪が細かく描かれ眉毛は無く、金泥きんでいが使われている歯と白眼しろめにより、鬼気迫る表情が表現されていた。


[註*小面こおもておと=小面は代表的な能面で、若い女性を表す。

 乙は醜女しこめを表す狂言面で、お多福やおかめの原形]


 面を着けた女性が、簡単な自己紹介と共に〈白髪の食屍鬼グール〉の来訪意図を問うた。


わらわは外法衆正隊員で、【玉藻たまも】と名乗っておる。

 其方そなたが噂に聞く、比星 播衛門 殿か。

 数年前に鬼籍に入ったと聞いたが、よもや〈食屍鬼〉となって生き永らえていたとはな。

 して、外法衆本部に何用じゃ?」


[註*玉藻前面たまものまえめん=能の演目〖殺生石せっしょうせき〗でのみ使用される面]


「今日より暫くして、信州しんしゅう重井沢おもいさわの〘外吮山そとすやま〙に、瑠璃家宮とその臣下達が来る。

 お主達は彼奴きゃつらと闘って欲しい。

 お主達が勝利したあかつきには、比星 家秘伝の書物を進呈しよう……」


 比星 家秘伝の書物を進呈する、との提案に、玉藻は興味深げである。


「ほう、勝負に勝ったらその秘伝書とやらをくれるとな。

 しかし、瑠璃家宮 一派が外吮山に来ると云う確証は有るのかえ?」


「心配ない。

 その為に娘と孫をかどわかす積もりじゃからな。

 お主達も知っておろうが、孫は病に侵されておる。

 薬が切れれば命が危うい。

 よって、孫が必要な彼奴らは必ず取り返しに来る」


「なるほどのう……。

 その為に帝居を襲撃すると云う訳か。

 では、播衛門 殿の目的は何なのじゃ?」


〈白髪の食屍鬼グール〉は、獣染みた口角をいやらしく上げ答える。


「詳しい事はまだ言えん。

 じゃが、お主達外法衆の目的は知っておるぞ。

 その目的の為ならば、比星 家秘伝の書物は良い手引きになる筈……」


「もったいぶらずに言えばよかろう」


「お主達の目的は、不死の兵士を造りそれを量産する事ではないか?」


「……当たりじゃ。

 その為には格の高い魔導書が必須。

 それを提供してくれるのであれば、考えてみる価値は有りそうじゃな。

 いま隊長と渡りを付ける故、暫し待たれよ……」


 外法衆本部は内部情報の漏洩ろうえいを防ぐ為、精神感応テレパシーの使用に制限が掛けてある。

 外部からの精神波は殆どの場合締め出され、正隊員以外が独断で外部と通信する事は不可能。

〈白髪の食屍鬼グール〉が直接乗り込んで来たのもそれが理由だ。


 玉藻は精神集中に入り、精神感応波テレパシックウェーブを隊長である天芭てんば 史郎しろう 大尉へと照射する。


 本部奥には療養所が在り、天芭はそこに設置されている治療繭ちりょうけん内部で、治療光を浴びていた。


 玉藻が天芭に報告する。


『天芭 隊長、比星 播衛門を名乗る〈食屍鬼〉が侵入した。

 隊長と交渉したいと申し出ておるが、いかがする?』


『……いいでしょう、比星 播衛門さんと繋いで下さい』


 玉藻が、天芭と〈白髪の食屍鬼グール〉の精神を連鎖リンクさせた。





 大昇〈食屍鬼(グール)〉前篇 結び その二 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る